第22話言語力を鍛えよう
その時、ガラガラと前のドアが開き、ミネルヴァ先生が入って来た。
「はーい。皆さん。おはようございます」
「「「おはようございます」」」
生徒達の何人かは挨拶をした。
先生は頷くと、周りを見渡して再び頷く。
「今日は全員出席のようですね」
内心では、クラウスが出席しているのか不安だったのだろう。
心なしか、クラウスの顔が見えた瞬間にほっとしているように見えた。
「貴方方の机には、既に全ての科目の教科書が入っています」
生徒全員の机の引き出しは厚い本が一冊はいるか入らないかくらいの幅しかないのだが。
そこの手を入れると、ずぶっと奥の方に手が沈む感覚があり、僕はぎょっとして手を引っ込めた。
「な、なんだこれ!?」
僕が目を見開くと、隣に座るメリアが首を傾げる。
「何って、収納魔法よ」
「収納、魔法?」
「あれ、知らない? こうやって、狭い空間を別位相の次元と繋げて、沢山物を入れられるの」
「な、なんだって?」
「勿論無限じゃないわよ? でも、教科書を収納位は出来るわね」
なんだそれなんだそれ!?
すげー!!
今はそんな魔術があるのか!?
「チッチッチ。まだまだ甘いわねアルフ。これはアルフレート様が唱えた『この世界には同じ位置にありながら、別位相の世界があるのではないか?』という当時では笑い話となった説からヒントを得て開発されたものよ?」
「あー、確かに言ったわ」
「言った?」
あ、やべ。
「いや、そうそう。そうだったね。そんなことを書いていた本もあったね。うん、忘れていたよ」
「ああ、アルフレート様は本当に凄いわ。この説が証明されたのはつい十年ほど前なのよ。そして今、こうして生活に役立つ魔術として使われている。彼の発想がなければ、この魔術は生まれなかっただろうと言われているの」
「そ、そうですか」
この子、僕持ち上げ過ぎじゃない?
というか、目がヤバい。
そんな崇めるように瞳を潤ませないでほしい。
でも、そうか。
当時は笑い話にしか過ぎなかった僕の説を信じて、それを証明してくれた人がいたのか。
「へへ」
「アルフ?」
「あ、いや、流石はアルフレートだなぁって思ってさ」
「そうよね!」
この子、取り合えずアルフレート出しておけば会話が成立するんじゃないか?
「はーい、そこー。五月蠅いでーす」
「「すいません」」
怒られてしまった。
幾分声を押さえてメリアに尋ねる。
「で、これはどういう風に欲しいものを取り出すんだ?」
「簡単に思い浮かべればいいのよ。えっと、一限目は歴史だからっと」
メリアは引き出しに手を突っ込むと、そこから歴史の教科書が出て来た。
「おお」
「やってみて」
「うん」
恐る恐る、僕は引き出しに手を突っ込む。
えー、歴史の教科書、歴史の教科書っと。
念じながら机から手を引っ込めるとあら不思議。
そこには歴史の教科書が。
「おお、すげー」
これは引っ越しとかピクニックとかで大活躍じゃないか。
なんだ、僕らが引っ越す時もこの魔術を使えば簡単だったんじゃないか。
ん? つまりはまだ普及まではいっていないのかな?
ここが魔術学校だからか。
まあいいや。
さて、歴史か。
僕が死んでからの五百年が非常に興味があるぞ。
僕はペラペラとページを捲り、
そして、固まった。
ナンデスカコノモジハ?
読めない。
知らない文字だ。
「アルフ? どうしたの?」
「メ、メリア。これってこの国の文字じゃないよな?」
「ああ、イグッシュ語ね」
「イ、イグ?」
なんだそれは?
「世界で最も話されている言語よ。だから、歴史にはこの言語が使われるの」
「そうなの?」
「イグッシュ語の授業もあるけどね。もしかして、読めない?」
「全く」
先生が半眼でこちらを見ている。
「はーいそこー。さっきからうざいでーす」
うざいって、軽い先生だな。
「すいません、先生。僕イグッシュ語が上手く使えないのですが」
「ああ、そういうことですね。大丈夫ですよ、毎年何人かはいるので」
「ふはーーーーーっはっはっはっは!!」
先生の説明に割って入って大声を出す馬鹿がいる。
無論、クラウスであった。
心底見下した目つきでクラウスは僕を嘲笑う。
「まさか、まさかこの学校でイグッシュ語をまともに話せない奴がいるとはな」
こいつ、大人しくしていると思ったが、僕がボロを出すのを待っていたのか。
「はーい、クラウス君。静かに。立たないでくださいねー」
「そういえば、イグッシュ語は入学試験にあったなぁ?」
ざわ。
教室内に妙な空気が流れた。
「確かに、あったよな」
「それが使えないってどういうこと?」
「え、やっぱりあいつって・・・」
ヤバい流れだな。
ここは強引に断ち切る。
「はっ! 他の試験で挽回すればいいんだよ。例えば、魔術決闘とかでな!」
「お、お前!!」
ガン、と、後ろから脛を蹴られた。
メリアだ。
煽るなってところか。
「しーずーかーにーーー!! 何回言いましたか私? 初日で全員減点食らいたいんですかー?」
「「「・・・」」」
ふぅ。
一応これ以上の騒ぎにはならないか。
ミネルヴァ先生も僕の事情は知っている筈だ。
ちゃんとフォローを入れてくれたんだな。
「さっきも言いかけましたが、イグッシュ語は使える“べき”ですが“必須”ではありません。毎年苦手でも入学している生徒はいます」
だよな。
僕が強気に言ったのも、さっき先生が問題なさそうなことを言いかけたからだ。
「しばらく隣の人に教えてもらいなさい。メリアさん。彼とは親戚でしたね?」
「は、はい!」
「お任せしても?」
「分かりました」
メリアは頷いて、こっちに少し寄ってきた。
「ありがとう」
「それはいいけど、さっきみたいの」
「ごめん。あのままの空気は不味いと思って」
「後で叔母様に報告する」
「え、死ぬんですが?」
「なら、目立たないで」
「はい」
先生はやっと落ち着いたと呼吸を整えて授業を始めた。
僕はメリアにフォローを入れてもらいながら、なんとか内容を覚えようと必死だった。
「あれ?」
何となく、この文体の法則性に心当たりが。
「ねえ、メリア?」
「何? 授業に集中しないとまた先生に」
「ごめん、これだけ。この文字って、イグラド国の文字に似てない?」
「イグラド・・・って、三百年前に滅んだ国じゃない」
あ、そうなんですね。
「それはそうよ。イグラド国の後に建国したイグム国の言語だもん。あの国は貿易で成り立っていた国で、世界中に商人が行き来してた。だから、一番世界で使われているの」
「なるほど」
それならば、ちょっとコツを掴めば。
僕は必死で授業の内容と、イグッシュ語を記憶していった。
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