第14話魔術定理
二日後。
「こんにちはおば、お姉様」
メリアはアルフに会うべく、二人の屋敷へと足を運んだ。
気になったら面倒を見てしまうのは性分でもあるが、アルフはどうにも危なっかしい。
知り合ってまだ一日しか経っていないが、魔術に関わると、とても子供っぽいし、周りが見えていない感じだ。
厚い本を借りたから、しばらくは大人しくしているだろうが、今はどうしているのだろう?
「あらメリア」
何故かカレンは苦笑しながらメリアを出迎えた。
なんだろう?
メリアがその理由を尋ねる前に、カレンは種明かしをする。
「アルフが部屋から出てこないのよ」
「え!?」
なんだ?
都会の環境が肌に合わないのだろうか?
それともホームシック?
あるいは反抗期か?
「多分思ってるようなことじゃないわ。ただひたすらに本を読んでる」
「本を、え、借りた本ずっと読んでるんですか?」
図書館の返却期限は二週間。
まだまだ時間はあるし、そう焦らなくてもいいのだが。
「生きてはいるんだけどね」
「生きてはいる!?」
なんだその表現は!?
「ほとんど何も食べないの。水は飲んでるみたいだけど」
「何がそこまで彼を駆り立てるんですか!?」
「まあ、仕方のない部分もあるわね。だって伝説の、おっと」
何かを言いかけてカレンは慌てて口に手を当てた。
今何か伝説って?
前に住んでいた村では伝説の本の虫だったのだろうか?
「まあ、鍵がかかってるわけでもないし、入ってみたら?」
「そ、そうですね」
メイアはアルフがどうなっているのかとても気になってアルフの自室へと向かった。
*********
何やらノックの音が聞こえる。
母さんがご飯を持ってきてくれたんだろう。
うーん、今食事を取ると速攻で寝るな。
その時間は惜しい。
今は知識だ、出来る限りの知識を詰め込みたい。
「水だけ置いていってよ母さん」
視線を向けずにそう言ったのだが、返事はない。
母さんも僕が夢中なのは解っているんだろう。
そのまま読み続けると、読んでいる本をひょいっと取り上げられた。
「な、何をするんだ母さ、んん?」
視線を上げるとそこにいたのは母さんではなく、メリアだった。
「呆れた。まさかずっと読んでるなんて」
「やあ、メリア」
えっと、昨日会ったんだっけか、いや、一昨日か?
「本当に本の虫なのね」
メリアはふぅとため息をつく。
あれ、この子僕のことでため息つくの多くない?
何故に?
「かすかにやつれてない?」
「理由がないよ?」
僕はしっかりと食事を取って、あれ?
「まだ返却期限まで時間はあるからあせらずに・・・あれ? こんな本、この間借りたっけ?」
メリアはそう言って今僕から取り上げた本を見て首を傾げた。
「ああ、この間借りた本はもう読んだよ」
「ええ!? あ、あんな厚い本なのに?」
「うん。面白いね。現代魔術がとっても解りやすく書かれてた」
「で、でもあれだけの短時間で・・・」
「ほとんど寝てないし、集中してるからね」
「・・・呆れた」
そう言ってメリアは部屋を見渡すと、床に散らばっている紙に気が付いて、それを拾い上げた。
「これは・・・って、フォリンガの魔法定理!?」
メリアはぎょっとしてその紙を凝視した。
「うん、凄いね。とても美しい式だよ。解くのがとても楽しかった」
何故かメリアは硬直する。
「・・・・・・は?」
「でも、その定理の証明が載っている本がないんだ。僕が出した証明と見比べてみたいのにさ」
「ちょ、ちょっと。え、そんな馬鹿な!?」
「うん?」
どうした?
メリアが目を血ばらせて僕が書いた魔術式を呼んでるけど。
「途中式は、正直私じゃさっぱりだけど、け、結論はあってる、と、思う」
「よかった」
ほっとして僕は笑ったけど、何故か彼女はなわなわと震えている。
「どういうこと!?」
「な、何が?」
「なんで解けるの!?」
「ええ、いや、なんでって、解はあるものだろう?」
何言ってんだこの子。
すると母さんが驚いて入ってきた。
「何事!?」
「ああ、叔母様いいところに!」
「いや、わたしはお姉さんで」
「今それどうでもいいです!」
「・・・どうでもいいって」
あらら、メリアって本当にハッキリものを言う人だな。
母さんがめそめそ泣いている。
「ア、アルフがフォリンガの定理を解いたんです!!」
「フォリンガ? 三百年くらい前の魔術師? だっけ?」
「そうです。彼の残した定理は未だに解けておらず、世界中の魔術師がやっきになって解こうとしているあの定理です!!」
「わ、わたしは魔術にそんなに詳しくないんだけど、凄いの?」
「凄いなんてもんじゃありませんよ。魔術協会に発表したら大変な騒ぎになります!」
「あー、なるほどねー」
納得がいったと母さんは僕を見て、『やったな』と目でメッと言う。
やっちまったか。
まさか誰も解いていないとは思わなかった。
「・・・ど、どういうことなの? 一昨日まで常識すら解っていなかったのに、この二日で誰も解けない定理を解くなんて」
メリアはなわなわと震えだす。
「あ、やっぱり二日経ってるんだ。時間の間隔がどうもに」
「今そこも重要じゃない! なんで二日で解けるかってところ」
「や、それは間違い」
「へ、ど、どういう?」
「その定理は一昨日帰って数時間で解いたよ。今読んでたのは、彼の生涯の自伝で」
「あふぅ」
どてーんとメリアが気絶した。
「ええ! メリア!!」
「ちょ、ちょっとメリアしっかりして。もお! なんで驚いてるのにさらに驚かすことを言うの!!」
「ああ、ごめん。やっぱり糖分が足りてないね」
「それじゃあ本読んでも理解出来ないでしょうが!」
「いやー、なんでか魔術に関しては頭に入って、って、言ってる場合じゃないか」
「そ、そうだわ。メリアーー!」
「う、うーん」
「あ、メリア。気がついたね」
「あ、アルフ。私なんで?」
「疲れてたんじゃない? 突然寝ちゃったよ」
「ええ、突然寝るほど、疲れた覚えはないけれど!」
「そ、そう? まあ、疲れは自分じゃ分かりにくいものだよ」
「なんだかとんでもなく凄いことがあったような」
「へ、へぇー。それも疲れじゃない?」
「いや、疲れって。それは関係ないでしょ」
「いや、あるよ。あるある。疲れは万病の元さ!」
「うーん」
苦しすぎる!
しかし、これで通すんだ!
「あ! そうよ。フォリンガの魔術定理! なんでアルフに解けるの!?」
おや?
この子、誤魔化しが効きませんな?
「メリア。これは偶然なんだ」
「偶然で解かれてたまるか! 世界中の魔術師に謝れ!」
手強いな。
まあ確かに今のは冒涜だったか。
「でもほら、メリアだって読んで内容解ったじゃん。学生でも解ける内容なんだよ」
「解くのと読んで理解するのは別問題よ。それにこれでも私はアルフレート様の影響で、同年代の人間よりも魔術に詳しいつもりよ。でも、内容はほとんどちんぷんかんぷんだし、解だってあれで本当か自信がない」
今この子、僕を“様”呼びしたぞ。
「じ、じゃあきっと間違ってるんだね」
「そ、そうだ。協会に発表すれば」
「あ、あの紙は燃やした」
「は?」
「いやー、そんな凄い人の定理だったとは知らずに、あんな適当な式を書いて恥ずかしくなってね。焼いた」
これでイケる!
む? メリアはなわなわと震え出しだした。
「なんで燃やすのーー!!」
「え、だから恥ずかしくて?」
「もっかい書いて!」
「それが内容がさっぱり思い出せなくて」
「ば、かなの? 馬鹿なの馬鹿なのーーー!!」
襟を掴まれてブンブンと揺らされています。
母よ、お助けを。
ずっと傍観している母さんに、僕は目で助けを求めた。
すると、やれやれと首を振りながら、母さんが動く。
メリアの肩をそっと掴むと優しく話しかけた。
「メリア、この子は天然なの」
え?
「だから仕方ないの」
天然はアンタだ!
それでなんとかなると思ってるのか!?
ダメだ。
救助は期待できない。
自力で乗り越えないと。
「そう、ですか。天然なら仕方ないですね」
アルベルト一族どうなってるの!?
家系図見たい!!
「と、とにかくアルフ。来週から学校が始まるわ。天然で騒ぎを起こさないでね?」
「わ、解ったよ」
そうか、とうとう学校が始まるのか。本格的な魔術ライフの幕開けだ!
「あのアルフレート様の子孫が作った伝統ある学校なんだから、しっかり勉強しましょう」
ん?
なんて言った?
「アルフレートの、子孫?」
「ええ、そうよ。だからしっかりと学んで」
「僕は女性経験なんてないよ!!」
あ。
「「・・・」」
二人は固まった。
そして、メリアの方が赤くなって怒鳴りだす。
「な、何をいきなり意味不明な告白をしているの!? なにそれ、新手のセクハラ!?」
「いやその、なんだ。違うんだ」
「私は、今、とっても大切な話をしていたの。何をいきなり言い出すのよ!」
冷や汗をダラダラと流していると、母さんがフォローの回る。
「ごめんねメリア。ちょっと大事な家族会議があるから、ほんのちょっとだけ部屋の外で待っていてくれる?」
母さんにそう言われ、メリアは渋々部屋を出て行った。
そして、
そしてだ。
「ちぇりーくん?」
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「アルフ何が!!」
僕が悲鳴を上げたので、メリアが驚いてドアを開けた。
「大丈夫よメリア。この子は突発的に大声を出す天然なの」
「そ、そうですか。天然なら仕方ないですね」
天然すげぇなぁーー!!
メリアは首を傾げつつ、部屋から出て行った。
「アルフレートって確か150以上の高齢で亡くなったはずだけど?」
ふっ。
「そうだよ! ずっとどーてーだったよ。三十過ぎどころか、150まで何にもなかったよ! はっ! そりゃあ大魔導士とか言われるわ! はっはーはっは!!」
「大丈夫よアルフ。あなたは今十五歳なんだから。大丈夫、これからよ」
母さんは母性出しまくりで、僕の背中を優しく撫でた。
「勘違いするでないぞ。わしはモテなかった訳ではない。若い頃は魔術のことばかり考えていたから女になど構っている暇がなかっただけじゃ! むしろモテたわ!」
「あら、アルフレートさん。初めまして」
「出ちゃっただけだよ! ついだよ!!」
なんてことだ。
母親の目の前で、女性経験がないって暴露するとは。
不覚だ。
「まあ、なんで騒いだかは解ったわ。つまり、アルフレートに子孫なんていないってことね?」
「・・・そうだよ。だから学校の創始者は僕の血族じゃない」
「親戚とか?」
「知らなかった? アルフレートは孤児なんだ。だから前世では両親も兄妹もいない」
「・・・そう、だったんだ」
「まあそれはいいんだ。問題は僕の子孫を名乗った誰かがいるってこと」
「ふーん、なるほどね。メリア―。もういいわよー」
母さんがそう言うと、ドアが開き、メリアが入ってきた。
「家族会議は終わりました?」
「ええ、この子、村では年頃の女の子と知り合う機会がなくて、ちょっと可哀そうなの」
「ちょ!?」
その言い方だと僕が酷く惨めになるじゃあないか。
「だから仲良くしてあげてね」
「は、はい。あ、それって彼女になってくれって意味」
「あ、違う違う。見捨てないでねって意味だから」
「だからちょっと!?」
何それ、僕ってなんて寂しい奴なの!
これにメリアはしっかりと頷いた。
「はい。彼はおかしくて、変で、とっても危なっかしくて、私が付いていないと駄目な人ですから」
おいやめろ。
誰だそのダメ男は!?
まったく、はぁ~。
さっきの件は有耶無耶に出来たから、これはこれでいいか。
でも、僕の子孫を騙った、学校の創始者か。
魔術以外にも面白そうなことを見つけたな。
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