第17話決闘

「ゴータ君も困ったことをしてくれた・・・」


 ふぅ、と。

 教頭先生は大きくため息をついた。


 ここは校長室。


 現在ここには僕とメリア、教頭先生と校長先生がいる。


 非常に不味い事態だ。


 ここからでも会場から騒がしい声が聞こえる。


 それに、他の教員達が校長室に生徒を入れないように廊下を塞いで落ち着くように説得をしているが、無理だろうな。


「校長先生。こうなってしまってはアルベルト君の入学は取り消すしかありません」


「そ、そんな。待ってください!」


 メリアが懇願すると、教頭先生は首を振って鎮痛の眼差しを向ける。


「無理だ。こうなってしまった以上は」


「いえ、逆にそれは不味いでしょう?」


 僕は平然と言ってのける。


「・・・どういうことかね? アルベルト君」


「ここで僕の入学を取り消せば、それは学校側が裏口入学を認めたと公言するようなもの。今さらそれは出来ないのでは?」


「ぐっ」


「その通りですな。教頭先生」


 校長先生が僕に賛同を示す。


「ですが、校長」


「彼の言い分は正しい。ここで彼の裏口入学を認めてしまうと、他にもあるのではないかということになる。そして、過去にも有力貴族の肝いりで入学させた件が公になり兼ねない」


 あ、やっぱり他にもあるんだ。


「っく。全く、ゴータ君は余計なことを・・・」


「わた、私のせい、です」


「どういうことですか、ミズ、アルベルト」


 真っ青になりながら、メリアはしどろもどろに答える。


「朝、クラウスとひと悶着あったんです。それで、彼に訳アリの入学生だとバレて。私が、アルフと一緒にいなければ」


 僕はそっとメリアの手に触れた。


「馬鹿言っちゃいけないよメリア」


「アルフ、でも・・・」


「君は僕の為に一緒にいてくれたんじゃないか。僕もとても心強かったよ。これは運が悪かった結果だ。責任を言うなら、お祖父ちゃんと、あのクソ野郎が原因だ。勿論、当事者の僕もね。メリアが悪いことなんて何もない」


「ア、アルフ。ご、ごめんな」


「ストップ」


 僕は彼女に口元に手を当てた。


「君が僕に謝る理由はない。それ以上は言うな」


 僕は校長先生に向き直る。


「校長先生。提案があります」


「言ってみたまえ」


「要は、僕が不正などをしなくてもこの学校に入れるだけの実力があると分からせればいいわけです」


「再テストをしろと? 難しいな。答えを教えていたんじゃないかと言われればそれまでだよ」


「いいえ、違います。もっと分かりやすい方法で」


「ほぉ?」


 僕は演じるように手を広げた。


「ここは魔術学校でしょう? だったら分かりやすく、魔術の実演をすればいいんですよ」


「アルフ!?」


「ふむ。実技試験も入学試験にはあったが、それを満点としても座学を無視するわけにも」


「ではもっと面白くしましょう。周りを巻き込んで」


「続けたまえ」


「僕が魔術で決闘をするのはどうでしょう?」


「ほぉ」


「そして、その戦いを全校生徒に見物してもらう」


「ア、アルフ! ちょっと待ってよ」


 メリアが慌てて話に割って入って来るけど、逆に僕はメリアを言い聞かせる。


「メリア。ここで納得させなければならないのは、他の学生、そして世間だ。それを分かりやすく、彼ら自身も巻き込んで楽しく証明できれば、文句も随分と減るんじゃないかな?」


「で、でも」


「確かにユニークな意見だ、アルベルト君」


 校長が楽し気に口元を綻ばせる。


「では、誰と決闘をすると言うのだね?」


「教師の方々では茶番と言われるでしょう。ここで一番皆が納得する相手、それはつまり」


「クラウス!?」


「正解だよメリア。この騒動の原因のアイツを、全校生徒が見守る中で僕がぶちのめす。それが一番不満の声が出ない」


 流石に困惑したのか、教頭先生が苦言を呈する。


「いや、待ちたまえ君。この騒動をそんなお祭り騒ぎにしようなど・・・」


「教頭先生、ゴータ君にこの提案を打診してください」


「校長!?」


「この件は早急になんとかする必要がある。他に良い案が出ますか? 今、この場で」


「・・・り、了解致しました」


 ハンカチで額を拭きながら、教頭先生は校長室を出て行った。


 ドアを開けると、外から生徒達の騒がしい声が聞こえてくる。


 でも、それでいい。


 その興奮が、これからの祭りをさらに盛り上げるのだから。


「ちょっとアルフ。君、クラウスの強さを知ってるの!?」


「知らない。アルフレートの子孫を名乗るんだから強いんだろうね?」


 あっけらかんと答えると、更にメリアはがなり立ててきた。


「そ、そうよ! 伊達にアルフレートの子孫を名乗ってないわ。私も同年代同士の魔術戦ではそうそう負けないと自負してるけど、アイツに絶対勝てる自信ないもの! 君はあるの?」


「分からない」


「・・・わ、分からないって」


「アイツの戦いを見たことはないし、今の魔術戦がどういうものかも僕は知らない。でも、やるしかないだろう? それが活路となるならさ」


「ア、アルフ・・・」


「まあ、どうせ入学取り消しになるならさ、このままサヨナラするよりは、自分でも納得して去りたいじゃないか」


 まだ何か口にしたそうだったけど、僕の決心が固いと思ったのか、それ以上は何も言わなかった。


 すると、今度は校長先生が口を開く。


「アルベルト君。わしからも問いたい」


「はい?」


「君は何者だね?」


「・・・意味が分かりませんが?」


 何かを感づいたのか?


「あの式場で、全校生徒の注目が集まる中、あんな形で暴露されれば、泣き喚くか気を失うか、失禁してもおかしくはない。だというのに君は飄々とし、実に太々しくこちらに提案をし、勝算も分からない戦いを前にして実に落ち着いている。わしなどよりもよっぽど老獪に思えるよ」


「何を言い出すのかと思えば」


 僕はひょいと肩をすくめて見せる。


「どこからどう見ても十五歳の男の子じゃあないですか?」


 そう答えると同時に、校長室のドアが乱暴に開かれた。


「ゴータ君。決闘を受けるとのことです!!」


 メリアはゴクリと唾を飲んだ。


 さて、舞台は整ったぞ。


「楽しい楽しいお祭りの始まりだ」



 僕が連れて行かれたのは大きな闘技場と言っていいのか?


 多分、決闘や何かの魔術の催しに使われるのだろう。


 広く、観客席もある。


 殆ど全ての生徒が僕とクラウスの決行を見物しに観客席についていた。


 はは、これで負けたら赤っ恥もいいところだな。


「ア、アルフ。落ち着いてね」


「君が落ち着けメリア。僕は大丈夫だ」


「・・・むしろなんで落ち着いてるの?」


「開き直ってるし。それに考えてごらんよメリア」


「ん?」


「僕は負けたらこの学校を去るだけだけど、アイツは負けてもずっとここに居続けるんだぜ? あっちのほうがよっぽど負けた時の被害が大きいと思わないか?」


 ぽかーんとメリアは口を開けた。


「ぷっ。確かに、あはは、確かにそうね!」


「だろ? ま、観ててよ。やれるだけやるからさ」


「分かった」


「あ、母さんに手紙は出してくれた?」


「うん」


 これで僕が負ければ不正として処理され、アルベルト家に迷惑がかかるかもしれない。


 打てる手は打っておこう。


「さて、やりますか!」


 僕がぐるんぐるんと手を回すと、教頭先生が一本の杖を僕に手渡した。


「これは?」


「学生が使う決闘用の杖です。まさか、本当に殺し合うわけにはいきませんからね」


 ふむ。

 校長先生が持っていたのと同じくらいの長さか。


 僕は校長先生よりも身長が低いから、目元辺りまでの高さがあるな。


「・・・ちょっと使いづらいんですが? もう少し短めのありませんか?」


「競技用は全てその長さとなっています」


「そうですか・・・」


 僕は構えたり振ったりして、具合を確かめた。


 まあ、魔力は通るな。


 でも、逆に火力が下がるように作られている。


 面白い。


 競技用だからか。


 こんな杖は前世の時代にはなかったな。


「どう、アルフ? 感覚は?」


「ううん。こんな長い杖使ったことないな。正直無い方がいい」


「ダメですよ。杖を使わずに魔法を使えば即失格です」


 ですよねー。


 戦闘力を下げる為の杖、か。


「杖を使ったことないの?」


「いや、あるけど。もっと短いの。アルフレートの時代ではそれが一般的だったろう?」


 僕の問いかけにメリアは頷く。


「そうね。でも、魔術師が一対一で戦う場面が少しづつ減ってきて。最近では火力を求められるようになったの」


「なるほど、長い方が魔力が蓄えられる分威力は上がるか」


 教頭先生が頷く。


「その通りです。この杖は競技用で威力を殺しますが、実戦を学ぶ為、この長さが公式に認定されています」


「なるほど」


 まあ、やるしかないな。


「アルベルト君。一生徒に肩入れするのは本来あってはならないのですが」


「はい」


「勝ってください。ここで君の入学がなくなると、本校の威信に傷がつくのです」


「はは、分かりやすいですね、教頭先生」


「なんとでも。私はこの学校を守りたいので」


「ですね。それじゃあ行ってきます」


「アルフ頑張って――!!」


 メリアの声援を受け、僕は闘技場の中央まで足を進める。


 会場からは様々な声が聞こえてきた。


「あいつ本当に不正したのかな?」


「したんだろう。あのゴータが言ってるんだぜ?」


「だとしたら最低」


「いいじゃん。これからゴータ君があいつをボコボコにしてくれるんでしょう?


「頑張れゴータ―!!」


 すげーヒールじゃん僕。


 その先には、あの憎ったらしいクラウスがニヤニヤしながら待っていた。


「初日で退学になる覚悟はできたかい?」


「やってくれたなこの野郎。おかげで初日から注目の的だ。どうしてくれる?」


「安心していいよ。君は今日でこの学校を去るんだ」


 遥かな高みから、クラウスは絶対強者の態度でそう告げる。


「一つ聞いていいか?」


「何かな?」


「僕らは今日会ったばかりだろう。なんでそこまで目の敵にするんだ?」


 クラウスの目がキッと鋭くなった。


 強い憎しみを感じる。


 何でだ?


「お前のせいでメリアの前で恥をかいた」


「・・・あ?」


「お前なんかが彼女の傍にいるべきじゃないんだ!」


 もしかしてこいつ、単に嫉妬してるのか?


 え、馬鹿じゃね?


「あのな。こんなことしてメリアの気を引けると思ってるのか? むしろ絶望的に嫌われたぞ」


「全てはお前のせいだ!!」


「分かった。百歩、いや、万歩譲って僕のせいだとしよう。でも、だからどうしたんだ? この先メリアと仲良くなれる可能性は限りなくゼロだぞ? いや、元々仲良くはなかったみたいだけど」


「黙れ田舎者! お前が、お前がぁ!」


 話通じないな。


 なるほど、ヨハネスと同じタイプか。


 最近歪んだ愛情をもった奴によく合うなぁ。


 そんな奴の為に、せっかく掴んだ学校に通う切符を手放せって? 御冗談。


 僕は杖を構えた。


「言っておくけど、アルフレートの子孫だかなんだか知らないが、やるからには勝たせてもらう」


「はん!」


 クラウスは鼻で笑う。


「勝てると思っているあたりが可愛い!」


 僕達が戦闘準備に入ったのを確認すると、校長先生が合図を出す。


「では、存分に戦いなさい。始めぇ!!」

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