第32話刺客

「ねえ、夕飯の支度をしている間さ。ちょっと散歩しない?」


「いいけど、何処に行くの?」


 メリアが首を傾げた。


「ちょっと行った所に公園があるんだ。そこに行こう」


 二人は顔を見合わせて頷く。


 これから僕が話すことを察してくれているみたいだ。


 母さんの時もそうだったけど、関係が壊れそうでやっぱりドキドキするな。


 あの時は上手くいった。


 でも、二人もそう上手くいくとは限らない。


 緊張するな。


 僕は二人を促し、近くの公園へと向かった。


*********


 道中。


 僕らは無言だった。


 母さんはメリアが僕を不審に思ってるって言ったけど、それはアルフレートだと見抜いている?


 それとも魔術に驚いているだけか?


 リゼも同じだろうか?


 この時点で友情は既に歪んでいるのか?


 公園の前まで来ると、リゼが話しかけてきた。


「アルフ。一つ聞いておきたいんだ?」


「うん?」


「モンスターのボスが君に襲い掛かった時、私には君の目の前で消えたように見えた。あれは、どうやったの?」


「ああ、それか」


 僕は頷く。


 そういえば説明していなかったね。


「簡単だよ。収納魔法を使った」


「「収納魔法?」」


「そうだよ。学校から支給されたやつがあっただろう?」


 皆が獲物を入れる時に使っていた袋だ。


「じゃ、じゃあ君はあの狼を収納魔法の中に閉じ込めたのか? つまり攻撃手段として」


「攻撃っていうか防衛じゃない? まあそうだよ。でもこれは良くないね。突進してくるモンスターとかにしか使い道ないし、出入り口の広さもそれ程ないから大物はすっぽりとは入れられない。あの袋もさ、少し切れちゃったんだ」


「えっ!? 大丈夫なのかい!?」


「僕の魔力で補強したから多分ね」


「ちょ、ちょっと待ってよアルフ」


 メリアが焦って口を挟む。


「じゃ、じゃあ、私達が持ってるあの袋の中には、まだあのモンスターがいるってこと?」


「そうだよ」


「そ、そうだよって、どうするつもりよ!?」


「そうだな。二、三週間放置すれば餓死するんじゃない?」


「「・・・」」


 おや、お気に召さない。


 確かにこれは支給品だしちょっと悠長かな。


「じゃあ、断崖絶壁で解放しようか。そうすれば真っ逆さま」


「クズ」

「外道」


「なんで!!」


 酷いよぉ。


 極めて効率的だろ?


 あ、袋の中目掛けて炎をぶち込むか?


 いや、もっと駄目な気がする。


「あ、アルフ。私も聞きたいことが」


 メリアがそう言ってどこか縋る様に僕を見た。


「うん。解ってる。公園の中で話そうか」


 僕らは園内に入り、見渡しのいい場所へとやって来た。


 もう暗いからか人気はない。


 話すのにはもってこいの場所だ。


「さて、と」


 僕は二人に向き直る。


 二人は僕が何を言うのだろうかと、身構えた。


 どう切り出そうかな。


 母さんと同じような手順で話せばいいか。


 ・・・ああ、それにしても、まったく。


「月が綺麗だよなー」


「「え?」」


 僕は空を見上げて、美しい月を眺めた。


「こんな綺麗な月の下で、美少女二人といるっていうのにさ」


 バッと僕は杖を取り出した。


「ムードがぶち壊しだよ。邪魔しないでくれるか?」


 僕は太めの木に向かって杖を向けた。


 二人はぎょっとしてそちらを見つめる。


「僕が適当を言ってるんだと思っているなら、今から一発ぶち込む。どうする?」


 そう言うと、木の後ろから一人の男が出て来た。


 全身を黒い服装で固めた奴で、昼間見ればそれ程違和感はないだろう。


 だが、日が暮れた今見ると異質な雰囲気を感じさせる。


 そもそも、歩き方からして普通とは違い、どう見ても達人のそれだ。


 間違いなくカタギじゃない。


「驚いたぜ。まさかガキに俺の気配を悟られるとはな」


「今日の僕は神経がビンビンに尖ってるんだ。別の日にするんだったね」


「そうだったのか。そいつはツイてなかったぜ」


 男はひょいと肩をすくめる。


「で、何? 僕はこれから二人に大切な告白をするところなんだ」


 ひゅー、と、男は口笛を吹いた。


「やるなお前。まさか、二人同時に落としにかかろうってのか?」


 普段なら二人は盛大にツッコミを入れただろう。


 だけど、この男の異様な雰囲気を感じ、酷く警戒している。


「あんたには関係ない事さ。見物を許して覚えはない。さっさと行ってくれ」


「そうもいかねーんだ。俺はお前をぶちのめさないといけないんでね」


「「え!?」」


 メリアとリゼは仰天する。


 まあ、こいつが只の野次馬な訳はないし、そんなところだろう。


「・・・誰の依頼だい?」


「頼まれたと思うのか? 俺が『リア充爆発しろー』ってタイプかもしれんぜ?」


「あんたプロだろ?」


 男は興味深そうに僕を見た。


「一つ聞いていいか? お前どういうガキなんだ? 俺と対峙して、プロだと見抜いた上でそんな風に軽口を叩くこと自体が異常なんだけどよ?」


 横を見れば、確かにメリアとリゼは酷く緊張している。


「雰囲気出してるつもりならお生憎様だね。学校の学年主任の方がよっぽど怖い」


「なるほど。面白れぇガキだ。俺はよ、痛めつければそれでいいって言われてんだ。だが、」


 ぺろりと舌なめずりをする。


「事故で殺っちまっても仕方がねーとも言われてる」


 僕らに緊張が走る。


 まあ、そうだろうな。


 だって、こいつ、そっちのプロっぽいし。


「依頼主は?」


「言うわけがねー」


「じゃあ、あんたの名前を聞こうか?」


「黒炎て呼ばれてる。無論、本名じゃあないがな」


「こ、黒炎!」


 メリアが驚愕して声を上げた。


「何? 有名人?」


「よ、よくは知らない。でも、凄腕の暗殺者にそんな人がいるって、お父様が話してた」


「ふうん。で、あんたがその黒炎さん?」


「一段階警戒の度合いを上げるぜ。それと知ってなんでそんなに落ち着いているんだ?」


「慌てた方が生存率が下がる。達人なら尚更ね」


「慌てねえでいられるその心理状態を知りたいんだが、まあいい」


 黒炎は杖を取り出す。


 僕も杖を構え、臨海体勢に入った。


「この二人は無関係だろ。帰して上げてくれ」


「無理だな。助けを呼ばれると面倒だし、殺すと決めた以上、目撃者は殺しておかないとな」


「さっきは僕も半殺しで済ますつもりだったんだろ?」


「そうだな、つまりはどうなろうと」


「逃がすつもりはない、か」


「そういうことだあ!!」


 杖から魔力が溢れ、火炎が僕に向かって飛んできた。


 おわ、中々の威力。


「シッ!」


 僕も火炎を放ち、それを相殺する。


「マジで何なんだてめえはぁ!!」


 更に撃って来る。


 それも連続で。


 くそ、速いな。


 現代魔術。

 やはり、前世の魔術よりも一段上と見るべきか。


 こいつの杖も懐に仕舞えるほど短め。


 今は火力が求められるというが、こういった暗殺者はやはり速度が大事らしい。


「アルフ。私も手伝うわ!」


「そりゃありがたいねメリア。じゃあ母さんにちょっと遅くなるって伝えてもらえる? スープが冷めちゃう」


「馬鹿言ってんじゃないわよ!!」


 メリアとリゼは杖を置いてきた。


 発動は遅く、威力も弱いが、それでも僕を援護するつもりのようだ。


「リゼ!」


「解ってる」


 僕が黒炎の魔術を防いでいる隙に、二人が攻撃をしてくれる。


 それに対し黒炎は、


「しゃらくせぇ!」


 炎を横薙ぎに出して、二人の魔法を丸飲みにした。


「おっらぁあああああああ!」


「何!?」


 横薙ぎにした炎は、そのまま僕達に飛んでくる。


 僕は杖を横に構え、その炎を防御した。


 ボゥ!


「くぅ!」


 その衝撃は中々のもので、僕は一歩後退する。


 二人のレベルの魔術じゃ飲み込まれるか。

 杖もないし。


 かといって、二人に防御を担当してもらうと、今度は抜かれる。


「・・・アルフ」


 それが二人にも解るのだろう。


 純粋にこの暗殺者と戦うには自分達では力量が足りないと。


 それはなんら恥じることはない。


 魔術の学校に通っているとはいえ、入学したての学生が、プロの暗殺者に勝てるわけがないのだから。


「はっはぁ! やっぱり面倒なのはてめえだけだな!」


 黒炎はどんどん回転を上げていく。


 流石は現在魔術の達人。


 ロックの血族と言っても、前に戦ったクラウスは所詮十五の少年。


 こいつとは比ぶべくもない。


 このままだと押されるな。


 ならば!


 魔術加速術式、起動!


「な、なんだと!?」


 僕の火炎魔術の回転が急に上がったので、黒炎は面食らう。


「クソガキ、何をしやがった!」


「お前の知らない魔術もあるってことさ」


 これはロックが残した秘奥らしいからな。


 暗殺者といえでも知らないだろう。


 これで互角、いや、僅かに僕が速い。


「こ、この野郎」


「雇い主に伝えろ。僕に構わない方がいいってな!」


 このまま押し切ろうとしたら、この野郎、笑いやがった。


「まさか、ガキにこれを使うとはな」


 黒炎は知らない術式を起動させる。


 するとどうだ。


 あっちの火炎の速度が馬鹿みたいに跳ね上がった。


「な、なんだこれ!」


「は! さっきまでの勢いはどうした小僧!」


 飲まれる!?


 僕は相打ちを諦め、結界を張ってガードに徹した。


 受けるたびに手が痺れ、徐々に後退する。


「アルフ!」


 リゼが何かやろうとするが、僕は目で止めろと指示する。


「っつ!」


 何をするつもりだったか知らないが、自分では通じないと理解したんだろう。唇を悔し気に嚙み、手を引っ込めた。


「悪いね、杖があればまた違ったんだろうけど」


「今の君に気を使われると結構傷つくよ・・・」


 やば、またも紳士の対応じゃなかったのか。


「というかさ、あの魔術なんなの? 滅茶苦茶速いんだけど!」


 これにメリアが意外にもすんなり答えてくれた。


「“連弾”・・・」


「どんな魔術?」


「一度の魔術起動で、同時にいくつも撃ち出す魔術よ! こんなところに使い手がいるなんて」


 なるほど、連続魔とでも言おうか。

 一発放つだけで、二個、三個と飛び出るわけだ。


 え、何それ凄くない?


 でも、下地があったロックの魔術と、全く知らないこの魔術では状況が違うな。


 この場で戦いながら解析、習得は難しいだろう。


「メリアが知ってるってことはさ、公式に知れ渡ってるってことだよね?」


「そうだけど、最上級に難易度の高い魔術よ?」


「だろうね。でも、調べればすぐに分かるってことだろ」


 この戦いが終わったら、早速習得したい。


「それよりも、そんなに悠長に話している場合じゃないでしょ!!」


 尤もだ。


 このままじゃ結界の障壁が持たない。


「お喋りもいいが、そろそろお終いだなあ!!」


 ボン、ボン、ボン!!


 三連弾!


「二人共、あの三つ、絶対に抑えろ!」


「「ええ!」」


 二人はびっくりしただろうが、それでも結界を展開する。


 二人の魔力と技量は、実習で何度も見ている。


 杖がないのは痛いが、一度だけ。

 一度だけでいいから抑えてくれよ!

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