第20話悪竜バハムート

 あれから他の生徒達から質問責めに合い、僕らはなんとか自分の教室までやって来た。


 今日は教室を確認し、担当の先生と挨拶をして終わりだ。


 本来はとっくに終わっている筈なのだけど、しょうがないよね。


 教室に入ろうとした時、さっき僕に植物魔術をかけた青い髪の女の子とばったり会った。


「「あ」」


 二人でポカンと間の抜けた顔をした。


 先に動いたのは彼女だ。


「・・・ごめんなさい」


「ん? ああ、不正疑惑のことか」


 疑惑じゃなくて真実なので、この人は何も悪くない。


「あの凄まじい魔術。あんな力があるのなら、不正を働く理由がないものね」


「いいんだ。分かってくれれば」


 控えめに言って、罪悪感という名の重しが上からどんどんプレスしてきます。


「許してもらえるのかな?」


「そもそも君は怒って当然じゃないかな?」


「え?」


 僕の不正云々はともかくとしてもだよ。


「君は努力して入学を勝ち取った。だというのに、不正をして入学をした人間がいるとなれば、憤るのが人間じゃない?」


 コクリと女の子は頷く。


「そして君はこうも言った。『どうせついていけなくなる』と、全くその通りだよ。だから今後も僕は証明し続けるよ。自分の力をね」


 僕は胸に手を置いて、真摯に彼女に向き合った。


 不正を隠している人間が何を今更とは思うけど、だからこそ、僕は彼女に、入学してきた全生徒に、それを証明しなくてはならない。


 彼女は目を丸くした。


「君は本当に同い年なのかな? ずっと年上と話している気分だよ」


「・・・よく大人びてると言われるよ」


「彼は天然なのよ」


 メイアが割って入る。


「・・・え? それはどういう意味なの?」


 それが普通の反応だよね。


「え? (なんで伝わらないのこの子)」


「え? (何を言っているのこの子?)」


 二人の心の中が透けて見える。


 ここは青髪の子に一票を捧げます。


「それにしても、君は偉いね」


「なんで?」


 彼女は首を傾げる。


「あれだけ叩かれた僕に頭を下げるのはとても勇気がいることだよ」


「・・・私は、自分が間違っていたと思うことを素直に謝っているだけ」


「それがなかなか出来ないんだ」


 そう言うと、僕は周りをちらっと見渡す。


 さっきまで好き勝手言っていた生徒達は、僕の視線に気が付き、さっと顔を逸らす。


 彼らが臆病者とは思わない。


 ただ、この少女がとても勇気があるのは間違いない。


「出来ないと言えば、君がとっさに私が使った魔術を使った時には驚いたよ」


「ああ、あれか。使わせてもらったよ」


「私の魔術を一瞬で解除したし、あの時には魔術式を理解していたの?」


「まあね。君の構築が甘かったのもあるし、難易度の高い術ってわけでもなかったし」


 彼女が戸惑っていると、メリアが横から「ね、天然でしょ」と声をかける。


 何故にそこで天然が出てくる?


「ま、まあまあ。教室の前で立ち話もなんだし、入ろうか」


「そ、そうね」


「あ、そうそう。君、名前は?」


「そうだったね。私はリゼ」


「アルフだ」


「私はメリア、よろしくね!」


「アルフとメリア。よろしく」


 僕らは一緒に教室に入った。


 瞬間、ざわっと教室の空気が揺れる。


「有名人」


 メリアが冗談を言ってくるが、それに応じる余裕はない。


「・・・嬉しくないよ」


「しばらくはこのままでしょうけど、その内に収まるわ」


 時間が解決するのを待つしかないか。


 僕達はまとまって適当な席に着いた。


 周りの視線を痛いほどに感じながら待つことしばし。


 ガラガラと前のドアが開いて、一人の女性が入って来た。


 ふわふわした茶色の髪に、メガネで低身長。


 あの人が僕達の先生だろうか。


「えー、私が貴方達の担任になります。ミネルヴァです。どうぞよろしく」


 そう言って、ミネルヴァ先生は教壇に立ち、皆を見渡して笑いかけた。


「それでー、今日は色々あったので、簡単に顔合わせだけでお終いにします」


 そう言ってミネルヴァ先生はチラッと僕を見る。


 僕のせいでプログラムが大幅に遅れただろうしな。

 その点は申し訳ない。


「えっと、席は今の席でもいいです。もし、変えたければ明日までにしておいて下さい。あまり動かれても困るから」


 割と適当でいいんだな。


「目が悪い子には前は譲ってあげてね。サボりたいからって後ろになろうとしないように」


 笑いを取りに行って、何人かが笑った。


 気さくな先生でよかったかな。


「先生」


 リゼが手を挙げた。


「はい、えっと。ごめんね。まだ顔と名前が一致しなくて」


「リゼです。まだ空いている席があるようですが、余りがあるんでしょうか?」


 リゼが視線を送る先には、空席が一つある。


 余分に用意したのか、あるいは病欠か何かか。


「えっと、そこは」


 ミネルヴァ先生は困った顔で僕に視線を移す。


 ん?

 なんだ?


「そこは、クラウス君の席です・・・」


「「え゛」」


 僕とメリアは顔を引きつらせた。


 これは、波乱の学生生活の幕開けだなぁ。


*********


「なんか言うことはあんのか? あ゛? くそ親父?」


 今喋っている大変に口の悪い人は一体誰でしょうか?


 はい、僕の母さんです。


「お、親父・・・」


 僕達は学校が終わった後、予め手紙で伝えている内容に加え、僕がめでたく学校に入学した旨を母さんに伝えた。


 そこには既に知らせがいっていたのか、お祖父ちゃんの姿もあった。


 そして、母さんは大層お怒りなのです。


「・・・まさか、コネを使うのはいいとしても、本当に裏口入学。試験も受けてなかったなんて」


「ごめん母さん。試験があること自体知らなくて」


 いや、よく考えればあって当然だ。


 浮かれていたとしかいいようがない。


「アルフが責められるなら、わたしも責められる立場なんだけど、一番はこの爺よ」


「じっ・・・もっと言い方があるだろう?」


「あ?」


「・・・」


 母さんに睨まれて、お祖父ちゃんは黙ってしまう。


 ああ、せっかく解けてきた十五年の確執が逆に深まっていく。


「せめてよ? そのことはわたしとアルフに伝えるべきじゃない?」


「う、うむ。そうだな。だが、そのぉ」


「何!」


「やっと話が出来た孫に格好をつけたかったというか・・・」


「あ゛あ゛ん!?」


「母さんもういいよ!」


 そんな怖い母さんを、何時までも見ていたくない。


「でもアルフ」


「なんとかなったしさ。お祖父ちゃんも気にしないでよ」


「ア、アルフ」


 会ってから間もないお祖父ちゃんに、目をウルウルさせて見つめられるのは、結構きついことが判明。


「はぁ、もういいわよ」


 大きくため息をつくと、母さんはメリアに目を向けた。


「貴方にも迷惑をかけたわねメリア」


「いいえ、おば、お姉様。私こそ、アルフの力になれずに・・・」


「いいのよ。この子はそんじょそこらの苦境に負けたりしないわ」


 自信満々。


 僕を全面的に、当たり前に信じているその言葉が、僕は何よりも嬉しい。


「さ、今日は色々あって疲れたでしょう? メリアは泊っていきなさい。食事をしましょう」


「はい!」


「うむ、でわわしも」


「は? 爺は帰るのよ。しっしっ!」


「・・・」


 哀れ過ぎるよお祖父ちゃん。


 でもごめん。


 今の母さんから庇うのはちょっと無理かも。


 お祖父ちゃんはトボトボと馬車に揺られて帰っていった。


 その哀愁を僕は切なく見つめていた。


 見つめていたのが僕だけで、女性二人はさっさと食堂に行ってしまったのが、なおさらに辛かった。


*********


「はぐはぐはぐ」


 やわらかいパンを頬張ると、水を一気に飲み干す。


 旨い。


 田舎の固いパンとは違っていい粉使ってるね!


「アルフ。お行儀よくしなさい」


「ごめん。美味しかったからさ」


 母さんに注意を受けている僕が可笑しかったのか、メリアはくすくすと笑った。


「やっぱり田舎者なのね」


「あ、また田舎を馬鹿にしたな!」


「アルフももう、貴族なんだから、しっかりしないとね」


「それなんだけど、僕って貴族になるわけ?」


 嫌だ。


 凄く面倒くさい。


 偉くなって喜ぶ人は当然いるだろうけど、これなら田舎に平民として生きていく方がいい。


 でもそれだと、学校がなあ・・・。


「まあ、ある程度の付き合いはするかもしれないけど、アルフは女のわたしの子供だし、家督争いの心配はないと思うから、気軽でいいんじゃない?」


「ほんと?」


「いいわよ。わたしも奔放に生きてるんだし」


 母さんその辺強いよなー。


 気軽な話をしながら、僕はタイミングを窺ってメリアに話しかけた。


「メリア。今日は色々あったけど、聞きたいことがあったんだ」


「何? クラウスのこと?」


「あれはどうでもいい」


 同クラスになった以上、これからもトラブルはあるだろうが、それよりももっと重要な話だ。


「悪竜バハムート。一体どんな伝承として残ってるのか教えてくれ」


「ああ、何かその話をチラッとした時に、様子がおかしかったわね? 何かあるの?」


 ここは適当に理由をでっち上げるか。


「や、アルフレートフリークとしてはさ、彼について知らないことを知っておきたくてね」


 それを聞いて母さんはフォローを入れてくる。


「何々悪いドラゴンの話? わたしも昔話で聞いた気がするけど、教えてくれる?」


 ナイスだ母さん。


「なるほどね。それじゃあ、その一節をお話ししようじゃあないの」


「「お願いしまーす」」


 メリアはコホンと咳払い。


「悪竜バハムート。鋼の如き黒い鱗に包まれ、その翼、どの生き物よりも大きく、その牙と牙はあらゆるものを貫き、絶望と災厄をまき散らす、最悪にして最強の竜なり」


 随分と拗れて伝わってるじゃあないか。


「それで、アルフレートとはどういう接点があったのかしら?」


「それはですね。近隣の町や都市を襲うバハムートに怒り、アルフレート様は果敢にも単独で討伐に乗り出します」


「ほほぉ」


 聞き手として優秀だよ母さん。


 今の僕には、無理だ。


「決着は中々つかず、アルフレート様は撤退と挑戦を繰り返しました」


「一回で決着がつかなかったんだ?」


「相手は悪竜バハムート。最強種の竜種にあってその中でも最強。いかにアルフレート様といえど、人の身で立ち向かうにはあまりにも強大な相手でした」


「へー、アルフレートでも難しいことがあるのねー」


 そう言って母さんはチラッと僕を見る。


「ですが!!」


 ぐぁっとメリアは拳を握り、立ち上がった。


「アルフレート様は諦めなかった。何度も立ち上がり、邪悪なる竜に挑み。等々討伐せしめたのでした!!」


「おー」


 パチパチパチと母さんは手を叩いた。


「違う」


 僕は自分でもびっくりするくらい低い声で、そう言った。


「え?・・・」


「彼は確かに、粗野ではあった。でも、気高く、誇りある、立派な竜だった」


「ア、アルフ?」


「戯れに人里を襲ったことなんか一度もない。彼は、アルフレートの、大事な友人だった」


 拳を握り、奥歯を噛む。


「どこの誰だ? 彼の名を汚した奴は?」


 ブァ!


 知らず知らずのうちに、体から魔力が漏れ出た。


「え、え!?」


「ちょ、ちょっとアルフ。ストップ。ストーップ!」


 ・・・。


「え?」


 あれ?


 ちょっとイラっとしたかな?


「な、な、な・・・」


 メリアは戦き、母さんはは~っとため息をつき、テーブルに肘をついて、額に手を当てた。


「今の魔力何ぃーーーー!!」


「あー、僕って素人だから制御が上手くできなくてね?」


「制御とかじゃなくて、量よ、量! なんなのその魔力量!?」


「僕、筋肉量も結構自信あるよ」


 そう言って握りこぶしを作ってみます。


 これで誤魔化しが・・・あ、出来ませんね?


「メリア、この子はちょっと特異体質なの」


「そ、そうですね。特異もいいところですけど」


「子供の頃はそれで結構体に負担がかかってね」


「・・・え?」


「命を落としそうになった事もあったわ。だからどうしても魔術の制御が出来るように、無理に学校に通うことにしたの」


「そ、そうだったんですか」


 おお、凄いよ母さん。


 この身体のせいで、僕に辛い過去があったとアピールし、学校に通う理由に結び付けるなんて。


「だから、これからもこの子の面倒をよろしくね」


「は、はい! 任せてください。必ずアルフを真人間にしてみせます!」


 僕は更生が必要な不良じゃないからね!!

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