第426話 厄介事は手土産と共に
「おい、坊主」
「?」
現在、昼過ぎに僕はアーレスさんの家の中庭で、ヤマトさんにブラッシングをしていた。燦々と僕らを照らす太陽の下、呑気に日向ぼっこをしていたら、突然の来客だ。
タフティスさんである。
ちなみに本日、ロリっ子どもは居ない。なんかウズメちゃんがここ王都にある教会へ、インヨやヨウイの二人を連れて遊びに行った。アーレスさんはいつものようにお仕事である。
故に僕一人でお留守番なんだけど、タフティスさんがなにやら手土産らしき物を手にしてやってきた。
僕に何か用だろうか。
「タフティスさんじゃないですか。どうしたんですか?」
「ちと坊主に用があってな」
「はぁ。ヤマトさんのブラッシングが終わってからでいいですか?」
「ヤマト? んなでけぇ猫の世話なんかより、客の対応をしろよ。俺、偉いんだぞ」
『毎回思うんだが、吾輩を大きめの猫で済ませるのおかしくない?』
おかしいですね。でも今のあなたの生活、そこら辺で飼われてる猫となんら変わりませんよ。食っちゃ寝しかしてないから。
「うお、猫が喋った」
『吾輩は猫ではない。神獣だ』
「ヤマトさん、ブラッシングはまた今度やりますね」
『むぅ』
ちなみにヤマトさんはブラッシングがえらく気に入ってしまったようだ。
というのも、僕が王都で買い物してたら、偶然にもペット用グッズを売っていた店を見つけてしまったので、そこで高級ブラシを買ったからだ。
やはり高級と付くだけあって、かなりの心地よさ、とヤマトさんから評価をいただいてしまった。
最初は全然乗り気じゃなかったけど、ブラッシングをしているうちに、ヤマトさんがアヘ顔を晒すようになったので、僕も楽しくなっちゃった次第である。
『おい、小僧。今失礼なことを考え――』
「ささ。タフティスさん、家の中にどうぞ」
『......覚えていろよ』
*****
「うお。ここがアーレスんちだと......」
という、タフティスさんの驚き。
アーレスさんから、家を好きに使ってくれてかまわない、と許可を得ているので、客が来たらこうして家の中に招いても問題は無いのだ。
そしてタフティスさんはアーレスさんの家が本来、どういった場所かを知っているのか、部屋の状況を目の当たりにして驚愕しちゃってる。
まぁ、うん。こうして見ると劇的に変わったよね。
「全部、坊主が片付けたのか?」
「僕だけじゃないですよ。ルホスちゃんも手伝ってくれました」
僕は苦笑しながらキッチンでお茶を淹れる準備をした。タフティスさんはリビングのソファーに座る。
ついでに先程、彼から受け取った手土産を皿に出して、お茶と一緒に運ぶことにした。
「あ、コーヒーがいいですか?」
「ブラックな」
念を押されたので、ちゃんとブラックコーヒーを出すことにした。
しばらくして茶とお菓子をお盆に乗せてリビングに向かった僕は、タフティスさんの前にそれらを置いて話を聞くことにする。
「で、僕になんの用ですか」
「ああ、以前、言ったこと覚えているか?」
おそらく僕が牢屋から出る際に、タフティスさんから言われたことを指しているのだろう。
その内容は、僕が騎士団の入団試験で見せたスキル、【摂理掌握】と妹者さんの【祝福調和】だ。
当時はこの国の第三王女アテラさんの怪我を治すために、その両方のスキルを使ったんだけど、タフティスさんはそれを何でも治せるかもしれないスキルと見ているようだ。
じゃなきゃ、僕が出所するときに真面目な雰囲気で聞いてこなかったはずだ。
僕はこくりと頷いた。また僕と同じことを考えていた魔族姉妹が口を開く。
『なんか面倒事に巻き込まれそうな気がしてきたわ』
『まぁ、普通に考えてそうでしょうね』
「ええ、まぁ」
「なら細けぇ話は省くぞ。今からここで話すことは他言すんな。約束できっか?」
僕に拒否権なんてくれないくせに......。
僕は茶を啜り、沈黙をもって肯定の意を示した。
そんな僕を見て、タフティスさんは話を進めるために、何かの魔法陣を手のひらに浮かべた。姉者さんによれば、それは【防音結界】らしく、その中に居る僕らの会話は結界外には聞こえないのだとか。
おそらくまだ中庭で日向ぼっこしているヤマトさんには聞こえていないはずだ。聞かれても、人間の事情なんか気にしなさそうだけど。
タフティスさんが真剣な顔つきになって僕を見てくる。
「言っとくが、俺の話を聞いたら協力してもらう」
「はいはい。夕飯の支度までには終わらせられるようにします」
僕の冗談めかして言ったことに、タフティスは微苦笑して続けた。
「坊主、てめぇはこの国の......王家のことについてはどんくらい知ってる?」
「何にも。強いて言えば、アテラ殿下のおっぱいが非常に柔らかかったことです」
「そうか。んなら、どっから説明すっか......」
あれ、
「第二王子のことは?」
「すみません、色々と常識とか学が無い者でして......」
「マジ? よく王都で生活できてんな」
という、タフティスさんの軽く引いた視線を浴びながら、僕は乾いた笑いしか出せなかった。
「まずはお前がこの前、胸を揉んだアテラ殿下から説明してやる。簡単にな」
自分で言っといてなんだが、よく考えたらこの人は不敬罪が服を来て歩いているような人だった。
「第三王女アテラ・ギーシャ・ズルムケ。王族派代表で、まぁ、何事に対しても王族が一番権力を持っているから従いなさいよって感じだ」
『出ました、人間が好き好んで作りたがる派閥』
『鈴木、聞かなかったことにして遊びに行こうぜ』
と、とりあえず話だけでも......って無理か。話聞いたら協力しなきゃいけないんだ。
魔族姉妹の主張を他所に、僕はタフティスさんの話の続きを聞く。
「第二王子ヘヴァイスト・ギーシャ・ズルムケ。貴族派代表だ。が、貴族連中だけじゃなくて、平民の声もしっかり聞く王子だな。貴族と平民をそれぞれ尊重しようとしてる」
「へぇ。そういう派閥もあるんですね」
「ああ。まぁ、民衆の力も借りて権力をもぎ取ろうとしてんのさ。なんせ一番数が多いのは平民だからな」
なるほど。
「んで、今、王国は王位継承戦の真っ只中で、この両派閥がバチバチに争っているわけよ」
ん? 一番最初の子女は? 第二王子と第三王女の話は聞いたけど、まだいるでしょ。なんで先の話に進もうとしてんだ。
「今のとこ優勢なのはヘヴァイスト王子殿下で――」
「ちょ、待ってください。最初に生まれた継承者の人の説明を受けてませんよ」
「ああ、それをこれから説明しようとしてたんだが......お前、ほんっと何も知らないんだな」
え? そんな知ってなきゃいけないことなの?
タフティスさんは少し声音を落として言う。
「第一王女アウロディーテ・ギーシャ・ズルムケ。王族派代表だったが、五年前に亡くなった」
「?!」
『ひゅ〜。そーゆーことか〜。暗殺か?』
『王族あるあるですね』
魔族姉妹のドライな感想はもちろん僕にしか聞こえない。不謹慎だが、それを人間でもない彼女らに責めるのは少し違う気がした。
なんせ二人の声は明らかに、呆れ果てていたのだから。
まるでもう見飽きたと言わんばかりに、冷めたもののように聞こえてしまった。
「が」
しかしタフティスさんの話は続いていた。
「それは表向きの話だ」
表向きの話?
「実は第一王女は生きている。ごく一部の人間しか知らねぇがな」
「さ、さいですか。亡命したとかで生き延びている感じですかね」
僕のその言葉に、タフティスさんは静かに語る。
「いいや。王城に居んよ。誰も知らねぇ地下深くにある暗い部屋でな」
「......。」
ああ、なんとなくだが、タフティスさんが僕に協力してほしい内容が見えてきてたぞ。
僕がなにやら察した様子で居ると、タフティスさんがニヤリと口角を釣り上げて言う。
「いいねぇ。嫌いじゃねぇよ、察しが良い奴は」
「......その第一王女は誰にも治せないほどの重病や重傷を負っているのですか?」
タフティスさんは今まで口をつけていなかったコーヒーを啜ってから告げる。
「呪いを受けてる。死が恋しくなるほどの、クソみてぇな呪いだ」
それを僕にどうにかしろってか......。
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