第27話特別授業

 今日は通常の授業ではなく、特別なイベントがある。


 それは狩りだ。


 一年生は指定されたエリア内で狩りをすることになっている。


「今日はグランベルーの森で狩りをしてもらいます」


 クラウスとの騒動からしばらく経ち、学生生活は良好そのもの。


 前世では学校など通ったこともなかった。


 村でも同年代の友人もいなかった。


 ここには、メリア、リゼ、その外にも大勢の友人が出来た。


 正直、魔術が学べればそれでいいと思っていた。


 だが、この学校ではそれだけではない充実した生活がある。


 魔術以外にも前世では出来なかった経験が出来る。


 知らないことを知るとは、本当に素晴らしい。


 そして今日はそんな友人達と初めてともいえる学校のイベントだ。


 胸が躍るな。


「はーい。ではもう一度説明をしますね。貴方達は三人から五人でチームを組み、森の中にいる動物を二匹狩って来てもらいます」


 生徒達がひそひそと話し出す。


「二匹なんて楽勝だよね」


「まーな。なんでもっと要求しないんだ?」


「一年生全員参加だからね。そんなに狩ったら狩りつくしちゃうからでしょ」


 パンパン!


「話はまだ途中でーす。皆が一気に入るとぐちゃぐちゃになっちゃうので、時間を空けて森へ入ります」


 班決めは生徒達で決めて良かったので、当然僕はメリアとリゼとで組むことになった。


 男友達も最近では出来たんだけど、やっぱり一番話すのはこの二人だからな。


 男友達からはやっかみを食らったが。


 僕は柔軟体操をしつつ、自信で身が滾っていた。


「ふっふっふ。狩りには自信がある。なんたってこの十五年、ずっと村で狩りをしていたんだからな」


「わぉ。田舎者の本領発揮ね」


「だーかーらー。田舎を馬鹿にするな。ふっふ、メリア、君は狩りなんてしたことないだろう。見ているがいい。ハンターって奴をな」


「あるわよ」


「なにをぉ!?」


 馬鹿な。

 貴族のお嬢様が何故!?


「狩りも貴族の嗜みよ~。狐を狩ったことがあるわ」


「ほ、ほぉ」


「アルフは何を狩っていたの?」


「・・・ウサギとか?」


「ぷっ」


「そ、それ以外にもあるぞ!」


「何?」


「あ、と。鹿とか」


「ふーん。草食動物ね」


「そ、それの何が悪い!」


「べーつーにー」


 ば、馬鹿にしやがって。


「お、狼を狩ったぞ」


 モンスターだけども。


「おお、それは凄いじゃないか」


 リゼが感心して笑った。


 なんとなく面白くなさそうなメリアであったが、小さく頷く。


「それは有益ね。この森には狼が出るそうだから」


「え、マジで?」


 メリアはコクリと頷いた。


「しおり、ちゃんと読んでない? この森に生息している動物が載ってるわよ」


 ほほぉ。


 ああ、最後のページだったか。


 なるほど、大物は確かに狼か。

 鹿もいるね。


 このイベントは、参加するかしないかは自由である。


 何故ならば、狼を始めとした、ただ逃げ回るだけではなく、襲ってくる動物もいるからだ。


 参加する際にも、危険な目にあってもそれは自己責任と書かれた念書にサインをさせられる。


 だけど、ここで不参加を表明する人間は実は殆どいない。


 何故か?


 それは、魔術師とは危険と隣り合わせで生きていかなければならない人種だからだ。


 学者肌の魔術師も当然いる。


 しかし、それでもある程度の危険は付き物だし、強さを求められる。


 それに、入学する前にも、危険を伴うカリキュラムが盛り込まれているともしっかりと明記されている。


 だから、ここで不参加をする人間はあまりいないのだ。


「順番をくじで決めますよ。班長は並んでください」


 僕は二人を見つめる。


「よし、じゃあ引いて来るね」


「出来るだけ最初の方にしてね」


 メリアはそう言って、僕にエールを送る。


 そうだよな。


 最後の方になったら、どんどん獲物が減っちゃうからね。


 このくじ引き、実は凄く重要だぞ。


 引き終わった生徒達は、それぞれ一喜一憂している。


 ここが運命の分かれ道だ。


「あの、先生。これって何も狩れなかったら罰ってあるんでしょうか?」


「なんですかー? やる前から泣き言ですか?」


 ミネルヴァ先生はくすくすと笑う。


「ち、違いますけどほら、やっぱり後列は不利じゃないですか?」


「安心して下さい。この森は広いですし、獲物は沢山いますよ」


「ですか。そういうのって判るものですか?」


「そうですね。魔力探知で大まかなことは」


「魔力探知?」


 先生はコクリと頷く。


「もう少ししたら教えますよ。魔力を波動として飛ばし、その反響によって周囲の状況を知ることが出来る魔術です」


 僕はガバっと先生の眼前まで迫った。


「ひゃっ」


「そんな魔法が!」


「アルベルト君、近いです! 唾が飛びます」


「あ、ごめんなさい」


 やってしまった。


 僕はすぐに引っ込んだ。


「もう。メリアさんとリゼさんという美少女を侍らせながら、私にも手を出そうというんですか?」


「いい!? 何を言うんですか先生!!」


「でも駄目でーす。私はこれでも結婚しています」


「え、マジですか?」


 そんな風には見えなかった。


 意外という顔をしていたら、先生の顔色が変わる。


「・・・なんですか? お前みたいなちんちくりんに結婚なんか出来るわけねーだろ。見栄はってんじゃねーぞとでも思ったんですか?」


「ええ! そんなこと思ってませんよ」


「ふふ、冗談ですよ」


 は~。

 心臓に悪いよこの先生。


「とにかくです。女性に不必要に迫るのは駄目です」


「は、はい」


 そういえば前にメリアにも。


 気を付けねば。


「アルベルト君は本当に魔術が好きですねー」


「魔術師ですから」


 僕が胸を張ると、先生はニコニコと笑う。


「多分、魔術探知も貴方ならすぐに習得できるでしょうけど。あまり焦らないでね」


「特別授業とか?」


「補修ならしますけど、特別扱いはしませーん」


「チェ」


「ところで、貴方はその杖を使っていくつもりですか?」


 先生は僕の杖を見る。


 皆は僕が決闘で使っていた杖と、同じサイズの物を使っている。


 しかし、僕の杖は手首から肘の辺りまでしかない短い物だ。


 そして細い。


 僕の細腕に二本は並べられるくらいだ。


 威力は劣るけど、こっちの方が振りやすいし、何より起動が早い。


 威力も僕の魔力ならカバーできる。


「仮に近接戦闘になった場合、それですと不利になりますよ?」


 長ければ武器として使えるが、この細さではそうもいかない。


 鈍器で一発殴られれば簡単に折れてしまうだろう。


「これでいきます」


 僕はこう誇示するのだ。


 自分は魔術師であると。


 遠距離から打ってなんぼが魔術師である。


「分かりました。貴方を尊重します。ほら、引いた引いた」


 先生はくじ箱をガサガサと揺らして催促してくる。


 さて、試練の時だ。


 手を突っ込んでいくつかのくじに触ってみる。


 無論、触ったところで中身が判るわけでは無い。


 しかし、それでも漁ってしまうのが人の性。


 かさり。


 一枚のくじを引いた途端、ビビッと来た。


「こ、れ、だぁーーーーー!!」


 引き当てた運命。

 そのくじは!


 一番最後だった。




「サイアク」


「私が引くべきだったね」


 しくしく。


 酷いよ。

 僕だって頑張ったよ。


 そうだ。

 今度見えない位置の物を見れる魔術を開発するか!


「さて、時間が出来ちゃったわねー。誰かさんのせいでー」


「しつこいぞ。だったらメリアが引けばよかっただろう! 後から言うのはずるいんじゃないか!!」


「冗談よ、冗談」


「こればかりは運さ。気にしないで」


「ふん!」


 まあ、二人も本気で怒っているわけではないのは解っている。

 僕だってそうだ。


「それじゃあその辺で駄弁ってれば」


「・・・」


 メリアが僕の話を聞いていないようなので、彼女が見ている方向に目を向ければ、そこには曰くつきのアイツが。


「メリア」


「あ、うん。ごめんね」


 クラウスを見ていたメリアはすぐに視線を外す。


「あまり見ない方がいい。気があると思われるぞ?」


「うん。そうだよね」


 メリアが首を振ると、リゼがヒソヒソと声をかける。


「あれ以来、絡んでこなくなったね」


「そうだね。それどころか意図的に視線を外している感じだ」


 アンザ先生の説教が余程効いたか。


 或いは、実家の方で何か言われたか。


「まあいいさ。こっちとしては願ったりだ。だから、こっちから関わる口実を与えない方がいい」


「ごめん。なんか気になって」


 む、なんだろう。


 やはり昔からの付き合いだからなんだかんだで情があるのか?


 なんかこう、もやっとする。


「クラウスは凄く粘着質だから、こうもスッパリと諦めるとなると、何か逆に嫌な予感がする」


 あ、そっち?


「何か仕掛けてくるってことかな?」


 リゼは眉をひそめた。


「・・・怖いのは、アイツ自身じゃなくて、ゴータ家が動かないかってこと」


 ・・・家?


「ゴータ侯爵家は五百年続く名家。それが汚されたとあっては、何かしてこないとも限らない」


「メンツってやつか・・・」


 嫌だねぇ。


 だから貴族になんてなりたくなかったんだ。

 今も昔も。


 だけど、今は貴族くずれになったおかげで学校に通えたわけで、何とも因果なことだ。


 それで話を戻すと。


「それで? そのなんちゃってアルフレートの子孫はどんな手を打ってくると思う?」


「・・・なんちゃってって」


 ロックの子孫ではあるけれど、そんな権威に溺れた奴にロックと僕の名を名乗ってほしくはないな。


「具体的に、何を仕掛けてくると思う?」


「そこまでは」


 さてどうするか?


 アイツの実家が動くのかどうかも判らない。


 動いたとして何をしてくるかも判らない。


 さて、つまるところは。


「今を生きよう」


「「え?」」


「見えない不安に怯えていても仕方がない。だったら今を、この狩りに集中しよう」


「そっちの方がストレスにならないわね」


「そうだね。でも、リゼ」


「ん? なんだい?」


 首を傾げる彼女に、僕は幾分真面目な顔で口を開く。


「それでも、打てる手は打っておこう。僕達と一緒にいるのは危ないかもしれない。極力一緒にいるのは」


「避けるべきだって?」


 コクリと頷く。


「はは、ごめんだね」


「リゼ・・・」


「嫌われたならともかく、大切な友達が私の心配をして距離を取ろうとしているのなら、私が離れる理由にはならない」


「・・・君は何というか、実はマイペースか?」


「頑固なね」


 フフっと彼女は笑う。


「私もリゼとそんな理由で距離を取りたくないわ」


 メリアもそう言って笑って見せた。


 こうなっては仕方ないか。


 僕は頷く。


「解った。なら君達は僕が護る」


 二人は「おっ」と口を開けた。


「なーに、騎士様のつもり?」


「いいね。これでもお姫様には憧れているんだ」


「リゼはそんなタイプだとは思わなかったよ」


「・・・失礼だな。これでも十五の乙女のつもりだよ?」


 そう言って、彼女は少し口を尖らせた。


 ここは乗っかっておこう。


「これは失礼をいたしました姫様」


 僕は出来る限り優雅に一礼をしてみせた。


「うっわ、似合わなー」


 五月蠅いぞメリア。


 そんな風に他愛もない会話を暫くしていると、僕達の番がやって来た。


「はい。ではアルフ君達の班が最後ですねー」


「「「はい」」」


「制限時間は三時間。例え獲物が獲れなくとも何らペナルティーはありません。正し、制限時間内に戻らないと教師が探しに行きますので、手間を掛けさせた罰としてお説教です」


「了解です先生」


 先生に怒られる。


 ミネルヴァ先生とアンザ先生に。


 え、恐怖しかないのですが?


 絶対に戻ろう。


 二人も僕と同じ感想を抱いたのか、顔を青くしてコクコクと頷いた。


「それでは、よーいどん!」


 僕達の狩りが始まった。

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