2枚目 不審と救助の自営業

 ここは中央都市ターン。オブリビア帝國ていこくの中でも最大の敷地面積を誇り、中心に城が設けられそれを囲む様に町ができている都市。内側から徐々に土地を広げていったことがわかる少し歪な形をしているが、城周辺の護衛団の数はさすが皇帝様の住んでる場所といったところだ。


 そして今、俺は平原に面した門の近くにある酒場に来ていた。そこには昼間から飲んでいる荒くれた無骨者のような奴や武器を抱えた冒険者など多種多様な人々でごった返していた。ちなみに、俺は飲んでないぞ。アルコールは9%超えなきゃ実質セーフだから。いや、余裕でアウトか。くだらないことを考えながら先ほど買った肉料理と飲み物を持って見通しのいい奥の方の席に座る。


「やっぱここの揚げチーはうめぇな」


 肉を噛み締めて独りごちる。いやー、本当に絶品だ。人工的な旨味と馬鹿みたいに溢れてくる脂が最高だ、そして安い。なんてことを考えながら昼飯を食べてると、3人の冒険者が入ってくるのが目に入る。彼女らは見たところ3人で冒険団を組んでいるようだ。


 お、これは思いがけぬが来た。装備から見るに真ん中の女の子がの人間の可能性が高い。横二人の女の子と比べると、普段着にも似た軽装であり、色彩を帯びた武器も持ってない様子だ。つか、顔立ちがあの人に似てる気がする。目で追っていると3人は紙がたくさん張り付いている大きな壁の方に向かった。


 そう、この大衆酒場は飲み食いだけでなく冒険団への依頼委託も行っている。冒険者への調査や狩猟なんかの依頼は帝國から、民間から問わず、酒場や役所に掲示される。依頼の場所から近いところや方向が同じところに掲載されてるのってとっても効率的だと思う。俺の仕事ももっと簡単にできねぇかな。個人事業だから無理か。なんなら従業員1人だし、それ俺だし。涙ちょちょぎれる。


「この調査依頼受けようと思います」


つばめちゃーん、遺跡に行くのは早くないかな」


「確かに早いかも……」


 先の冒険者3人が会話している。丁寧な口調の子に続いて、活発な子、大人しそうな子となかなかに色物っぽいパーティだな。


「私たちここまで順調に来てるし、レベルもしっかり上げてるから大丈夫だよ」


「まぁ最速で銅冠クローカ貰っちゃったくらいには強いね」


 3人の周辺の人々が響く。俺もちょっと声出た。


「あんまり大きい声で言わないでください」


「えー、凄いことだし別にいいじゃんー」


 その後も、やいのやいのと話は続いている様だった。


 その依頼を受けるか受けないかが、俺にとっちゃ重要だから早よ決めて欲しい。俺は昼飯を食べ終わっていてちびちびと飲み物を消化していた。相手が女の子三人組だから、ちょっと不審者っぽい。バレない様に頑張って大衆に紛れる。


「あ、でもここの遺跡は再調査ですしいつもより慎重にいけば……」


「リン姫がそう言うならしゃーないな」


 口数の少なかった女の子がボソっと言うと話が可決に持って行かれたようだ。その後カウンターの店員に依頼書を渡し、手続きを終えると彼女たちは酒場を後にした。呆気にとられていた周囲のガヤたちも、ものの数分で騒がしさを取り戻し普段通りの酒場になった。


 俺も残りの飲み物を一息で飲み干す。身なりを整えて掲示板の方に足を向ける。


「遺跡調査、遺跡調査、っと」


 指で依頼書をなぞりながら先ほど少女たちが受注したものを探す。遺跡調査の依頼は基本的に帝國からのもので、複数の冒険団に受けさせてガンガン調べてほしいからたくさん依頼書が置いてあるわけである。そして、書面内に再調査の文字がありすぐに見つかった。


「森の遺跡か」


 場所を確認し終えると受注はせずに依頼書を戻す。出口のほうに向き直り、店を後にした。


 プラドレード大陸にある、広大な土地からなるキャンバス平原。その土地には統率の取れた脚兵レギアの群生集団、天候変化、地盤移動、噂程度の特異種、そして遺跡。およそ人間が自由にできる事象はなく、数々の冒険者が足止めされてきた。見下ろすと大きな草原地帯が広がる。


 視界に入る限り、後ろに帝國領の都市ターンがある以外、端が見えず地続きになっている。そんな俺は相棒のピーチクの背中に乗り平原の上空を駆けていた。


「今日だけで二人も合うなんて変な日だな、女の方は確定かわかんないけど」


 ピーチクが唸るように答える、俺の困惑交じりの声音に反応してくれたのだろう。ちなみに相棒は走梟グルォールという種族の鳥型生物だ。まだこいつが幼い時に出会って、それ以来ずっと一緒だ、ピーチクは俺に友好的で懐いてくれている。


 この世界の生物は大きく分けて2種類に分けられる、人に力を貸したり愛玩の目的に飼われたりするもの。はたまた、人の生活圏外に生息し、それぞれの種族特有の色彩に傾倒した脚兵レギアと呼ばれるものだ。もちろん、ここから見える平原にいるものは後者に属する。


「さすがに見捨てるわけにもいかんしな」


「こんな形で顔を見てしまったのも何かの縁だ、ピーちゃん今回も頼むよ」


 ピーチクの後頭部をもふもふと優しくなでる。すると先ほどとは違う、明るく甲高い声が聞こえてきた。本日二度目になるであろう森の遺跡が目的地に決定した。朝も行ったのにまた遺跡に行くとは厄日なのかもしれない。仕事が取れるなら厄なんて罰当たりな言い方か。平原で張ってるいつもより確実性あるし喜ぶべきだよな実際。でも、営業用の対応って変な体力使うから嫌いなんだよな、戦ってるほうが圧倒的に楽だ。


「それにしても、また森の遺跡か。なにか作為めいた物を感じるな、気のせいだといいが」


 そして、俺はそのまま自分の家の方へと向かった。


 自宅前に到着して、降りて地面に足をつける。すると、ピーチクは羽を閉じるとともに体がみるみるうちに縮んでいった。ふんわりとした銀白色の羽毛が舞い、俺の頭の上をクルっと回るとかわいい鳴き声を上げて遺跡がある方向に飛んで行った。


「さすがピーちゃんは賢いぜ」


 玄関の扉を開け中に入る。少し室内が熱い、装備を降ろして身軽になって窓を少し開ける。ゆるりとした初夏の風が頬に当たる、何とも言えない幸福感に包まれる。だが、仕事は山積みなので束の間の幸せを手放して書類を掴むことにした。


「んー、この内容で鉱質の研究成果を提出するにはまだ検証が足りてないんだよな」


 土地の鉱質調査などを主とした研究を行い機関に提出する副業のようなものをしている。収益はあまり期待できないが、俺の目標にも合致しているうえに、研究者というのは素性問わず能力のある人間を雇ってくれるからありがたい。贅沢はできないにしても食料は自分で得ることもできるし生活空間はこの家がある、とても文句の言えた身分ではない。


「この家って実際いくらくらいだったんだろうな」


 中央都市から幾分か離れていてキャンバス平原内の辺鄙な場所にあり、人の住めるような場所ではない。ただ、この家の元持ち主であり、俺にここをくれた人が言うには、脚兵レギアの住処だった所を改修して無理矢理建てたとか。ほんととんでもない人だな。思わず笑みがこぼれる。


 自分が昨日作り終えた研究資料に目を通し終えると、コップに水を汲み一息に飲み干す。時間を確認してまだ余裕があることがわかると、椅子に腰かけた。机の上には資料や本、調査のために採取してきた鉱物が散乱していた。俺は片付けるのが苦手なのだ。実際に、この家は平屋一戸建てで一人で住むには少し手広い。玄関からすぐにある開けた大きな部屋に寝るためのソファベッド、物の散乱しているテーブルがある。その部屋の端には食糧を保存、調理する区画が設けられており、一部屋ですべてが完結していると言っても過言ではない。まさに理想の一人暮らしだ。


 ……って、さすがに過言だしソファで寝てる時点でQOLが低いです、すいません。そのうちベッド買おうかな、そのうち。さて研究に戻るか。散乱していた鉱物を取り色を付帯させ変化を見る。


「これの材質調査論文はっと……」


「あったあった」


 参考文献になりそうなものを引っ張り出し、読みながら経過観察をする。異なった成分を添加した際の鉱質変化による強度特性の有効範囲なんかが知れると調査書にも箔が出るんだが。如何せん参考文献にしている論文が中途半端なのだ。というか世に存在する論文なんて呼ばれるものは一部の秀才天才が書き上げたものを除いて、ゴミなのだ。(個人の感想です)


 ゆえに、鉱物関連の研究は電気系の研究と比べると天と地ほど差がついてしまっている。いろいろな理由はあるのだが、古く文化発展時代に電色を専門とした人間がいるのが大きいだろう。鋼色や地色、岩色は取り扱う人間が最近になって増えた印象だ。実際に冒険者が使うツールの礎になった現象を解明し使える道具にまで落とし込んだ電色の父、博神はくしんルーノの恩恵はどこにでもある。冒険者だけでなく一般化されていて、浸透しちゃってんだから博神はくしん様様である。俺もバリバリ使ってるし、天才最強! って感じだ。


 今回の検証は具体的に鉱物の色変化を見て、削りや破壊などを行うものだ。結果から強度特性を紙に書いてまとめる。削りかすなどの散らばった破片は磁性を与えて一気に回収する。お掃除完了だ。


 作業の途中でリリーンとチャイムが鳴る。時計を見ると約束の時間になっていた。


「おっと夢中になって忘れてたぜ、気合い入れねば」


 顔を両手で軽くはたいて笑顔を作る。優しく、わかりやすくやらないとだからな。窓を閉め、先ほど外した装備を再びつけて返事を返す。


「はーい、今行きますよ」


 玄関を開けた先に待っていたのは今朝方助けた黒マントの男が立っている。


「いやーよく来てくれたね嬉しいよ」


「まだよくわかっていなくて、手伝いって……」


「今からわかりやすく説明するから安心してよマント君」


「マント君……いえなんでも」


「ちょっと移動するからついてきてよ」


 マント君は面喰いながらも付いてきてくれた。なんか愛称とかつけて呼んであげたほうがなじめると思ったけどなかなか難しいものである。


「あの、あなたの名前も知らずここまで来てしまって言うのもおかしいですけど、助けてくれたってことは悪い人ではないんですよね」


「そうだ、まだ名乗ってなかったね」


「俺はアロン」


「アロン・ディーパー。職業、レベル上げ代行ってところかな」

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