第10話

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河上と密入国した薩長親英派の捜索を並行して行われてから数日が経つが、未だに双方の手掛かりが掴めていない。

昼時、八木邸の中庭に面する縁側には非番の和服を着た政宗と沖田。政宗は縁側に置いた机の上で絵と一句を書いていた。絵は花咲く桜の木で一句は『花咲く桜はそのままでも美しいが、散りゆく姿は一層その美しさを増す』。沖田も同じく政宗の右横で美しい時鳥の絵を描いていた。

中央では斎藤が胡座で今日の新聞を読んでいた。新聞の表紙には大きく『国民投票、明日に迫る。現内閣総理大幕臣、大久保 利通は再出馬の意を固める』と書かれていた。

その後を永倉が行ったり来たりそわそわしていた。政宗は永倉の方を向き話し掛ける。

「永倉さん、そわそわしても仕方ありませんよ」

「でもな政宗君、もう数日は経つんだよ。なのに河上はおろか薩長親英派の手掛かりすら掴めていない、こんな状況じゃ落ち着いていられないよ」

寝そべっている斎藤が会話に割り込む。

「永倉さん、政宗君の言う通りですよ。慌てても仕方ない、いずれ手掛かりは手に入りますよ」

永倉は斎藤の言葉でそうだなっと言う表情で胡座で座る。すると政宗の目の前に見廻組の組員が現れ政宗に話し掛ける。

「土方 政宗さんですね?」

「ああ、そうだが」

「私、彩芽組長から伝言を預けておりまして」

「あいつから、内容は」

「話があるから西本願寺に来いとの事です」

「話ね、分かった」

政宗は目の前にあった草履を履いて立ち上がり沖田達に出かける挨拶をする。

「ちょっと西本願寺に行って来ます」

沖田は了承する。

「分かった、君が出かけた事は僕から近藤さんとトシさんに伝えておくから」

「ありがとうございます」

政宗は一礼して見廻組の組員と共に西本願寺に向かう。

場所は変わり西本願寺。今は京都見廻組の第二屯所となっているが、幕末の頃は新撰組の第二屯所であった。政宗は組員に連れら広い敷地が見える広い廊下を歩いていた。外では京都見廻組の組員達が張り切って剣術、槍術、射撃の訓練をしていた。

広い間に案内された政宗はそこで胡座で座り腕を組む様に両手を羽織の中に入れて目を閉じて待っている彩芽が居た。組員は彩芽に近づき片膝を着いて耳元で報告する。

「彩芽さん、政宗さんをお連れしました」

彩芽は目を開けて頷く。

「分かった、お前は下がっていい」

「はい」

組員は立ち上がり政宗に軽く一礼してその場を後にする。

政宗は彩芽の前に胡座になって座り話し掛ける。

「で、俺だけを呼び出すなんてお前らしくないじゃないか」

彩芽がゆっくりと目を開ける。

「本当だったらこんな所にあんたを呼びたくなかったけど、あんただけでもこの事を伝えておこうとね」

「もしかして・・・薩長親英派について何かわかったのか」

「ええ、いちょうね」

そう言うと彩芽は顔を右上に向けて大声で叫ぶ。

「おい!マリア!」

天井に向かって叫ぶ彩芽の姿に政宗は疑問の表情をする。

(マリア?誰か天井に居るのか?)

政宗が彩芽の向く方を見ようとした次の瞬間、天井から黒い忍び装束を着て金髪の長い髪を後ろに結び赤い瞳をした白人の女性が降りて来る。

突然の事に政宗は驚いてしまうが、彩芽は彼が驚く姿にほくそ笑み落ち着いた口調で天井から来た女性を紹介する。

「こいつはマリア・ハンゾウ。私以外は存在を知らないくノ一よ」

政宗は直ぐに冷静になる。

「くノ一だと?」

マリアと名乗るくノ一は陽気な口調で政宗に話し掛ける。

「イェース、さっきもあやちんから紹介されましたマリアと言いまーす。まっちゃんよろしくねーっ」

「まっちゃんって、俺の事か?」

「うんうん、政宗だからまっちゃん」

政宗はマリアの言葉使いに戸惑うが、マリアの後ろ腰に提げている短刀の柄にある一枚欠けている青い三つ葉の家紋を見て何かに気付く。

「おいマリア、その短刀の柄にある一枚ない青い三つ葉の家紋」

「え、あーーっこのグリップにあるマークがどうしたの」

「それには見覚えがある、お前・・・もしかして江戸城の御庭番か」

マリアは政宗の問いに軽くため息を吐く。

「ええ、そうよ。僕はこう見えても御庭番のくノ一なの。しかも僕は日本人とデンマーク人のハーフなの」

「何で江戸城の御庭番であるお前が彩芽に遣えているんだ?お前の主人は徳川将軍家だろ」

政宗の指摘にマリアは戸惑ってしまう。

「え?いやーーーっそれには・・・ちょっと色々と事情があって・・・その・・えーーーと」

彩芽は突然と大きく咳をする。政宗とマリアはハッとなり彩芽の方を向き、そして政宗は彩芽を問いただす。

「彩芽、こんな凄腕のくノ一と何処で出会った」

「そんなのは今は関係ないでしょ。マリア、あんたが調べたで得た情報を政宗に教えて」

彩芽は政宗からの問いを誤魔化す様にマリアに情報を伝える事を命令する。

「はーい。調査の結果なんだけど人斬りの方は残念だけど手掛かりは掴めなかった」

政宗はマリアの彦斎の手掛かりが掴めなかった事に納得する。

「なるほど、でっ薩長親英派はどうだった?」

政宗の問いにマリアは答える。

「ああ、そっちはもう調べがついたわ。結論から言うと残党軍は既に京に潜伏しているわ」

マリアの答えに政宗は驚く。

「何⁉︎じゃあ何で捜査しても見つからないんだ?」

「そんなのは簡単よ、奴らは身分を隠して京の人々の中に溶けこんでいるから。だから捜査しても見つからないってわけ」

政宗はマリアの答えに納得する。

「なるほど、木を隠すには森の中と言う事か。それじゃ奴らに送られる武器や物資の足を追って行けば」

政宗の提案を聞いた彩芽が強く否定する。

「無駄よ私達もあんたと同じ考えだった。でも港で押収した武器の送り先に行ってみたけどもの抜けの殻だった。どうやら奴らは自分達の足が着かない様にしているのよ」

「そっか、もちろん行った場所で手掛かりになる物は・・・」

「もちろん無かったわ」

「くそ、これじゃどん詰まりだな」

「そうね、今回はかなり手強いなぁ」

政宗と彩芽が一緒になって考え込む。するとマリアが静かに彩芽に近付き小声で話し掛ける。

「あのーーっ彩芽さん、僕もう行っていいですか?」

「ん?ああ、いいわよ。ご苦労様」

マリアは笑顔になって一礼する。

「はい、じゃあお先に失礼しまーーす」

マリアは別れの言葉を言い残すとシュッと天井に向かってジャンプして二人の前から消える。

政宗も立ち上がり彩芽の前を去ろうとする。彩芽は一瞬、政宗を引き止める。

「もう行くの?」

「ああ、壬生村に戻って近藤さん達と今後について話し合う」

「言っておくけどマリアの事は話さないでおいて」

「はいはい、誰にも言いませんよ。それじゃ」

政宗はそう言い残して彩芽と西本願寺を後にする。

壬生村へ帰る道中で政宗は心の中で考え込んでいた。

 (話し合うと言っても手掛かりが無い以上、手当たり次第に怪しい奴を捕縛して吐かせるか?いいや、もしこれが敵の狙いだとしたら下手に動かない方がいいのかもしれない)

歩きながら考えていると前から近藤が陽気で歩いて来て八木邸の門の前で鉢合わう。

「近藤・・・失礼しました。局長、お一人で何していたんですか?」

「ああ、久しぶりに京を散歩してな。懐かしくて喜んでいたんだ」

「そうですか」

二人は歩み寄って肩を並べて八木邸に入る。その際に近藤が政宗に問う。

「お前は何処行っていたんだ?」

「え?ああ、ちょっと西本願寺に・・・」

政宗が近藤の問いに答えながら前を向くと八木邸の入り口で歳三達が屯っていた。政宗と近藤は気になり歳三に近付き話し掛ける。

「トシ、何があったのか?」

「父・・・じゃなくて副長、それに皆さん、一体何があったんですか?」

歳三は険しい表情で近藤に紙を渡す。近藤はそれを受け取り見る。

「トシ、これは?」

「ついさっき中庭に投げ込まれた。時から見るに彦斎の物だ」

歳三の言葉に政宗は驚く。

「何だって⁉︎局長、なんて書いているんですか?」

「こう書かれている」

近藤は真剣な表情で落ち着いた口調で投げ込まれた手紙の内容を朗読する。

「今日の夜、猪の刻に薩長親英派の軍が御所を襲撃する。政宗、一人で来い。俺は三条大橋で待つ。河上 彦斎」

手紙が読み終わると歳三は怒号を挙げる。

「くそ‼︎完全に舐めていやがる」

歳三の姿に近藤は寄り添い宥める。

「落ち着けトシ、とりあえずこの事をすぐに他の者に知らせないと」

近藤によって宥められた歳三を落ち着きを取り戻す。

「そうだな。総司、お前は向かいの前川邸に行ってこの事を他の組員に知らせろ」

沖田は気合の入った返事をする。

「はい!副長」

沖田は駆け足で向かいの前川邸に向かい、歳三は永倉と斎藤に命令する。

「永倉、お前はすぐに西本願寺に向かえ。斎藤は深草の陸軍駐屯地に行ってこの事を伝えろ」

永倉と斎藤は気合の入った返事を同時にする。

「はい!副長」

永倉は駆け足で門を左へ斎藤は馬に乗って物凄い速さで八木邸を飛び出した。最後に島田に命令する。

「島田は京都警察署に行ってその足で御所にも行け」

「はい!副長」

島田は大急ぎで八木邸を飛び出して京都警察署へと向かった。最後に政宗にも命令する。

「政宗、お前は屯所で待機だ。十一番隊は俺とかっちゃんが指揮する」

だが政宗は真剣な表情で歳三の命令を強く否定する。

「いやです。俺一人、三条大橋に行かせて下さい」

歳三は政宗の驚きの発言に怒る。

「ふざけるな‼︎もしこれがお前を呼び出す罠だったらどうする!」

政宗は歳三の怒る姿に怯まずそれに負けず強く反論する。

「あいつは・・・河上は人斬りではありますが、武士としての心を持ち卑怯な手を誰よりも嫌う男です。俺には分かるんです、幕末の京都で何度もあいつと戦った俺なら」

歳三は政宗の強い眼差しに押される。近藤は政宗を後押しする様に歳三を説得する。

「トシ、行かせてやれ」

「でも、かっちゃん・・・」

「こいつがここまで反論するんだ。政宗の言っている事には嘘偽りは無い」

歳三は完全に二人の意思に押されて片手で頭を抱えため息を吐く。

「くっそ‼︎分かった。政宗、お前は三条大橋に向かえ、必ず奴を・・・彦斎を捕縛または斬り捨てろ、いいな!」

政宗は歳三に向かって誰よりも気合の入った返事をする。

「はい!副長」

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