第7話
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昼時、容保は試衛館の門の前で近藤と只三郎に軽く頭を下げる。近藤と只三郎も軽く頭を下げる。そして容保は門の前で止まっていた馬車に乗る。馬車は容保が乗ったと同時に走り出し試衛館を後にする。
只三郎は近藤に別れの言葉を掛ける。
「じゃ近藤君、我々は南町警察に戻るよ」
「分かりました。では明日の早朝」
只三郎は馬車と逆の方へと歩き始め試衛館を後にする。近藤も試衛館へと入り再び大広間に向かう。そこには歳三と政宗が胡座で座っていた。
政宗は近藤に容保の話について心境を聞く。
「さっきの容保様の話し、どう思いましたか勇さん」
近藤は二人に近付き同じ様に胡座で座り、後頭部を軽くかく。
「どうと言われても・・・」
数十分前、容保は近藤達の前で驚きの事を話していた。
「新撰組と京都見廻組は明日の早朝、京都に向かってもらう。無論、全員でだ」
容保の今後の方針の内容に全員がざわつき政宗は容保に問う。
「容保様、局長からの報告でご存知かと思いますが、彦斎は私の前で京で待っていると述べて去りましたが、何故京へ行くのに全員なのでしょうか」
「実は昨日、京都警察からある報告を受けてな。内容は満州に逃れた薩長親英派残党軍の一部が日本に密入して京都で再び蜂起を起こそうとしているとの事だ」
容保の理由を聞いていた彩芽が割り込む。
「では奴らは再び禁門の変を起こそうとしているのですか」
容保は彩芽の問いに答える。
「うむ、確信はないが京の港に入港した輸送船から大量の武器弾薬が押収されて調査したところ密入した残党軍の一部に渡る物だった」
信郎は容保の話しである事で納得して容保や全員に説明する。
「なるほど、そこに彦斎の一件で彦斎の捜索と残党軍の蜂起鎮圧の為に我々を京都に送ると言う事ですね」
信郎の説明に容保は頷く。
「そうだ今井、すでに陸軍から三個連隊と特別機動警察隊の抜刀隊が京に入った。君達も増援として京に行ってもらう。無論、彦斎の捜索と並行してだ」
再び時間は容保が去った後の大広間に戻り近藤は腕を組んで自分の胸の内を話す。
「正直、こんな形で京に戻ると思うと複雑な気持ちだよ政宗」
「そうですか、俺もですよ」
二人の会話を聞いていた歳三が口を開く。
「仕方ねえよ、かっちゃん、政宗。どんな形で京に戻ろうが俺達のやるべき事は変わらない。そんな事でいちいち悩む必要はない」
「それはそうですけど父上・・・」
政宗がそう言うと沖田が慌てて大広間に入って来る。
「皆さんすぐに客間に来て下さい!」
政宗は沖田に何があったのか問う。
「どうしたんですか沖田さん、また誰か来たんですか」
沖田は慌てながら答える。
「ああっ実は容保様が去った後にいきなり・・・」
すると沖田の後ろから一人の黒髪で美しい女性が現れる。
「総司、そんなに慌てる必要ないでしょう。あ、かっちゃん、トシ、それに政宗、元気してた?」
政宗を含め近藤と歳三は驚き、政宗が思わず女性の名を口にする。彼女は沖田 ミツ、総司の実姉で大江戸国立病院に勤める医者である。
「ミツ姉さん‼︎どうしてここに?」
「話しを聞いてね。貴方達、京に戻るんですってね」
まだ誰にも話していない事を知っているミツに歳三が驚愕し思わず立ち上がり問う。
「どうしてミツさんが知っているんだ」
「私は病院でいろんな患者を相手にしているから偶然、警察の患者がそんな事を私に言っていたのよ」
「なるほど・・・ん?ちょっと待てよ、ミツさんが居るって事はまさか・・・」
近藤は歳三の言葉で何かを察して立ち上がりミツにつかぬ事を聞く。
「まさかつねも居るのか、ここに?」
ミツはその通りと言う表情で頷く。
「そうよ、つねちゃんだけじゃなくて若林ちゃんも居るわよ」
政宗はミツの発言に驚く。
「ええ⁉︎母上も居るんですか。ここに」
沖田はそうだ言う表情で政宗に話す。
「そうだよ。どやら姉上、僕達が京に戻ると知って多摩のみんなに話しちゃって今、客間でつねさんと若林さんが居るんだよ」
政宗は慌てた様に駆け足で沖田とミツを押し除け客間に向かう。その後を追うよに近藤と歳三も客間に向かう。
政宗は客間の前に着くと勢いよく障子を開ける。そこにはミツと同じ黒髪で美しい出立で庭側に座っているのが近藤の妻、つねとその左側に座っているのが政宗の母親で歳三の妻、若林であった。
つねと若林は政宗が来た事に笑顔になり政宗に明るく挨拶する。
「政宗君、お元気そうで何よりね」
「元気のようね政宗」
政宗は呆れた表情で二人の前に胡座で座る。
「母上につねさん、別に来なくても俺達は大丈夫ですから。また京に行くだけですから」
その後に近藤と歳三が客間に到着する。二人も呆れた表情で近藤はつねの歳三は若林の前に胡座で座る。そしてつねが近藤に話し掛ける。
「あなた、私達がなんで来たかわかるでしょ」
近藤は少し困った表情でつねの問いに答える。
「ああ、でもなつね、お前らがわざわざ心配して来なくても俺達は大丈夫だ」
「いいえ、そうは言っているけど本当は複雑な気持ちでしょ」
つねの言葉に歳三が強く否定する。
「そんな事はありませんよ!」
歳三の否定する姿に若林は強く反論する。
「あなたっていっつも強がちゃって、そう言っているけど本当はまだ自分が許せないでいるんでしょ」
若林の言葉に歳三を含めて全員が顔を下に向け黙る。そこにミツと総司が静かに入って来てつねの左隣に座り、総司も歳三の隣に座る。そして三人の姿にミツは喝を入れる。
「そんな情けない表情をしない、いつまで自分を許せないなら京に行きなさい。山南さんや藤堂君はあなた達の大切な友人でしょ、いつまで過去から逃げないでちゃんと向き合いなさい」
ミツの喝に政宗は顔を上げ笑みを浮かべる。
「そうですよね。ミツさんの言う通りだ」
近藤も同じく顔を上げて笑みを浮かべる。
「ははっやっぱりミツさんには敵わなや、なぁトシ」
歳三も顔を上げて近藤の言葉で笑みを浮かべる。
「そうだな、かっちゃん。総司、やっぱりお前の姉さんは最高だ」
沖田は自分の姉を褒める歳三の言葉に笑顔になる。そして政宗はミツ達に自分の固めた意思を伝える。
「分かりました。俺達、京に行きます。そして与えられた任と必ず過去と向き合って来ます」
政宗の決意にミツを含めてつねと若林はホッとし若林が口を開く。
「その言葉を聞いて安心したわ、みんな頑張ってきて、そして必ず生きて帰るのよ」
政宗達は気合の入った返事をする。
「はい」
するとミツは何かを思い出した様にハッとする。
「そうだ。政宗、実はあの子も来ているのよ」
「あの子・・・まさか」
「ええ、私達が試衛館に行くって事を聞いちゃって」
ミツの困った表情で政宗達は誰が付いて来たのか察した様に同じ様に困った表情をする。すると勢い良く障子を開けて長い黒髪を後ろで束ねて靡かせ、女袴を着こなした天真爛漫な笑顔で若い女性が現れる。
「政宗、久しぶり」
政宗は彼女を見るや嫌な表情をする。
「鬆玖禰、やっぱりお前か」
鬆玖禰は嫌な表情をする政宗の事をお構いなしに彼の前に座る。
「やっぱりとは何よ、失礼しちゃう。それより政宗、私を早く新撰組に入れてよ」
鬆玖禰は政宗にすり寄るが、政宗は鬆玖禰の申し出に強く否定する。
「ダメだ。お前が何度も申し出ようが絶対に新撰組には入れない」
「何でよ。あっもしかして私が活躍しすぎるのが心配なんでしょ」
鬆玖禰の勘違いを全員が大声で否定する。
「違ーーーーーーーーーーーう‼︎」
歳三が丁寧に鬆玖禰に新撰組に入れない理由を話す。
「いいか鬆玖禰、お前が俺達みたいな武士になりたいのは分かる。でもお前は人に尽くすのが苦手だろ、そう言う奴は新撰組には要らないんだ」
だが鬆玖禰は歳三の説明に不思議そうな表情をする。
「何で、私はちゃんと人のために役に立つよ」
鬆玖禰の言葉に歳三はガックとする。今度は歳三に変わって近藤が鬆玖禰に説明する。
「鬆玖禰、お前は浅見家のたった一人の娘だ。そこは理解しているな」
「うん、でもそれがどうしたの」
「お前は浅見家の大切な跡取りだ。大切な跡取りが新撰組に入って命を落としたとなればお前の一家に顔向けが出来ない、それがお前を新撰組に入れない理由だ」
鬆玖禰は跡取りと聞くと不機嫌になる。
「嫌だ。私は家なんか継がないって心に決めたの誰が何と言おうと絶対に」
鬆玖禰の態度に近藤は思わず頭を抱えてため息を吐く。彼女の我儘に近い頑固さに総司は優しく説得する。
「鬆玖禰ちゃん、君の気持ちは分かるよ」
「だったら・・・」
「でも君には僕達の様な強い決意がないでしょ、君の生半可な決意だとかえって危険だ。だから悪い事は言わないから新撰組に入る事を諦めてくれ」
総司の説明に鬆玖禰は涙目になって両腕を上下にジタバタする。
「うわぁーーーーーーっ‼︎やだ!やだ!やだ!私は入りたい!入りたい!入りたい!うわぁーーーーーーーっ‼︎」
鬆玖禰が子供の様に駄々を捏ねる姿に政宗は立ち上がり鬼の気持ちで鬆玖禰を叱り付ける。
「いい加減にしろ!鬆玖禰‼︎」
政宗の怒鳴り声に鬆玖禰はハッとする。
「政宗・・・何で怒っているの」
「お前の様な子供みたいに我儘な奴は正直、新撰組には要らないんだ!とっと多摩に戻って自分の家を大人しく継げ‼︎」
鬆玖禰も立ち上がり再び涙目になり表情で分かる程に怒り、政宗の左頬を強く平手打ちし客間を飛び出す。その姿にミツが止める。
「待って鬆玖禰ちゃん」
鬆玖禰は立ち止まって振り返る。
「うるさい!もうあんた達なんて知らない!」
鬆玖禰は皆にそう言い残すと涙を拭にながら試衛館を飛び出す。だが誰も鬆玖禰を追うとも止めようともしなかった。政宗は叩かれた頬を抑えて座り込む。政宗の姿にミツが謝罪する。
「ごめんなさい、政宗。本当は私達が止めるべきだったのに」
政宗はさっきと打って変わって落ち着いた口調でミツと話す。
「いいえ、ミツ姉さん達は悪くありませんよ。ただあいつが自分を理解していない事が少し悲しくて」
政宗は庭の方を向いて青空を見ながら過去を思い出す。
政宗と鬆玖禰は寺子屋時代からの幼馴染で彼女は浅見家の一人娘で大事な跡取りであった。
ある日の朝、10歳の政宗が寺子屋に向かう道で当時8歳の鬆玖禰が上機嫌で政宗に近寄る。
「政宗ーーーーーーっ!今日の帰り私と一緒に高級料亭に行こーーーっ!」
政宗は嫌な顔をする。
「嫌だよ、お前と居ると皆から変な目で見られるんだ」
政宗の指摘に鬆玖禰は気にせずにいる。
「よーーーーし、決まりね。大丈夫、大丈夫。お金はお父さんに言えば出してくれるから。なんせ家は豪農、お金持ちだから。うふん、料亭に行ったてなれば寺子屋の皆んなは驚くだろうなぁ」
鬆玖禰に連れる政宗はため息を吐く。
「はぁーーーー、ダメだこりゃ」
鬆玖禰は大の目立ちがり屋で自分の家を鼻に掛けては派手な事をしては人の為に尽くす事が苦手で政宗を含めて石田村の人々から嫌われていた。
近藤達がつね達を見送ろうと廊下を歩いていると政宗は若林に声を掛ける。
「あの母上、少し話しがありまして」
若林は立ち止まり振り向く。
「どんな話し政宗?」
誰も居なくなった廊下で政宗は自身の事と北廉での事を全て若林に話した。
そして若林は心配そうに政宗に問う。
「それって大丈夫なの?」
政宗は不安げな表情で答える。
「分かりません。自分でも今、体に何が起こっているのか分からないんです。それに怖いんです」
政宗の姿に若林にそっと近付き優しく抱き締める。
「大丈夫よ、今は自分のやるべき事に集中しなさい。辛くなったら北廉先生や私を頼りなさい」
政宗は若林の暖かみに触れて心が安らぐ。
「ありがとうございます。それと母上、この事は父上には・・・」
「分かっているわ、あの人に余計な心配掛けたく無いんでしょ?大丈夫、あの人は政宗の事は言わないから」
「ありがとうございます、母上」
しばらくの間、政宗は若林の暖かみに触れていた。
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