第13話証明

「魔術書! 魔術書を読もう!」


「ちょっと、ちょっと待ってよアルフ」


 おっといけない。


 少し興奮しすぎてしまった。


 メリアは僕が握っていた手をグーパーし、「初めて男の子と手を繋いで歩いたっていうのに、全然ロマンチックじゃない」、等と供述しているがよく解らない。


「魔術が好きっていうのは本当みたいね・・・」


「それはもう。で、魔術書のコーナーはどこなの?」


 僕は書架を巡り、きょろきょろと首を動かす。


「ねえアルフ。君はまず、常識を学んだ方がいいと思うの」


「え、僕常識ない?」


「君って田舎者でしょう?」


「お、おう。それはそうだね」


 ハッキリと言ってくるなあ。


「王都と田舎とでは文明レベルが大分違うからね。その辺りを勉強した方がいいと思うの」


「な、なるほど?」


「そうじゃないと学校に行ってから馬鹿にされるかもよ」


「・・・ふむ」


 お上りさんが都会へ行って恥をかくのはお約束だからね。


 魔術書を読みたくて仕方がないけれど、ここは仕方ないか。


「分かった。どの本を読んだらいいかな?」


「こっちよ。子供でも分かる本を読むといいわ」


 そう言って、メリアは児童書コーナーへと歩いて行く。


 ええ~。

 僕ってお子様レベルですか?



「うおおおお!! やっぱり空が動いてるんじゃなくて、僕が立っている大地の方が動いていたんじゃないか!!」


 はっ!

 頭の固い教会の連中め。


 なーにが、『宇宙の中心はこの世界だ』、だ。


 それだと占星術等に色々と矛盾が生じるとずっと言っていただろうが馬鹿め!


「この世界は丸いのか! やっぱりか! オシャ、シャッ、シャッー!!」


 証明された。


 僕の説がこの時代では証明されているぞ!!!!


「・・・うそでしょ?」


 僕が感動に震えている横で、メリアが真っ青な顔で僕を見ている。


 何故?


「今時そんなの子供だって知ってるわよ? いや、しっかりと学校でも習うんだけどね。一般常識としてみーんな知ってるから」


「え、マジで!?」


「マジよ。うぁー、やっぱり田舎者なのね・・・」


 く、田舎を馬鹿にされた。

 すまん、村の皆よ。


 でも、誰ともそんな話、したことないし、やっぱり皆知らないんじゃないかな?


 そもそも僕が驚いている視点はメリアの思っている視点とは微妙に違うし。


 ふぅ、とメリアはため息を吐く。


「取り合えず、今日はこの本を借りて帰りましょう。魔術書はその後にでも」


「ええ! 待って待って、お願い見せてよ」


「えー、嫌よ」


 僕はまたメリアの手を掴もうとしたのだが、メリアは手を引っ込めてしまった。


「嫌、さっき痛かったし」


 む、さっき強く握りすぎたかな。


 これは紳士としてよくないことだ。


「ごめん。今度は優しくするよ」


「いや、そういう問題じゃなくてね」


「お願い、ちょっとだけ、頭の部分のほんのちょっとでいいから」


「うーん、でもねー」


「大丈夫、僕は早い方なんだ(読むのが)」


「そう? じゃあほんのちょっとよ?」


「やったぁ!」


 神か!


 滅茶苦茶喜んで声を上げると、どたどたと走って司書さんがやって来た。


「図書館で何をやっているんですか。しかも児童書コーナーで!!」


「「はい?」」


 声の音量が大きいから怒られたと思ったんだけど、何か勘違いがあったようですな?


 解せぬ。

 何か勘違いされるような会話をしていたかな?



「し、失礼いたしましたーー!」


 僕達が何をしていたのか、ありのままを伝えると、何故か司書のお姉さんは真っ赤な顔をして、受付に戻って行った。


 やはり解せんな。


 何をしていると思ったのだろう?


「ねえメリア?」


「え、嘘。今のってもしかして、誤解されて? うぁー、あああ!」


「ねえ、何と勘違いしたんだろうね?」


「ええ!? いや、ちょっと解らないなぁ!」


 その割に顔が赤いけど。


 ああ、なるほどね。


 解っちゃったよ。


 僕が田舎者でメリアも同類に見られたから恥ずかしいんだな?


 おーけーおーけー、僕は紳士だ。


 淑女に恥をかかせたら謝るくらいの度量は持ち合わせているぞ。


「ごめんね、僕のせいで」


「えっ! いや、別に君のせいってわけじゃ・・・」


「じゃあ、許してくれる?」


「え、あっと、その。許すとかじゃなくてね?」


 んん?

 こっちもよく解らない、けど、怒ってはいないっぽいな?


「ありがとう。メリアって嫌な奴かと思ったけど良い人だね!」


「ええ!? な、なんであたしは嫌な奴って、あ、あ~。田舎者扱いしたから? あの、ごめんね。私思ったこと口に出ちゃうみたいで。悪気はなかったの、ほんとごめんなさい」


 バッとメリアは頭を下げる。


 そうだよね、嫌味な感じなかったし、悪い子じゃないんだ。


「うん、いいよ。そうやって自分が悪いと思ったら、しっかり謝れるのが、人として大事だと思う」


「・・・何故に若干上からなのか問いたいけれど、まあいいわ」




 そんな他愛もない会話をしつつ、僕達は児童書コーナーから魔術書のコーナーへと移動した。


「これなんかいいんじゃないかしら。初心者でも分かりやすいし」


「おおおおおおおおおおお!」


「しー、しー、ここ図書館だから」


 大変にごめんなさいだが、今はそれどころではない。


 遂にだ、遂にこの日を迎えた。


 長かった。


 この十五年は実に長かったが、ようやく魔術を学べる機会がやってきたぞ。


 本を開きじっくりと熟読していく。


 初心者用の本だから、当然知っていることもあるが、さっきの児童書コーナーでもあった通り、前世では定説となっていることが、実は間違っていたり、もっと効果的、効率的にできる手法があったりと実に面白い。


 これだよ。


 こういうのを求めてたんだよ!


 自分で考えて一から理論を組み立てるのもよいが、こうして学べる喜びも堪らない。


「おおお、なるほど、こんな技が! 凄い、凄いよメリア!」


「ああ~、お願い静かにしてー。また勘違いされたら私ぃ~」


 僕は夢中になってページを捲った。


*********


「ールフ、アルーフ」


「ん? 何メリア?」


「もう夕方なんですけどー」


「何を馬鹿な、あれ?」


 午前に来たのにそんな筈はないだろうと、その冗談に答えようとしたら、あら不思議、辺りが暗い。


「あれ? 本当に夕方?」


「なんでそんな嘘つくと思うかな・・・」


「ごめん、言ってくれたらよかったのに」


「何度か言ったんだけどね。凄い集中力」


「そっか。じゃあ、残りは借りて帰ろう」


「・・・まだ読むんだ?」


「え、うん」


「ふー」


 メリアはため息をつくと、本棚に並んでいるいくつかの本を手に取った。


「これとこれ、あとはこの辺りかな。順番に読んでいけば十分だと思う」


 この子面倒見がいいなぁ。


 正直助かる。


「ありがとう」


「うん。そうやって素直にお礼が言えるのはとても大事よ」


 何この上から目線。


 おや、何故か既視感が?


 この日は本を何冊か借りて図書館を後にした。


 その中に、メリアはさり気無くアルフレートの本を入れていた。

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