第172話 前進に思えて現状維持?

 『ウキャッ!』

 『ウギギギ!』

 『ウキッキィ』

 「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい!!」

 「「「......。」」」


 え、さっきの威勢は?


 この場に居る敵以外の誰もがそう思った。


 未だにロトルを中心とした戦士集団は、百を超える猿蛇種の人造魔族に囲まれている。倒しても倒しても絶えることのない増え続ける敵の数に、戦士たちの顔は疲弊により歪んでいた。


 そんな中、エルフの少女が発動した【固有錬成:星天亀鏡】が、場の流れを一気に変えた。


 たった一体。大して損害の無い人造魔族を倒したことで、少女は一心に注目を浴び、敵から“敵”と認識される。


 ロトルは眼前に出現した半透明の鏡のような物が消えたことを目にして、エルフの少女に問う。

 

 「あ、あなた、今......」

 「......私の【固有錬成】で、ある人から複製したスキルです。見ての通り、敵の攻撃を跳ね返します」


 ロトルは【固有錬成】について聞いたわけではない。


 なぜ私たちに協力するのか、なぜ自分を助けたのかを知りたかった。


 もし仮に、エルフの少女が【転移魔法】を使えるとするのならば、何も自分たちに付き合う必要はなくて、敵対行動を取る意味が理解できなかったからだ。


 その意を察したエルフの少女は続けて言う。


 「ご、ごめんなさい......。私に【転移魔法】や転移系の【固有錬成】は扱えません。さっき言ったことは......嘘、です......」

 「......。」


 エルフの少女が言う嘘とは、ロトルにこの場から逃がしてあげられると言ったことだ。


 ロトルはそれが本当であろうと嘘であろうと気にしてない。なぜなら、どの道、この場から自分だけ逃げるという選択肢は無かったのだから。


 ただ嘘を吐いた、という事実が少しだけロトルを不快にさせたが、それも束の間のことで、それよりも気になったことを、ロトルはエルフの少女に聞いた。


 「なんで嘘を?」

 「......あ、あなたも、悪い人たちと一緒だと......平気で裏切ると思い込んでて......」

 「......。」


 ロトルは黙った。エルフの少女のこれまでの境遇を考えれば、当然の思考とわかっているからこそ言及する気も起きなかった。


 だから代わりに違う言葉を口にすることにした。


 「なら私たちに協力してちょうだい。......一緒に生き残るわよ!」

 「は、はい!」


 元気よく返事をしたエルフの少女に、闇組織に抗うことの戸惑いはなかった。


今は少なくとも、この場に居る人たちと協力して窮地を乗り越えたい。その一心であった。


 『ウキッ!』

 「っ?! 敵の攻撃が来るぞッ!!」


 そんな彼女らに対し、人造魔族たちは差し伸ばした手のひらに魔法陣を展開して、そこから人ひとりを包み込めるほどの火球を撃ち放ってきた。


 皆の視線がエルフの少女へ向く。


 誰もがその視線に、皇女を護ったあの【固有錬成】を使ってほしいと期待の意を込めていた。


 故に皆を代表してロトルがお願いの言葉を口にする。


 「さっきスキル、もう一回お願い!」

 「できません!」

 「狙いはあの火球――え?」


 ロトルの間の抜けた声の後に続いて、この場に居る全員も似たような声を漏らす。


 「あ、アレは再使用まで時間が必要です!」

 「なッ?!」

 「か、回避ッ! 回避ぃー!!」

 「避けろぉぉおお!!」

 「「「うぉぉおぉぉお!!」」」


 ゴォォオ、ズドン。勢いを失うことなく、巨大な火球が皇女一行を襲った。


 ......果たして彼女たちは生き残ることができるのだろうか。



******



 【固有錬成】―――


 「で......ど、く」


 ―――【泥毒】。


 今までオフにしていた常時発動型のスキルをONに切り替えたことにより、僕の出血箇所から深緑色のガスが吹き出した。


 『『『ウキャッ?!』』』


 一瞬......そう、たった一瞬だけ意識を取り戻した僕は、まだ頭の中で状況整理ができていなくても、ほぼ覚醒と同時に【泥毒】を発動した。


 如何にも危険漂うこのガスは猛毒の性質を持ち、例に漏れず、このガスに触れた辺り一帯の生物の命を刈り取っていく。


 草も虫も......そして敵も。


 『ウギャギャ』

 『ウ、ギィ』


 バタリ、バタリ。次々と近くに居た猿みたいな見た目の人造魔族たちが倒れていく。そして倒れた個体の表面が、まるで腐った果実のようにドロドロに溶けていった。


 その隙に、妹者さんが【固有錬成】で僕の傷を完治させた。


 「かはッ!」

 『だ、大丈夫かッ?!』

 『ナイスです、苗床さん』


 僕は大きく口を開けて、喉に詰まっていた血溜まりを吐き出した。気道が確保され、呼吸を平常に戻す。


 意識が急浮上し、ゆっくりと身を起こした。


 「どれ、くらい眠ってた?」

 『十分くれぇーだ!』


 僕と違ってずっと意識のあった魔族姉妹に、どれくらい戦闘不能であった時間があったかを確認した後、僕は両手に【紅焔魔法:双炎刃】を生成して構えた。


 辺りを見渡すと、意識を手放す前よりも敵の数が多いことに気づく。


 十......二十......いや、もっと居るな。どんだけ増えたんだよ......。


 僕は内心で悪態を吐きながら、口から猛毒のガスを吐き出し続けている。


 現状、妹者さんによって完治させられると、傷口から猛毒ガスを吹き出す、という【泥毒】は口からしか吐き出せない。


 それでも僕を中心に半径二、三メートルはこのガスが充満しているから、奴らは警戒して迂闊に近づけない。僕以外に人がいなくて良かった。


 「あいつらの【固有錬成】で何かわかったことある?」

 『おそらくですが、あの増え続ける能力は一度地面に潜らないと発揮しないようです』


 「地面から攻撃してくるという線は?」

 『いや、ねぇーな。毎回潜った後に姿を見せてから攻撃してくる感じだ』


 『加えて言うのであれば、地面の中に潜めるのは自身だけ。苗床さんを沈めれば殺し続ける理由はありませんが、そうしないのはおそらく他者が対象外だからです』

 「なるほど」


 僕は頭の中で、二人が簡潔に教えてくれたことをまとめる。


 あの猿野郎は自身だけ地面の中に潜れることができ、分身体を増やすことができる。その分身体も同じ行為をできる。


 だから一体でも殺し損ねたら、敵は繰り返し増え続けてしまう。


 で、地面の中に僕を引きずり込むことはできない。また地面から攻撃することもできない。どこからか肉体を地上に出してからじゃないと、攻撃ができないわけだ。


 あれこれ考えていると、人造魔族が僕を対象に魔法を放ってきた。


 放たれたのは握り拳程の大きさの石の弾だ。それが無数にあり、散弾となって真横から降りかかる。


 が、


 『【紅焔魔法:火炎龍口】!』


 僕の右手から唐紅色の魔法陣の展開と共に、火炎を纏う龍の頭が姿を見せ、口を大きく開けてその散弾を全て飲み込み、人造魔族を返り討ちにした。


 これくらいの攻撃なら全然防げるな。避けるのも難しくない。


 「幸いにも【泥毒】を発動しておけば、奴らは地面から僕に接近できても、姿を現した瞬間に猛毒のガスで倒せる」

 『火力もそこまでじゃねぇーしな』

 『はい。しかし問題は......』


 僕は姉者さんの懸念にこくりと頷いた。


 そう、本当は一刻でも早く皇女さんの下へ向かいたいのだけれど、この【泥毒】を撒き散らした状態だとそれは難しい。


 この猛毒のガスは無差別で命を刈り取るからね。本当はこうして垂れ流し続ける状況も環境的にあまりよろしくないんだ。


 『ウキャ!』

 『ウキキキ!』

 『ウキッ!』

 「......さて、どうしたものか」


 そんな僕の呟きはあっという間に霧散するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る