第2話侵入者はあの娘
社会人になってほぼ四ヶ月。仕事はなんとかこなしていた。おもったよりも順調といえたかもしれない。
慣れてくれば同じ作業の繰り返しが多い。どうやら僕は勉強はそれほどできなかったが、決められたルーティーンを守るのは得意だったようだ。
独創性よりも協調性や飽きずに同じ作業を繰り返すことのできる忍耐力のほうが社会人には重要なのかもしれない。
それに僕が就職した会社はお世話になった人が経営する会社であったのでそう簡単には辞められない。まあ、今の調子なら辞めるつもりはさらさらないけどね。給料も高卒とは思えないほどよかったしね。
夕方になり、壁掛けの時計は六時を半分ほど回っていた。
仕事を終わらせた僕は守衛の山森さんに挨拶して、会社を後にした。
アパート近くのスーパーで惣菜をいくつか買い込む。半額シールのはられた唐揚げをレジかごにいれる。節約は大事だよね。あと、好物のコーラとプリンも購入する。こういうのもコンビニで買うよりもスーパーで買うほうがお得なのだ。
会計をすませた僕はアパートに向かって歩きだす。これもいつもの行動だ。ほぼ同じことを僕は繰りかえしている。
もしかすると生きるということはこういう普通のことを繰り返すことかもしれない。
僕のアパートの部屋は築年数は古いが、2LDKと独り暮らしにしては結構広い。社長の紹介で家賃も安いのでかなり気にいっている。
鞄から鍵を取りだし、鍵穴にいれる。
そこで奇妙な感触がした。
妙に軽い。
いや、これはもうすでに空いているのだ。
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
緊張が全身を駆け抜ける。
もしかして、空き巣か。
僕は今朝の記憶をたどる。
自分がアパートの施錠した記憶がよみがえる。
うん、たしかに鍵はしめた。
ということは何者かが部屋のドアを開け、そのままにしているということだ。
ゆっくりとドアを開ける。
僕は気配を消して、中の様子をうかがう。
もし空き巣がいたら、全力疾走で逃げ出し、近所の交番に駆け込もう。
僕は交番までのルートを思い出しながら、部屋の中を注視する。
短い廊下の奥にリビングの電気がついている。
リビングへのドアは閉められている。
そこから何者かの声が聞こえる。
思っているよりも高い声だった。
僕は聞き耳をたてる。
「ああっなんていい匂いかしら。くんくんくん。はあっやめられない、やめられない。もうすぐあの人が帰ってくるのに止められないよ。くんくんん……。はーこの胸いっぱいに広がるこの匂い、凄い、凄すぎる。あー落ち着く。それに気持ちいい。あっダメ。ずっと匂いを嗅いでたら気持ちよくなってきた。スースーどうしよう……これ以上かいでたらどうかなっちゃうよ」
その声は女性の声だった。
言葉の内容からして、その何者かは何かをかいでいるようだ。
いったいどういうことだ。
僕は決意した。
中の様子を見てやろう。
中の人物が女性であろうということが、僕の警戒心を下げていた。
ドアノブに手を掛け、一気に引く。
そこには僕の枕に顔を埋めた黒髪の女性がすわっていた。
僕の存在に気づいたのだろう、枕から顔を離し、その女性は僕の顔を見た。
視線が交差する。
その女性は月影響子だった。
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