床屋茜・テナント?

茜・前編 異世界へ

臨時に来た理容講師の老人の腕前に惚れ押し掛け弟子入りをして早や7年。


癌で闘病中の師匠が、呆気なく死んだ。身寄りの無い師匠を町内会の皆で見送った。死ぬ前から店を継いでくれと言われ・初七日と納骨も終わり。開店準備をしていると見知らぬ客が、やって来た。


師匠の遠縁になる男女だと言う。ふたりの言い分では、ここは自分達が、相続したので、他人は出て行けと言われた。


たまたま髪を切りに来ていた町内会長でもある和菓子屋の先代が、間に入り文句を付ける。


「あんた達は、葬儀にも来ず今さら何だい。ここは茜ちゃんが、受け継いだんだよ」


「俺達は一昨日連絡を受けたんだよ。くれるもんは貰ってやろうと来たんだ。ここは既に買手が、付いているから早く出て行ってくれ」と契約書のコピーを差し出した。


以前ここの買い取りを申し出て断られた悪徳商事不動産が、縁者を調べ・ふたりに行き当たり 金で丸め込んだようだ。


ふたりは、すがずかと上がり込み奥の生活スペースで金目のものを漁り始めた。


女が茜の財布や私物まで手を出し揉めていると騒ぎを聞き付けた近所のおばちゃん達が、やって来てふたりを押し留めその日は帰ってもらった。早く出て行けと捨てゼリフを吐く女の腕を取り帰る男。


置いて行った書類を持って地元の不動産屋に見てもらうが、相続権は、師匠の姉の子供の孫に当たるふたりにあり。


既に土地の所有権は、悪徳不動産に移動しており、口約束ではこの店を引き継ぐ事は、出来ず取り壊し前に出て行くしかないと言われた。


どうするか相談をと何時もの居酒屋に集まり話をするが、法的に相続人・売買契約には、問題も無く諦めるしかなかった。


ビールを差し向ける時計屋の親父。「ここを出たらどうする」


「中学の仲良しが、埼玉にいるからその辺りで勤め先を探そうと思う」「初めて来たときは、偏屈な床屋で勤まるかと思ってたけどヤス(靖成)さんも看取ってくれる相手が、居て幸せだったな。これ持って行けヤスさんの骨が、入った納骨ペンダントだ」


手渡されたのは、円柱のロケットで中からコロリッと小さな音が、聞こえる。


身寄りが、無いと言っていた師匠の骨は、公的手続きを終え無縁仏の納骨堂へと納められていた。


時計屋が、納骨に参列した皆に相談・形見にひとつ粒持ち帰りペンダントに納めてくれた。


数日掛け店の整理と茜も身の回りの物をまとめる。師匠・愛用の道具が、入ったシザーケースと腰バック。ふたりで撮った写真立て・師匠が良く着ていた黒のポロシャツに店のエプロンも詰める。


愛用のデミタスカップにコーヒーミルもタオルで包み詰め込む。楽しそうにコーヒーを煎れるヤスの姿を思い出し涙が、頬を伝う。


取り壊される古い家屋の下見に来た解体業者が、撤去作業になると使える物も不用品扱いで=全てゴミになる。こちらもゴミは、少ないと助かるから私財は、なるべく処分してくれと言われた。


近くの同業者と古物商が、使えるシャンプーなどの小物や椅子などの備品を買い取ってくれて食器や小物は、店頭に並べ置き・空き缶を置けば、ご近所や顔見知りが、小銭と交換で引き取ってくれた。


古物商と時計屋が、売上と餞別を茜に、退職金として渡してくれた。戸惑う茜にヤスさんが、入院してから給料も少なかっただろう。遠慮無く受け取れと言われ涙が出た。


思ったより荷物が、増え段ボール2箱は、時計屋が預かり住まいが、決まったら送ってくれる事になった。


+++++++


茜は、大きなトランクとリックに肩バックと言う大荷物を抱え唖然としていた。花桜に今晩・泊めて欲しいとメールをした。

いいよ。実家のコンビニに来てと返事も貰っている。



コンビニスズキが、あった場所には真っ白な四角い建物が、どんとそびえ建ち僅かな明かり取り窓と出入口に続く少し広めの玄関アプローチだけが、ぽっかり空いているのが、通りから見える。奥深いアプローチの左壁には、大きな宅配ボックスと郵便受けがあり、奥の自動ドアは、スモークガラスで中が、見えない。


戸惑っていると横からすいませんと声が、驚き見ると配送に来た青年が、宅配ドアを指差す。


茜の荷物が、ドアを塞いでて困っていた。慌てて荷物を脇に避けそれとなく宅配ドアを覗いてみる。


2段に棚があり青年は、下段から空のコンビニの配送コンテナを取り出しケーキなどが、入っているコンテナを入れドアを閉じる。カチリと鍵が、掛かる音がした。


配送の青年が、行った後 恐る恐るドアホンを押し名前を伝えるとハイにゃ〜と少女の声が、聞こえ奥へどうぞとスモークガラスのドアが左右に開く。


自動ドアの奥の空間は、縦長の1畳程の広さで四角い無機質なコンクリートの壁。戸惑いながらも突き当たりのドアを押し開き中へと進む。カチリと背中で鍵が、閉まる音が聞こえた。3方が、壁に囲まれた狭い部屋。「えぇ~なに…何 花桜ぁ~どうしょう」


慌ててドアノブを押すが、ビクともしない。慌てる茜の足元から淡い光が、広がり目の前に小さな球体が、現れる。ふよふよ近付く球体は、茜のオデコにトスと着地。〈一緒に来て〉その声と共に茜は、光の中に消えた。



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