閑話 裏切られた<4th>

 「おいッ!! いったいどういうことか説明しろッ!!」


 大聖堂を思わせる神聖なこの空間に転移してきた<4th>は、開口一番に怒鳴り声を撒き散らした。


 以前、男の片耳はレベッカによって吹き飛ばされて失われていたが、今は元通りに片耳がある。


 負った傷をそのままにしないことは当然であるが、それでも癒えない傷や悔しさが<4th>の胸中に深く根付いていた。


 そんな男はオールバックに整えた髪を憤怒で逆立たせながら、この空間に威風堂々と居座る人物に怒声を浴びせた。


 鈴木が転移によってこの場に呼ばれ、再び転移によって帰還してから数時間後のことである。


 中央の玉座に腰を掛け、頬杖を突く者は牧師の格好の上、牡牛の仮面で顔を隠しており、<4th>を見下ろしていた。


 またその傍らには同じく牡牛の仮面をしているが、格好は修道女のそれという奇抜な雰囲気を漂わせる<7th>の姿も見えた。


 「やぁ、<4th>じゃないか。どうしたんだい? そんな怖い顔をして」


 牧師姿の者は中性的な声に加え、中肉中背の容姿からは性別の判断がつかない。されど<4t>がそれを気にする様子はなかった。


 「しらばっくれんな!! てめぇが俺のもんを――エルフの奴隷をどこかにやったんだろッ!!」

 「“俺のもの”? あの奴隷のことなら、元はワタシのモノだったはずだけど?」


 「お前が使わねぇから有効活用してやったんだろうがッ!」

 「はは、滅茶苦茶だなぁ」


 <4th>の怒りを他所に、玉座に座る者は楽しげに嗤う。


 それが気に食わないのか、<4th>が青筋を立てて怒鳴り続ける。


 「それだけじゃねぇ! 帝国皇女の傍に居る執事の女のチョーカーも機能しなくなった! あのチョーカーを作ったお前がやったことだろ!!」

 「ああ。ワタシがやった」


 「なんでんなことしやが――」

 「まずお互いの認識を確かめないかい?」


 「ああ?!」

 「そもそもワタシは手を貸すなんて一言も口にしていない。<4th>があのチョーカーを作ってほしいと頼んできたから作ってあげただけさ。奴隷の件もそう。貸してほしいと言うから預けただけ」


 「だからって急に奪うこたぁねぇだろッ!」

 「奪うとはこれまた心外だなぁ」


 牧師姿の者は組んだ両の足の上下を入れ替えて足を組み直す。


 そして手を差し伸ばし、その手のひらから一つの仮面を一瞬にして生み出した。その下面のデザインは牡牛の頭を模したもので、牧師の者が着けている物よりも二回りほど双角が小さい。


 「それはそうと、<4th>。仮面はどうしたんだい?」

 「ああ? 今はそんな――」


 「“そんな”?」

 「っ?!」


 瞬間、<4th>は身の毛が弥立つ思いをした。ぞわりと冷たいものが背筋を撫でるようにして、<4th>の胸に恐怖が植え付けられる。


 牧師姿の者が放った言葉があまりにも冷たく、静かな怒気を孕んでいたことを察したからだ。


 「君もうちの一員なら身に着けるべきだ。これはお願いじゃない。ルールだよ」

 「......ちッ」


 <4th>は舌打ちをして、牧師の者が生み出した仮面とは別の、自身の専用の仮面を例の【固有錬成】により、何もない手のひらに呼び寄せて被った。


 「それに聞けば<4th>は色々と好き勝手やっているらしいじゃないか」

 「<黒き王冠ブラック・クラウン>との協力関係か? 別にいいだろ。俺の勝手だ」


 「それはかまわないけど、問題はうちの名前を勝手に使っていることだ」

 「ああ? 俺はこの組織の幹部だぞ。名前くらい――」


 「いいや、それは許さない。<幻の牡牛ファントム・ブル>はワタシの組織だ。勝手に他所と協定を結ぶのはかまわないが、まるで君がこの組織の代表者のように振る舞うのだけはやめてほしい」

 「っ?! だが俺だけじゃねぇ!! <5th>だって俺の計画に賛成してんだ! こんな湿っぽい所で引きこもっている野郎なんかじゃ狙えねぇ計画をなッ!!」


 怒りを更に強くした<4th>がそう言うと、牧師の者の傍らに控えている<7th>がゆらりと前に出た。


 「<4th>。今、我らがを侮辱しましたか」


 仮面の内側から突き刺すような鋭い視線は殺気を帯びており、それは決して同じ組織に属する幹部の者に向けていいものではなかった。


 <7th>の放つ殺気は空気を震わせ、まるで周囲の気温を一気に下げたようである。


 ボス......言うまでもなく、この場に居る者の中でその格を示すのは、玉座に座る者であった。


 「おいおい。いつもそのボスの後ろにくっ付いているだけの女が何を吠えてるんだ? ああ? 格下はすっ込んでろ」

 「ほう......。ならば、その格下に殺されることを――」

 「ストップ、ストップ」


 話が脱線し、好戦的な意を示し始めた二人の間に割って入ったのは、同じくこの場に居た牧師姿の者だ。


 「ナナちゃん、とりあえずワタシが彼と話すから、君は黙っていなさい」

 「その呼び方はお辞めください」


 「返事は?」

 「......畏まりました」


 そう返事をした後、<7th>は一歩下がって定位置に戻った。


 「はッ。自分の意見を貫けねぇ雑魚が突っかかってくんなよ」

 「で、話の続きだけど、まずあの奴隷はに貸したよ」

 「スズキぃだぁ?」


 組織のトップとは思えない軽い口調でそう告げると、<4th>は眉を顰めて聞き返した。


 はて、スズキとは誰か。そう思っての相槌である。


 「覚えていないのかい? <4th>がフォールナム領の当主の屋敷を襲撃したでしょ? そこのパーティー会場で殺り合ったじゃないか」

 「んなっ?! あのクソガキかよッ!!」


 またも<4th>は青筋を立たせ、怒気を放つ。


 そんな様子の男を他所に、牧師の者は言葉を続けた。


 「彼の方がアレの【固有錬成】に多彩性が生まれると判断してね」

 「て、てめぇ。なんで敵に――」

 「面白そうだからさ」


 <4th>の言葉を遮って愉快そうに答えると、男はそれを目の当たりにして踵を返した。


 玉座に踏ん反り返って、こちらの怒りをまるで他人事のように嗤い語る組織のトップに、これ以上何を言っても無駄だと悟ったからだ。


 「ん? もう帰るのかい?」

 「ああ......。まさか自組織のボスが<4thおれ>を裏切るなんてな。てめぇの様子だと、そのスズキって奴がチョーカーの件も絡んでるんだろ」


 「はは、正解。裏切ったつもりはないんだけど」

 「ちッ。ムカつく野郎だぜ。つぅことはあいつを盗聴してんのか?」


 「さすが。伊達に付き合いは短くないな」

 「はッ。言ってろ」


 「ところで一つ聞きたいんだけど、<4th>はを知って、なぜ彼と戦ったんだい?」

 「“異常”? ああ、まぁ確かに異常だったな。俺が飛ばせなかった奴は初めてだぜ」


 <4th>は問われたことに答えることなく、自身の手のひらを見つめながらそう語った。


 <4th>の言う“飛ばす”とは言うまでもなく、強制転移のことである。


 あの会場での戦闘において、唯一ままならなかった自身の【固有錬成】を、<4th>は生まれて初めて不審に思った。


 そして牧師姿の者が言う“スズキの異常さ”とは、それは戦闘をする前、執事の女、バートが身に着けていたチョーカーを通して、盗聴すれば事前に知れたことである。


 フォールナム邸までの道中、スズキは皇女たちに自身が複数の【固有錬成】を使えるという特質を伝えていた。


 その情報をなぜ<4th>が掴めていなかったのか、不思議でしかたなかった盗聴者であった。


 「単純にタイミングだな。あのチョーカーは受信物である小箱が必要だ」

 「ああ、あの小箱は皇帝が持っていたんだっけ」


 「ああ。頃合いだから隙を突いて奪ったんだよ」

 「ふふ。今まであった物が突然無くなったら、さぞかし驚くだろうね」


 もはや帝国の城は<4th>の【固有錬成】によって自由に行き来できる場と化していた。それ故に<4th>は難なく侵入し、皇帝が所持していた盗聴ができる小箱を盗んだ。


 奪うことに成功したものの、それを使用するタイミングが悪かったと言える。


 鈴木たちがフォールナム邸に着いてから盗みを働いたことから、彼の特質を知ることができなかった<4th>は苦戦を強いられてしまった。


 「俺からも聞きてぇ」

 「?」

 「てめぇは<4thおれ>の敵か?」


 その問いに、牧師姿の者は仮面の顎部分を擦りながら答えた。


 「いいや。今回の件に関しては、ワタシは中立的な立場だ」

 「そこは味方と言えよ」


 「ふふ。好き勝手やっている君に助力はできないな」

 「......ま、お前を敵に回すなんて御免だがな」


 「無論、スズキ君にも協力しない」

 「十分してんぜ?」


 「はは、手厳しいな。......これからマーギンス領に向かうのかい?」

 「いいや、俺は行かねぇ。することがあるしよ」


 「ほう。ならば刺客を?」

 「おう。聞けば、レベッカが戦闘不能らしいじゃねぇか。んなら、とっておきの玩具をぶつけてやる」


 これで最後と言わんばかりに、<4th>は振り返ることなく歩を進めた。


 彼の【固有錬成】であれば、移動することなく転移をすることができるため、この行為はただの演出に過ぎない。


 「じゃあな、。......俺がこの組織をでっかくして、いつかお前のその座を奪い取る。覚悟しとけ」


 そう言い残し、<4th>は姿を消した。

 

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