第400話 触れないとわからないこと
『面白い......実に面白いぞ、小僧! 吾輩、ワクワクが止まらん!!』
え、ええー。なんか喋ったぁ......。
現在、僕は<
のはずだが、
「な、なんでモンスターが喋ってんの......」
『こ、これは......驚きましたね』
『逆に誰かがモンスターに化けているとか?』
と、妹者さんの推測を指してか、黒い虎が答える。
『おいおい。吾輩をモンスター扱いするな。神獣だぞ』
『『っ?!』』
「な?! 神獣だと?!」
“神獣”? 魔族姉妹とムムンさんがすごい驚いているけど、どうしたんだろう。
いや、まぁ、名前から察して、如何にも生態系の頂点に居そうな感じだけど。
『ま、マジかよ。神獣って......』
「神獣って何?」
「貴様、神獣を知らないのか......」
『苗床さん、神獣とは、その定義は諸説ありますが、最も広く知れ渡っているのが......“神に仕える獣”です』
か、神に仕える獣......。
黒い虎が僕をじっと見据えながら問う。
『小僧、名はなんという?』
「す、鈴木です」
『スズキ......変わった名だ。......む? そう言えば、あやつも確か......いや、偶々か』
「?」
何やら考える素振りを一瞬だけ見せた黒い虎だが、すぐに話題を変えてくる。
『一つ確認したい......小僧、お主は人間か?』
「え?」
『なに、そのままの意味よ。体内に色々な核を保有しておるからな』
「っ?!」
マジか、この短時間で見破られたのか?!
それから黒い虎はゆっくりとこちらに近づいてきて、僕を中心に、まるで円を描くように歩き出した。
『ふむふむ。モンスターの核が最も多く、魔族の核もある......特に興味深いのは蛮魔の核が二つ......いや、三つか』
「......あの、人のことジロジロ見ないでくれますか」
『魔力も歪んで見えるな。まるで小僧は魔力を有しておらず、体内にある核が有しているような......』
「......。」
駄目だ、全然人の話聞いてくれない。
ムムンさんが近くに居るから、僕の体内事情をバラされると困るんだよな。
よし。
「神獣さん、よくわかりませんが、意思疎通が取れるってことですよね」
『? うむ。吾輩、賢いぞ』
あんま自分で賢いって言わないと思う。
「ここの惨状は?」
『バジリスクの群れのことか? 無謀にも吾輩に牙を向けたから返り討ちにしてやったわ』
「は、はぁ......。なぜ神獣さんのような方がダンジョンに?」
黒い虎は先程まで僕を中心に、円を描くようにして歩いていたのだが、いつの間にか僕に触れるかどうかの距離まで近づいてきている。
『吾輩の目的はアレだ』
「?」
神獣さんは視線をどこかへ移し、顎をくいっとそちらを指すように向けた。
視線の先には――一振りの剣が地面に刺さっていた。
その剣の刀身は半分ほど地面に刺さっており、ろくに手入れがされていないように見えるが、少し磨けば綺麗になりそうな代物だ。
別に装飾が多い訳でもない剣なのに、どこか目を奪われるような魅力がある。
「なんすか、あれ」
『知らん』
「え」
『なに、風の噂で聞いただけだ。ここに美しい剣がある、とな』
「はぁ」
『吾輩、美しい物を集めるのが趣味なのだ。あの剣をひと目見て気に入ってな』
「さ、さいですか」
『が、吾輩にはあの剣は抜けなかった』
と、少し残念そうな顔つきを見せる神獣さん。僕は神獣さんの前足を見た。
なるほど、剣を抜けなかった理由はそういうことか。
「その前足じゃ剣を握れないからですかね?」
『小僧、もしかして吾輩のこと馬鹿にしとる?』
してません。
『あの剣を抜くには、どうやら三つの条件を満たす必要があるらしい』
「三つ?」
『左様』
そして神獣さんはその条件を口にした。
一つ、剣を得る者は、人間であること。
一つ、剣を握る者は、王の器であること。
一つ、剣を振る者は、孤高であること。
これらの条件は、剣が突き刺さっている付近にある石版に書いてあったらしい。
なんか伝説感あるな......。
「神獣さんは条件を満たしてないから抜けないってことですね」
『ああ。しかし不思議なものよ。吾輩でも抜けんとは』
だからここにずっと居たのかな。
というか、
「そもそもなんで僕らを襲ってきたんです?」
『知れたこと。小僧、その【固有錬成】の数々、他者から奪ったものだな。いや――核を食って得たな?』
「っ?!」
瞬間、どす黒い殺気が神獣から放たれる。
僕は思わず跳び下がって距離をあけた。
黒い虎は眼光を鋭くし、牙を剥き出す。
『臭う......臭うぞ。小僧からアダロポスの臭いが......』
その殺気は今までに感じたことが無いほど大きく、全身から止めどなく汗をかいてしまう。
自然と足が震えたが、それよりも神獣が口にした名前に疑問を抱く。
“アダロポス”って――<
『よくもアダロポスを......あの子を食ったな......死を以て償え!!』
「ちょ、待っ――」
『鈴木! 避けろ!!』
瞬間、この静かな空間に雷鳴が轟く。
雷光が辺りを眩く照らす中、黒い虎が陰のように地を駆ける。
回避が間に合わない僕に、姉者さんが【凍結魔法:氷壁】で視界を塞ぐも、神獣の鉤爪がいとも容易く砕いた。
くそッ。せっかく話し合えると思ったのに!!
僕は左手の右指にはめられてある指輪――<ギュロスの指輪>の力を行使する。
途端、不可視の姿へと切り替わった僕に対し、神獣がその表情を歪ませた。
『ぬ?! どこへ行った!!』
僕は【固有錬成:縮地失跡】で奴の死角へと転移し、妹者さんと呼吸を合わせて魔法を発動する。
「『【多重紅火魔法:爆鎖打炎鎚】!!』」
『?!』
打撃の中で最高火力を誇る多重系の火属性魔法。自身を業火で焼きながら繰り出す大鎚を大きく振りかぶる。
それを横薙ぎに、黒い巨体目掛けて振るう――が、
『ガァァァア!!』
「っ?!」
神獣は直撃しつつも、僕の胴体に噛みついてきた。奴の鋭い牙が深く刺さったが、それでも僕は踏ん張って、【爆鎖打炎鎚】を振り抜いた。
そのまま腸を食いちぎられた僕は膝を折ってしまう。止めどなく流れ出る血が、自身の命をがりがりと削っていく感じがした。
爆発の際に吹っ飛ばされた神獣は、壁にその身を叩きつけられたが、直ぐに体勢を立て直した。
『こんなもの効くかぁ!!』
なんて頑丈なんだ......。
でもノーダメージって訳じゃないのは、僕でもわかる。少しふらついてた。
透明化を解除した僕は、妹者さんが怪我を瞬く間に治していくのを確認した後、ゆっくりと立ち上がった。
神獣はまるで睨み殺すと言わんばかりに、その憎悪を瞳に宿らせている。僕を殺すまで冷静さを取り戻せないのだろうか。どうしたら話を聞いてくれるんだ。
『よくもアダロポスを......核を取り込んだな。楽に死ねると思うなよ、小僧』
「......ったく、なんなんだよ」
『グルァァァアアア!!』
刹那、黒き神獣が咆哮と共に発光した。
雷撃を辺りに撒き散らしながら、僕を中心に神獣が駆けた。もはや稲妻と化したその動きは不規則であり、目で追えないほど高速移動を繰り返している。
「姉者さん!」
『はい!!』
僕は姉者さんと呼吸を合わせ、魔法を発動する。
「『【多重凍血魔法:氷凍戦斧】』」
口から漏れ出る白い息が、周囲一体の気温を下げていることを示していた。確かな冷気を感じながら、僕は氷の戦斧を強く握り締める。
基本、素早い動きを取る相手に対して、大振りとなる攻撃は駄目だ。でも、確実にダメージを与えるには、手数で攻めてたら埒が明かない。
そして――決着の時は来た。
『避けてみろ!!』
雷を纏う鉤爪の斬撃が前方から――いや、
『右からも来てっぞ!!』
『左からも来てます!』
「っ!!」
四方八方から来ていた。
あんなの食らったら、僕の身体なんか木っ端微塵だぞ。
だったら!!
「くッそぉぉぉお!!!」
僕は跳ね上がった膂力に物を言わせて【氷凍戦斧】を振りまくる。
一線、一線、また一線。幾度となく振るった氷結の斬撃はそれらの殆どを相殺した。しかし全ては裁き切れず、肩や足が深く切り刻まれる。
その怪我が――敵にさらなる攻撃を許してしまう隙になる――
『ガァァァアア!!』
――はずだった。
黒き神獣が僕目掛けて止めを刺そうと突進してくる。その鉤爪が、鋭利な牙が、次の瞬間には僕を食い千切らんとした――その時だ。
僕はスキルを発動する。
「【固有錬成:害転々】」
『ッ?!』
この時、僕が負った怪我の全て――肩や足の傷が神獣へと転写される。その黒い巨体は身体の所々から血を吹き出した。
黒き神獣は何事かと目を見開く。そして自然と招いてしまう、一瞬の蹌踉めき。
僕はそれを見逃さなかった。
「終わりだ」
両手に握る【氷凍戦斧】を下段から振り上げる。【闘争罪過】と【力点昇華】込みの全力の一撃だ。それを眼前の虎の首に目掛けて振り上げれば......僕の勝ちだ。
だが、奴も諦めてはいない。
最後まで僕を睨み続け、牙を、鉤爪を振るう。
しかし既に一歩踏み込んでいた僕の方が速い。
如何に神獣と言えど、【氷凍戦斧】をその身に食らって無事で済まされる訳がないんだ。
そう思いながら振り上げた――その時だ。
黒き神獣と目が合ってしまう。
怨恨と憎悪に満ちている目から......大切な人を殺された哀しみが伝わってくる。どれだけ想っていたか、後悔を抱えてきたのか、訴えてくるように、神獣の瞳は僕を映していた。
そんな目で......僕を見るなよ。
ああ、くそ......ここで手を止めたら駄目なのになぁ。
『鈴木?!』
『苗床さん?!』
そして――勝敗は決した。
僕は【氷凍戦斧】を霧散させたため、黒き神獣はその巨体と首を分かつことは無かった。
一方、神獣の牙は僕の肩から腹部にかけて牙が深く突き刺さっている。尋常じゃない量の血が流れ落ちていった。
魔族姉妹の核はきっと無事だろうが、もう僕に戦う意思は............無い。
『......小僧、なぜ手を止めた』
すると、少しばかり冷静さを取り戻したのか、黒き神獣が僕にそう問う。
僕はそれには答えなかった。口端から流れる血にかまわず、淡々と言葉を紡ぐ。
その際、神獣の黒い毛を撫でると、意外と柔らかい質感であることに気づいた。
「ごめん、僕は君の言うアダロポスがどういった存在なのかわからない」
『......。』
「でも、神獣さんにとって大切な存在だってことはわかった。わかったつもりだから......聞かせてくれないかな、君らのことを......」
『......そうか、小僧は............優しいのだな』
そして神獣との戦いは終わりを迎え、僕らは束の間の休息を得るのであった。
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