第415話 スズキ、騎士団へ入る?

 「傭兵や冒険者など収入が安定しないのはあまり好ましくない。実際、大して貯金ができないまま、老後を迎える者も少なくないしな」


 「それで?」


 「私はザコ少年君が騎士団に入団することを推奨する」


 やめてよぉ、そういうの。


 僕は朝食後の紅茶を啜りながら、テーブルの上にある紙切れを見ていた。


 その紙切れというのは、王国騎士団に入団するために必要な志願書だ。アーレスさんが今朝、職場に行って取ってきたらしい。


 聞けば、明日でこの志願書は受付締め切りとなるらしい。なんというタイミング。なんというご都合展開。


 ちなみにそんな彼女の今の格好は全身鎧姿。どうやら本日も忙しなく仕事するらしい。


 兜から見える彼女の鋭い眼光が、僕を捉えて離さないのが怖い。


 なんかちょっとハイテンションだし。


 「いや、気持ちはありがたいんですけど、僕は騎士になるつもりはありませんし」


 「なぜだ」


 「そりゃあ旅をすることが好きですから」


 「?! この家から出ていくというのか?!」


 『おい、論点ズレてんぞ』


 『せめて“国”と言いなさい』


 ご尤もで。


 アーレスさんは少し慌てた様子で言う。


 「騎士になれば安定した生活が得られるんだぞ。最近は人手不足で多忙だが、休日は必ずある。心身共に自身を鍛え、国の盾となり、時に剣となる。......この上ない名誉だと思わないか?」


 「そ、それは立派だと思いますけど......」


 熱弁してくれているところ悪いけど、僕と魔族姉妹の目的を果たすためにも、王都に留まり続けることは出来ない。


 僕は申し訳無さそうな口ぶりで言う。


 「僕は魔族姉妹のためにも、世界中を回らないといけないんです。こればかりは譲れません」


 「......。」


 アーレスさんが兜の奥から僕を睨んでくる。なんか不機嫌になっていっている気がして怖い。


 しばし沈黙が続いた後、アーレスさんがまるで譲歩してやると言わんばかりに聞いてくる。


 「......騎士団に入るだけでも、か?」


 「入っても何もできませんから......」


 どうしてそこまで僕なんかを......。


 「もちろん、時々帰って来るつもりですよ?」


 「......。」


 「そ、その時はまたこうして、アーレスさんの家に泊めてもらいたいなーって」


 「..........。」


 「ほら、それにアーレスさんだって、毎日、男とひとつ屋根の下で過ごし続ける生活なんて嫌でしょう? あ、あはははは」


 「...............別に」


 お、少し反応があったぞ。


 「あと僕が騎士になったら他の皆さんに......街の人にも迷惑かけそうですし」


 「......騎士なんてそのようなもんだ」


 「旅が好きですから、王国に居ないことが多いですし」


 「......旅しながら騎士をやればいいだろ」


 「それに僕は集団行動とか連携が得意じゃないので、いざというときに役に立ちません。剣だってまともに振れませんし」


 「......連携しなければいい。剣も振るな」


 どんな騎士だよ。もはや騎士じゃねぇーよ。


 僕が呆れていると、ルホスちゃんとウズメちゃんが揃って会話に入ってきた。


 ちなみに本日の二人は目の下にクマがある。聞けば昨晩、僕が寝た後、インヨとヨウイの二人と一緒にリビングで遊んでいたとか。


 いつの間に仲良くなったんだろう。微笑ましい限りである。


 それに寝ている僕やアーレスさんを起こさないよう、騒がしくしなかったみたいで、彼女たちのそんな優しさにもじんわりした。配慮ができる子に育ったんだね。


 ルホスちゃんが腕を組んで口を開く。


 「ほらな、言ったろ。スズキは騎士なんてかったい職に就かないって」


 「アーレスさんはなぜそこまでスズキさんに、騎士になってもらいたいのですか?」


 「それはその......ザコ少年君のような人材は中々居ないからな。騎士団に一つは欲しい」


 僕は便利アイテムかなんかか。


 すると今度は魔族姉妹が口を開いた。


 『ここまで言うんだったら、受けてみりゃいーんじゃね? 別に特別扱いでもねぇー志願書からの申請だろ』


 『ええ。騎士となるための試験を受けることはもちろんこと、この女騎士は鈴木さんを高く買っていますが、他の騎士が鈴木さんを見て、欲しい人材と思う訳がありません』


 あれ、姉者さん、僕のこと貶してる? 喧嘩売ってる?


 まぁでも、頭ごなしに否定するのもいけない気がしてきた。なんせ僕らの旅はまだまだ先が長いのだから。


 「入団試験か......。経験してみるのもいいのかな」


 僕がそう思って呟くと、アーレスさんが身を乗り出して語ってきた。


 「そうだな! まずは試しに受けてみるといい!」


 「ただ試験と聞くと少し抵抗が......」


 「なに、剣術に長けていなくても、ザコ少年君には魔法やスキルがある」


 「そ、それは騎士としてどうなんでしょうか」


 「そしてゆくゆくは私の補佐として......ふふ、ふふふ」


 お、おう。僕の知らぬ間に、アーレスさんはどこか変わってしまったようだ。


 あの頃の凛々しいお姿はどこへ行ったのやら。今の僕が抱くアーレスさんのイメージは、ゴミ屋敷住在で職権濫用をしまくる甘党な女騎士だよ。


 「今、失礼なことを考えただろ」


 「はは、気のせいですよ」


 「......次考えたら、その首を刎ねる」


 怖ッ。


 ということで、成り行きで僕は王国騎士団の入団試験を受けることになった。



*****



 「エマ隊長、滑り込みで一人、王国騎士団に入団申請してきた者がおります」


 「おや? 締切は明日だが、珍しいね」


 王都に点在する騎士団の屯所のうち第三部隊がいるここで、執務室に居た初老の女騎士エマは、部下からとある紙切れを受け取って、それを不思議そうに見つめていた。


 エマは王国騎士団第三部隊の隊長で、基本的に執務室で仕事をしている。そんな中、部下が持ってきた書類は、王国騎士団の入団希望者が居ることだった。


 年に一度、入団試験は開かれるのだが、入団希望者の多くは応募開始当日か翌日に志願書を提出してくる。期限は五日間と設けているが、皆、騎士という志が高い職に就くため、受験前からマナーとして応募当日に出しているのだ。


 そのため、締切の前日に提出してくる者は珍しい。


 部下の者はエマにその者の名を告げる。


 「“スズキ”という者です」


 「それまた変な名だねぇ――ん?」


 エマは言いかけて、疑問符を頭上に浮かべる。


 (そう言えば、あの子たちがよく“スズキ”と口にしてたねぇ......)


 そしてエマはアーレスも同じ名前を口にしていたことを思い出す。


 そこから推察するに、アーレスがこの鈴木という男の入団希望に関わっているのではないかと、エマは思うのであった。


 「エマさん?」


 「はぁ......今年の入団試験は一波乱来そうだ」


 そうぼやく、初老の騎士であった。

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