第31話メリア感づく

 その後。


 戻って来ないアルフ達を捜索していた教師達に、意識を完全に失ったアルフを二人が肩に担いで引きずっているところを発見された。


 その状態を見て、教師達は驚いたものだが、それがモンスターに襲われたと知ると、それはそれは驚愕した。


 他の一年質も混乱中。


 早々に行事は中断され、三人は学校の医務室に運ばれた。


 ここは危険が付きまとう魔術学校。


 医務室にはしっかりとした魔術法医学を学んだ医師がおり、リゼの怪我はすぐに治療された。


 だが、アルフの症状は時間経過による回復を待つしかないとして、そのまま寝かせられた。


 命に別状はないと言われ、二人は心底安堵したが、自分達の不甲斐なさに憤った。


「本当にごめんなさい。完全に学校側の落ち度です。貴方達が無事で本当によかったわ」


 ミネルヴァ先生は涙を浮かべてそう言った。


 やはり、あの狼型モンスターに関しては、学校側は何も知らなかった。


 あの森には何度も調査を行っており、あんなモンスターがいないことは確実とされていただけに、その事実は衝撃だった。


 今度、熟練した冒険者達によって大規模な討伐隊が組まれることが早期決定されたということだが、それは二人にはどうでもいいことであった。


 そして、すっかり夜になった頃。


 知らせを聞いたカレンが血相を変えてやって来た。


「メリア! ああ、無事で本当によかったわ」


「お姉様」


 カレンはグシグシと涙を拭い、リゼを見た。


「あなたがリゼさんね。話は二人によく聞いているわ」


「初めましてアルフのお母様。その、彼には命を助けられて、私は何も出来ず、本当に、申し訳ありませんでした」


「いいのよ。実は私もね、以前、狼モンスターに襲われたことがあるの」


「「ええ!!」」


 二人は仰天した。


「びっくりよね。その時もアルフが助けてくれたのよ」


「そ、そうなんですか」


「はあ、本当にこの子は・・・」


 カレンは寝ているアルフを見つめ、髪を優しく撫でる。


「お医者様は命に別状はないと言っていました」


 カレンは心底安心した顔をした。


「ち、ちょっとね。あはは、力抜けちゃった」


 そう言ってカレンは近くにあった椅子へとへたり込む。


「その気持ち、よく解ります・・・」


 メリアとリゼはそういうと、疲れた弱弱しい顔で笑った。


「それで、よく解らないんだけど、アルフはどうしてこんなになっちゃったの?」


「それはですね」


 メリアは自分の頭で一度整理してから、唇を舐めると語りだした。


「簡単に言うと、魔術を一度に使った為に身体に負荷がかかり過ぎたんです」


「全力疾走をずっと続けたみたいな?」


「そのようなものです」


 メリアはコクリと頷く。


「冷静にあの時のことを思い起こしてみたんですが、アルフは魔術起動を速める術と、並列してものを考える術。それを使って上位の雷魔術を十もまとめて同時発射しました」


「そ、それって凄いの?」


 いまいち魔術に疎いカレンには理解できない。


 メリアはどう言っていいのか判らない表情を作り。


「・・・私の知る限り、魔術界でこれを行った人物は一人もいません」


「あ、はっは~」


 カレンは天井を見上げると、片手で目元を覆った。


「何故、この方法を他の魔術師が取らないのか解りますか?」


「難しいからでしょう?」


 コクリと頷く。


「勿論それもあります。もう一つは身体が持たないんです」


「持たない・・・」


「そうですね。例えると貯水池に溜まっている水を魔力だとしますね。放水口から水を出します。これにより魔術が発動します」


「ふんふん」


「仮にここで放水量の勢いを限界以上に上げてとします。すると、出口はどうなるでしょう?」


「こわ、れる?」


「そうです。それがアルフの状態です。アルフの魔力は膨大で、尽きることはないでしょう。でも、出口はそう大きくはない。それなのに、魔術を連続、いえ、違いますね。同時に撃ち出したんです。身体が持つわけがありません」


「ア、アルフは大丈夫なのよね!?」


「大丈夫です。それについては私達も心底嬉しくて安心なんですけど、そこが問題でもあります。他の人間がもし同じことをしたら、おそらくは廃人です」


「・・・廃人」


 カレンは真っ青になった。


「お姉様。彼は、アルフは何者なんですか?」


「な、何って?」


「土壇場での冷静でいて、大胆な行動。その胆力。まるで何度も死地をくぐり抜けてきた戦士の様。誰も解けなかった魔術式を解いたり、飛んでもない魔力量を持っていたり、こんな前代未聞の魔術を実戦で使ったり、とても普通の十五歳とは思えません」


「あー、それはね」


「かと思えば常識ないし」


「あーっと、なんて言えばいいのかしら、この子の中の常識と、現実の常識にズレがあってそれを正そうと目下努力中といいますか・・・」


「・・・よく解らないんですが」


「う~ん。わたしも説明が苦手で。なんて言ったらいいのかなぁ~」


「こんな時代の先を行く頭脳を持ってるなんて、これじゃまるでアルフレート様・・・みたい、な・・・」


 言葉に出していく内に、徐々にメリアの声が小さくなり、遂に止まってしまう。


「アルフ。アルフ、レート・・・」


 カレンが口に手を当てた!


「あ、あー! そうね。よく考えてみたら、わたし実家に児童向けのアルフレートの偉人伝持っていたわね! 多分それが頭に残っててアルフって名前にしたんじゃないのかしら! あ、メリアももしかしたら読んだんじゃない? わぉ。実はあの本が全ての始まりだったのね。あはは~」


 メリアは唇に指を這わせ、ずっと何かを考えこんでおり、カレンは話は聞いていない様だ。


(あーん、アルフ。もう無理よぉ~)


 カレンは頭を抱えた。


*********


「うーん」


 僕が目を覚ますと、知らない天井と匂いのする部屋で目を覚ます。


「「「アルフ!!」」」


「っい! な、なんだ」


 ベッドの横にはメリア、リゼ、何故か母さんがいた。


「体調はどうなの?」


「か、母さん。どうして?」


「倒れたって聞いたから」


「あ、ああ。ごめん心配かけたね」


「ほんとよ全く」


「アルフ」


 リザが心配そうな視線で僕を見る。


「ありがとう。君は私達の命の恩人だ」


「あっ! リゼ、足はどうした!? 怪我は?」


「・・・君に心配されるとはね。ふふ、私は大丈夫。回復魔術とポーションですっかり傷は塞がったよ。後にも残らないって」


「そっか。それはよかった」


 ほっとして僕はにへらっと笑う。


 リゼは虚を突かれたように、目を丸くして視線をちょっと外した。


「ま、まあ、無事でよかったよ」


「ん? ああおかげさまで」


 そのままリゼは一歩下がった。


 なんだ? 急によそよそしい気が。


「・・・逃してるなー。チャンスを」


「ん? 母さんなんか言った?」


「まあ、まだ時間はあるわよ」


 何を言っているのかしらん?


「メリアも無事でよかったよ」


「ふぇ!?」


「メリア?」


「う、ううん。なんでもない。無事でよかったわ」


 なんかこっちもこっちもよそよそしい。


 一体何故?


 はっ!


 解った。


 解ってしまったよ。


 僕、思い切りメリアの胸に顔を埋めちゃったよ。


 やべえ!

 すげえ!


 前世を含めて初めての体験だよ。


 お、おお。


 柔らかかったぁ~。


 それでメリアはよそよそしいのか。


 まあ、胸に男の顔を押し付けたんだからな。


 それは気まずい。


 あれだ。


 ここはしばらくは声を掛けないのが紳士としての嗜みさ。


 母さんが心配そうに声をかける。


「アルフ。立てる?」


「ん? ああ」


 僕はベッドから降りて、体の調子を確かめる。


 流石に無理をしたからな。


 あれをやるにはもう少し術を組み替えないと。


 そう、独立した術を組み合わせるのではなく、あれ自体を一つの術として組み込むとか。


 おっといかん。


 また魔術のことを考えてしまった。


「大丈夫そう?」


「問題ないね。これなら帰れそうだよ」


「よかった。じゃあ行きましょう」


 こうして僕達は岐路に着いた。


 女性達が三者三様に、何か考えている風だったが、それはなんなんだろうか?


*********


 母さんが馬車を待たせてくれていたので、僕達はそれに乗って、帰ることが出来た。


 どうも変だ。


 メリアはさっきから何かを俯いて考えているし、リゼは何か自分の中で気持ちの整理をしたいと言って黙っているし、母さんは妙にそわそわしている。


「ねえ、三人共何を考えてるの?」


「「「えっ!?」」」


「うぉ!?」


 いきなり声を張り上げてびっくりした。


「ごめん。不躾だった?」


「ああ、いや。そんなことはないんだけど、ね」


 リゼは何やら気まずそうに、頬をポリポリとかいている。


 なんか顔が赤いような?


 ふむ。

 なるほど解らん。


 他の二人を見ても、何を考えているのやら。


 僕が寝ている間に何があった?


 後で母さんに聞こう。


 それから変な沈黙の中、馬の蹄と、車輪の音だけが響き、僕の家へと到着した。


「さ、着いたわ。今日はメリアも泊っていきなさい」


「はい、お姉様」


「よかったら、あなたもどうリゼさん?」


「あ、いえ。私は家に帰ります」


「そう。じゃあ夕飯くらいは食べていきなさいな」


「いえでも、ご迷惑では」


「あ、ないからそういうの」


 パタパタと手を振る母さんに、リゼは「はあ」と気の抜けた声で応えた。


(君のお母様は本当に貴族なのかい?)


(ああ、奔放に生きてるのさ。僕も真似して生きるよ)


(君は、少し自重すべきだね)


 リゼはこそっと僕にそんなことを言う。


 自重か。


 まあ、出来るところはしよう。


「アルフ」


 母さんがちょいちょいと僕を呼ぶ。


「何?」


 母さんはなんとも言えないように唸り、口を曲げる。


 あ、これはお説教だね。


 そうだね。


 必死だったけど、かなり不味い魔術を使った自覚はあるよ。


 これは、しばらく口を利いてくれないかもな。


 あれだけ誓ったのにね。


「もう隠すの無理」


「・・・え?」


 唐突にそんなことを言われて、僕は呆けた。


 そして次第に納得する。


 ああ、それで様子がおかしいのか。


「メリアは完全に不審に思ってるわよ」


「そっか、そうだよなぁ~」


 僕は頭をかく。


 少し、見せすぎたか。


 でも、あの場面じゃ選択肢なんてなかったし。


「きちんと説明した方がいいわね」


「・・・うん。分かった」


 来るべき時が来たか。


 思ったよりも早かったな。


「じゃ、夕飯の準備をメイにさせるから、その間に散歩がてら話して来たら?」


「分かったよ。あれ? 怒らないの?」


 てっきり説教されて、また部屋に閉じ籠るのかと思ったよ。


「怒れないでしょう。もし、あなたが何もせずに二人が大変なことになったら、その時は怒ったわ」


「そうだよね」


「あなたはやるべきことをやった。誇りなさい」


 僕はコクリと頷く。


「ありがとう。説明してくるよ」


「頑張って~」


 ひらひらと母さんに手を振ってもらい、僕は二人の元へと駆け寄る。

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