第156話 裏切りは思わぬところで・・・
「さてと、マイケルも行ったことだし、私も覚悟を決めないといけないわね」
鈴木ことマイケルがマーギンス辺境伯邸の会議室を去った後、残された面々は帝国皇女のロトルと女執事のバート、マーギンス領主のご令嬢ロティアの三名だ。
ロトルはロティアを自身が座るソファーの横に、バートをテーブルを挟んで向かい側のソファーへと座らせたのである。
腰を掛けてと言った口調はいつもより厳しく、そして冷ややかなものだとロティアは悟った。
そしてバートによって淹れられた紅茶を口にしながら、ロトルが口を開いた。
「バート、今から聞くことに包み隠さず答えなさい」
「......かしこまりました」
ロティアは緊張した面持ちで、二人を交互に見やった。
毅然とした態度の皇女。そして青白くさえ見えてしまう顔色の女執事を。
ただならぬ雰囲気に、ロティアの唇はからっからに乾いていた。テーブルに置かれた温かい紅茶で湿らせたくても、それができる状況ではないことくらい、この場の最年少である彼女でも理解していたのである。
そんなロティアを他所に、皇女は続けて口を開いた。
「あなたが私を......闇組織に売ったのね?」
「っ?!」
「......。」
ロティアは主君の言葉に驚愕の表情を見せ、直後に一方の女執事を見やった。
バートを聞かれることを予想していたのか、諦めのついた顔つきのまま、首を縦に振った。
******
「こちらは......魔法具でしょうか?」
「うむ」
時は遡ること約半年前のこと。女執事のバートは皇帝の執務室に呼び出され、ある魔法具を渡されていた。
それはデザインも装飾もないただの黒色のチョーカーである。艶を秘めた漆黒というのが適していると思わせるほどの質感があった。
「これからそれを着けろ」
「畏まりました。......恐れ入りますが、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
バートのその言葉に皇帝は頷き、机の引き出しからバートに渡したチョーカーと同じ色合いの小箱を取り出した。
「それはリマルトン公爵から貰ったものだ。なんでも、それを身に着けた者の状況を離れていても知ることができるらしい」
「状況を知る......ですか?」
「いや、盗聴という表現が正しいか。バート、お前がそれを身に着けることにより、主であるロトルが置かれた状況を、この小箱を通して知らせてくれる代物だ」
「な、なるほど」
バートは内心、目の前の親馬鹿を気持ち悪く思ってしまった。たとえこの国を統べる存在だと理解しても、だ。
が、一人娘のこととなると、その威厳は一瞬で崩れ落ちる。無論、執事として代々君主に仕えてきた家柄のバートは皇帝に忠誠心を抱いている。
それでも、こうも後ろめたさなど欠片もない凛々しい顔で、娘を盗聴すると豪語されては尊敬の念が薄れてしまうというもの。
それにバートにとっては皇帝と同じくらい絶対的な存在が居る。
ロトルだ。彼女の幼少より仕えてきた身で、ここに来て裏切りにも等しい行いをしろと命令されたも同然であった。
「......。」
「言うまでもなくこれは監視だ。ロトルはよくお忍びと言って城を抜け出しているではないか」
「っ?! そ、それは......」
「よい。止める気も責める気もない。それにオーディーが近くに居るなら、そんな心配は要らないだろう」
再度、皇帝の言葉に何も言うことができず、黙ることしかバートにはできなかった。
皇帝の顔は娘を想う親のそれであった。たった一人だけの家族を、娘を想っていることが伝わってきた。
それを目にしてバートは思わず無礼にも聞いてしまった。
「殿下を監視して......どうされるのですか?」
「度が過ぎた行為を止めるだけだ」
皇帝の言うことはおそらく闇組織との対立だろう。
現状、ロトルは闇組織の住処がわかった時点でオーディーや騎士を派遣して壊滅を試みている。が、所詮それらは全て一端に過ぎない。
それ故にいくら拠点を潰されようと報復というリスクを闇組織は負わない。負うほど追い詰められていないからだ。
だから皇帝は娘の義勇な行いを看過している。注意すべきは、度が過ぎれば命を狙われるという点のみ。
その境界線を見定めるべく、皇帝はバートに漆黒のチョーカーを渡した。
「引き受けてくれるか?」
「はい。元よりこの身は国のため、主のために微力を尽くしてご命令に従います。それが殿下の為ということであれば、私は殿下を裏切ります」
「......頼んだぞ」
皇帝のその言葉を最後に会話は終わりを迎え、バートはロトルの下へ向かう。
漆黒のチョーカーは執事服の襟で隠れていて外から見えずとも、常に自分たちを監視していると意識しながら。
*****
「そう......。なら今もパパは私のことを監視しているのかしら?」
「......わかりません」
バートが話を終えた後、ロトルは苦笑を浮かべながらそう聞いた。
薄々気づいていたことだった。何らかの方法で父親が自分を監視しているとロトルは見ていた。
なぜならあの親馬鹿が、城を抜け出す常習犯である自分に謹慎を課さなかったのが不思議だったからだ。
ロトルは事情を告げたバートに、わかりません、とはどういうことかを問い質した。
「陛下は盗聴できると仰いました。しかし陛下自身、常にそれが可能という状況ではないように思えます」
「まぁ、パパは忙しいものね」
その言葉に頷いて返答したバートは、以前の<屍龍>戦よりロトルが危機的な状況に陥っても、<
もし盗聴というかたちで、娘に迫りくる<屍龍>の存在を知っていたのなら、すぐさま国が保有する戦力をぶつけたに違いない。
それをしなかったのは、皇帝がその指示を下せるほど可能な状況ではなかったことを意味する。
言うなれば、タイミングが悪かったの一言で片付けられる。
「それで......闇組織の連中に私のことを売ったことを否定しないのは、パパが奴らと絡んでいるってこと?」
「......わかりません」
ロトルは机に片足を乗せ、その勢いのまま従者であるバートの胸倉を掴んだ。
そして次の瞬間には空いた方の片手で握り拳を作り、それを振り上げる。
隣に座っていたロティアはその行為を目にして、一瞬でロトルを羽交い締めして止めに入った。
「で、殿下ッ!!」
「あんた自分が何をしたのかわかってるの?! 私が何のために今まで動いてきたのか、一番近くに居たバートがわかってるでしょ?!」
「......。」
バートは目を瞑って、主の怒りを甘んじて受け入れようとしていた。
殴られて主人が少しでも落ち着くのであれば、いくらでも殴ってほしい。そう思わせるくらいには、バートは大人しかった。
「ば、バートさんも! 『わかりません』では困ります! 殿下に忠誠を誓っているのなら、憶測でも懸念を伝えるべきです!」
ロティアはロトルを羽交い締めにしつつ、バートにそう訴えた。
バートは忠誠という単語を聞いて、それを示す資格が自分には無いと思いつつも、それでもまだ殿下の為になるのであればと言葉を紡ぐ。
「陛下が闇組織と協力関係があるかはわかりません。......が、陛下はおそらくこのチョーカーを通しての監視行為はできないかと思われます」
続けられる言葉はこうだった。
まずロトルを常に監視できるのあれば、ここマーギンス領に使いの者を仕向け、娘の安否の確認と護衛を強化しただろう。
むしろ皇女一行がこの地にやってきてから数日間、何も行動を起こさなかったことに、バートでは思い至らない活動が影で行われていると懸念された。
が、実際は王国へ宣戦布告の決定。
考えられるのは、バートが身に着けているチョーカーが闇組織によって制作されたのなら、皇帝からの監視だけを阻害し、自組織だけ監視権限を行使するという線だろう。
もしくはあの漆黒の小箱が何らかの手段によって、皇帝の手元から失われた可能性もある。
先の宣戦布告の知らせを聞いて、確信に近いものを得たバートであった。
そしてこの漆黒のチョーカーは一度身に着けると、自分では外すことができない。
だから叶うものならば死をもって償いたい。
その念だけが、今のバートの胸中にあった。しかしそれは他の誰でもない主人が望まないだろう。
故に主人に対して頭を深々と下げた。そして固く決意した声音で言う。
「私は殿下から離れます。......今まで大変お世話になりました」
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