第408話 VS 姉者

 「は?」


 僕は目の前の女性――姉者さんが言ったことを理解できなかった。


 彼女は今なんと言った?


 僕と? なんだって?


 「聞こえませんでしたか? 私と戦ってくださいと言ったんです」


 「い、いや、なんで......あ! そうか、何かのゲームでってこと? びっくりするなぁ――」


 『鈴木!!』


 そう僕が一人で勝手に安心していると、今までだんまりだった妹者さんが大声を上げて僕を呼んだ。


 瞬間、僕は真横から何かを食らって、その身を川の方へ呆気なく吹っ飛ばされた。


 内臓こそ傷つくようなダメージではなかったが、鈍い痛みが左腕から強く伝わってくる。そして僕を吹っ飛ばしたのは、どこから現れたのか、宙に浮く極太の鉄鎖であった。


 僕は川の水でびしょ濡れになった身体を起こして立ち上がる。


 『『マスター!』』


 『ご主人!』


 「ぐッ......なんなんだよ、いきなり」


 『鈴木、かまえろ。姉者の野郎......本気だ』


 先の一撃でこちらの異変に気づいたのか、インヨとヨウイ、ドラちゃんが焦燥に満ちた声で僕を呼ぶ。


 何が本気なんだよ。ちゃんと説明してよ。


 そんな戸惑うばかりの僕を他所に、妹者さんは静かに口を開いた。


 「さぁ。苗床さんの本気を見せてください」


 「......なに、姉者さんって戦闘狂だったの?」


 「ふふ、どうでしょう」


 そんな微笑と共に、彼女の周囲一帯に数十にも及ぶ黒い術式の陣が宙に浮いた。


 「来ないなら、まだ私のターンということですね」


 『避けろ!!』


 「っ?!」


 槍のように鋭い鉾を纏う鉄鎖が、無数の黒い陣からこちらへ放たれた。


 ズド、ズド、ズドドドドド!!


 僕はただひたすら後方へ避けながら、姉者さんから距離をとった。近くの岩陰に身を潜めて、彼女の猛攻を凌ぐ。


 「妹者さん、姉者さんが肉体を取り戻したら、何か精神的に悪影響を受けるとか、暴走が起こる可能性ってあるの?」


 『ねぇーと思う。ただ......』


 「“ただ”?」


 『姉者は真剣に、おめぇーと戦う気だ』


 だからその理由はなんなんだよ!!


 誰にもぶつけることができない苛立ちが胸の中で渦巻いていると、離れた所に居る姉者さんが声を上げてきた。


 「苗床さん、それで隠れたつもりですか?」


 そしてその声と共に、僕の前に二つの黒い術式が描かれた陣が現れる。例の如く、姉者さんが鉄鎖を生成することを意味していた。


 やばい! 遠隔でも生成できたんだった!!


 『『マスター!』』


 「くそ!」


 僕は背にしている岩場の上へと飛び乗り、今しがた放たれた槍のような鉄鎖を回避する。それらの鉄鎖は呆気なく、僕が足場にしている岩に突き刺さった。


 僕は後方に居る姉者さんを見やる。


 彼女は先程から一歩も動いておらず、悠然と立っていた。


 「ねぇ。力試しがしたいの? だとしたら、度が過ぎるんじゃないかな」


 「半分正解と言ったところでしょうか。あなたの言う通り、度が過ぎることになると思いますよ。なんせ私は今から苗床さんを何度か殺すつもりですから」


 「マジで言ってる?」


 「大マジです」


 「......じゃあ、もうそれでいいよ」


 次の瞬間、僕は<ギュロスの指輪>の力で透明人間化し、姉者さんの視界から消える。そして同時に、【固有錬成:縮地失跡】で彼女の死角に僕は転移した。


 が、


 「何度、その技を間近で見てきたと思っているんですか」


 「っ?!」


 姉者さんがノールックで【固有錬成:鉄鎖生成】を発動し、自身の背後に接近してきた僕に無数の鉄鎖を放つ。


 僕は後方へ下がることで回避に成功する。あと数歩踏み込んでいたら串刺しだった。


 姉者さんは僕のことが見えないはずなのに、こちらへ向き直る。


 『鈴木! 姉者には【探知魔法】がある! 見えてなくてもこっちの位置がわかんぞ!』


 初見殺しが通じないって厄介だなぁ!


 【固有錬成:闘争罪過】、発動。僕は膂力が跳ね上がるのを感じながら、即座に【紅焔魔法:火槍】を生成する。


 今までは【螺旋火槍】なども宙に生成したら、そこから敵へ撃ち込んでいたが、今回はそれを左手で掴み、相手へ投げつける。普通に撃ち込むより、【力点昇華】も合わさった方が、射速が跳ね上がるのである。


 無論、今までそうしなかったのは、左手に姉者さんの口があったから、火の槍なんて持てなかったのである。


 僕が姉者さんへと投げつけた【火槍】は爆速の域に達するが、彼女は顔面に迫ったそれを、首を傾げるだけで避けた。


 「女性の顔面を狙うとは」


 「どうせ自己回復するんでしょ! 妹者さん!」


 『あいよ!!』


 僕はその隙に妹者さんと息を合わせて、ある魔法を発動する。


 【多重紅火魔法:閃焼紅蓮】。右腕の肘から先、炭化するように焼き尽くされる激痛が襲ってくるが、そんなことを気にしている暇は無い。


 僕は【閃焼紅蓮】の柄を逆手に持って、地面に突き刺す。


 「爆ぜろ」


 途端、姉者さんが立っている場所が朱に染まり、灼熱の柱が噴火した。


 その場に留まっては危ういと察したのか、姉者さんはすぐさま回避行動を取る。


 しかし真横へ飛ぶも、眼下の火柱は次々に吹き荒れ、彼女を飲み込まんと勢いを増していく。


 「やっとそれらしくなったじゃないですか」


 だというのに、姉者さんは口角を釣り上げて、それらを避け切るという余裕を見せつけてきた。


 僕に当てる気が無いわけじゃないんだけどな!


 「さぁ、苗床さんも踊りましょう」


 「っ?!」


 刹那、僕を囲むようにして、頭上に無数の黒い陣が出現した。それらはまるで銃口を突きつけるように、こちらを狙っている。


 そして次の瞬間――鉄鎖の雨が降る。


 『鈴木!』


 『ご主人!』


 『『マスター!!』』


 一秒後、誰もが鋭い鉾を纏う鉄鎖で、僕の身体が串刺しにされる未来を視た――その時だ。


 「―――写本、展開」


 勢いよく降り注いだ無限の槍は、辺り一帯の景色を変えるほど無慈悲であった。


 姉者さんの勝利――そう、彼女は思い込んでいるのだろうか。いや、気づいているはずだ。僕が隠し持っていた力に。


 「......やはりを使いましたか」


 彼女が言う“それ”とは、僕が手にしている一冊の本だ。


 古びていて厚みのある写本である。


 「少し前、その写本に苦しめられたというのに......躊躇なく使いますか」


 『ちょ、お前それ......』


 妹者さんが、僕が左手に持っている写本を見て驚いているが、僕は写本の力を引き出すことに集中していた。


 その力の一端が、僕を中心に淡い白色の輝きを放ちながら球形を成す。


 そう、この写本は――<セラエル写本>。


 終ぞインヨとヨウイによる“黒”の力以外で破ることができなかった防壁。バフォメルトの武具――【夢想武具リー・アーマー】だ。


 僕はまるで聖書のように、写本を胸の前に掲げてパタンと閉じる。それでも一度発動した能力は消えること無く、僕の周囲に結界は張られたままであった。


 「使えるものはなんでも使う......でしょ?」


 さぁ、第二ラウンドだ。泣いて謝っても許さないからな。

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