第26話ゴータ家
教育指導室には現在、僕、メリア、リゼ、クラウス、ミネルヴァ先生、ゴイル先生、アンザ先生の七人がいた。
アンザ先生はかなりふくよかで、もさもさの髭を生やした男性教師だ。
年齢も体格も何処となく教頭のに似ているが、とっても温和な人である。
ゴイル先生はすぐに二人の先生を呼び出し、先生方三人で事情を聞くこととなった。
まずはクラス担当のミネルヴァ先生が尋ねる。
「えーと、つまり、ゴータ君が話しかけてきた。またトラブルになるのが嫌だったので逃げたら追いかけて来て、押し倒された、と?」
「そうです」
僕は頷く。
即座にクラウスが反論した。
「出鱈目です!」
「聞きますよゴータ君」
「彼は自分の都合の良いように話をしているが、彼は僕とミズ・アルベルトとの会話を妨害した」
「そうなんですか?」
ミネルヴァ先生はメリアに尋ねる。
メリアは即座に首を横に振る。
「彼とは会話をしていません」
「なっ!? それはないだろう?」
「そうでしょう? 私はあなたと口を利いていない。違って?」
「・・・彼女の態度は淑女とはいえなかった。無礼な対応でした」
「つまり、会話は成立していない?」
「こ、これからでした。だというのに、彼がいきなりわけのわからないことを言って、走り出して!」
「そうなんですか、アルベルト君?」
僕は肩を竦める。
「彼はメリアが口を利かないのは僕のせいだと肩を強引に掴んできて。またトラブルになると思い、前々から絡まれた時はどうするか決めていたので、合言葉を彼女達に伝えて逃げました」
「か、絡まれるってなんだ! 僕を下賤なチンピラみたいに!!」
「落ち着いて。ここまでを整理します。『ゴータ君はメリアさんに話しかけた。でも、無視されて、それはアルベルト君がアルベルトさんに何かを吹き込んだと思ったゴータ君は、アルベルト君の肩を掴んだ。トラブルを避けたかった貴方達三人は、逃げた』」
「「「そうです」」」
「ま、待ってください! 事実はそうですが、誤解です。僕は危害を加えるつもりは」
「ゴータよ」
ゴイル先生が口を開く。
「俺はお前が三人を追いかけているのを見た。そしてアルベルトを押し倒した。この行為は十分に危害を加えたと言っていい」
「待ってください、待ってください! 初めは冷静に話をするつもりでした。これは彼が逃げたからだ! 非は彼にある!」
ミネルヴァ先生はわずかに眉をひそめた。
「ゴータ君。貴方はアルベルト君のこととなると冷静ではいられなくなる。接触は必要最低限に留めるべきと、以前忠告しましたね?」
そんなことを言っていたのか。
クラウスは喉を鳴らす。
「僕が会話をしていたのはメリアだ! こいつは関係ない!」
「では関係ない彼の肩を掴んだのは?」
「それはこいつがメリアに!!」
「のう、ゴータよぉ?」
これでは先に進まないと思っていると、ずっと沈黙していたアンザ先生が声を上げた。
え?
この人声低っ!
「ヌシ、勘違いしておらんか? ヌシの先祖はこの学校の創始者かも知れんが、だから自分は何をしてもいいと、思ってはおらんか? のう?」
え、ちょっと待って。
この人怖! メッチャ怖!!
この先生こんな人なのか?
い、いや。
直接対峙するのは初めてだけど、もっと優しい話し方をしているのを見たことある。
こ、これが怒っているアンザ先生なのか!?
い、いや落ち着け僕。
こっちは百七十年生きてるんだ。
たかが五十くらいの若造に。
アンザ先生はクラウスにゆっくりと近づき、肩を撫でる。
「先祖は先祖。ヌシはヌシじゃ。その辺を弁えないといかんのじゃないか? おう?」
ひいいい!!
怖えぇ!
この人マフィアのボスなんじゃないか?
クラウスは硬直し、僕ら三人は思わず一歩下がった。
アンザ先生はニコリと笑い、一歩下がると、生和な表情を作る。
「この件は君の家に報告します」
何その優しい声!
あんた役者か?
「そ、そんな!?」
「今後、彼らとの接触を禁じます。もし、どうしても何かあれば、ミネルヴァ先生か、いなければ他の人にワンクッション入れてからにして下さい」
「お、横暴だ!」
「あ゛?」
「う・・・」
蛇に睨まれた蛙だなこれは。
というか、ゴイル先生はともかく、ミネルヴァ先生はよく平気だな。
まあ、この人も怒ると怖いしね。
「さて、次の授業が始まってしまいますね。皆さん早く移動しましょう」
「「「は、はい」」」
人格をコロコロ変えるアンザ先生に言われるままに、僕らは速やかに行動を開始したのだった。
*********
その日の午後。
クラウスはガチガチと歯を鳴らしていた。
父の書斎で、彼は父親であるサルバン・アルフレート・ゴータとテーブル越しに向き合っている。
ゴータ侯爵家現当主。
魔術師としての腕も一流であり、優れた統治者。
王侯貴族の中でも重鎮である。
厳格な父だ。
その威圧感は尋常ではない。
普段から話す時には気を使う相手だ。
それが帰宅早々に呼び出され、こうして書斎に二人だけでいる。
胃がねじ切れそうだった。
「先程、学校から連絡が来た」
ビクリと体が震えた。
「読め」
そう言って、父は一枚の紙を手渡す。
そこには学校での一連の騒動が事細かに書かれていた。
さらに、入学初日。
自分とあの田舎者が決闘し、自分が不正に杖を入れ替えたことが綴られていた。
「っつ!?」
決闘のことは自分でも伝えている。
敗北のことも、不正のことも。
小癪なのはこの手紙には敗北の点が抜けているのだ。
敗北は何ら責められる点ではない。
責めを負うべきは不正の点だと強調するように。
その後にも田舎者との不毛な小競り合いがいくつもあったと続いている。
(こ、こんなところまで見られていたのか!?)
教師が知りえない小競り合いまで書かれていた。
誰かが告げ口したのか。
「下らんな・・・」
「うっ」
「敗北も然る事乍ら、その後のやっかみ。実に見苦しい」
「・・・」
「やるならば頭を押さえろ。それが出来ればまだ良いが、憎むべき相手に良い様にやられて」
「ち、父上。次こそ」
「お前には、期待していた」
“していた”
過去形。
「もういい。下がれ」
「父っ!」
「頭を冷やせ。さ、出ていけ」
ぶるぶると震えながら、クラウスは父の書斎を後にした。
途方に暮れた足取りで、クラウスは自室に戻ろうとしたが、自室の前に、ある人物が立っていた。
「・・・兄上」
「無能が」
今日何度目だろうか、体がビクリと硬直した。
ブン!
兄、リヒャルトの拳がクラウスの顔面にめり込んだ。
「がぁ!!」
顔を抑え、震えてるクラウスを、リヒャルトは軽蔑の眼差しで見つめる。
「俺もあの手紙を読んだ。なんという様だ」
「・・・」
「あの手紙にもあったが、お前はこの男に二度と関わるな。女にもだ」
「メリアにも・・・?」
「お前がアルベルトの令嬢にご執心なのは知っている。だが、それが為にこのようなことになった」
「あ、兄上」
「この件は俺が片付ける」
「えっ?」
「お前の泥は、ゴータの泥だ。泥は払う。塗りつけた相手には罰を与える」
「な、何をするおつもりで・・・」
「お前は知らなくていい。だが、愚弟よ。泥を、払ってやる」
クラウスはごくりと喉を鳴らした。
この兄はやると決めたらやる。
それが十五の子供であろうと。
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