第12話従兄弟

「へー、ここが僕らが暮らすお屋敷かー」


 でかい。

 それはもう無駄にでかい。


 村で住んでいた家が三つは入る。


 庭も広い。


 侯爵家の別荘すげぇ。


 ここでなら、簡単な魔術実験なんかも出来そうだ。


「逆にあまり驚かないのね」


「二人で住むには不釣り合いだとは思うよ」


「大きな屋敷の感動とかは?」


「前世ではお抱えの魔術師として大貴族の家に捕らわれていたからね」


 納得がいったように母さんは頷いて見せる。


「ふーん。伝説の魔術師様の言うことは違いますねー」


「やめてよ・・・」


「でも捕らわれてって何?」


「言葉通りだよ。僕の研究内容を自分のものにしたい奴らがこぞって僕を雇いたがったのさ。『研究しろ、研究しろ』ってそれはもううるさかった」


「でも、給料は出たわけでしょう?」


「まあね、研究には金もかかったからよかった部分もあるけど、なにせ自由がない。触媒とかはライフワークとして僕自身が採取に生きなかったのに、『いいからお前は研究してろ』って息が詰まったね」


「流石は伝説」


「だからやめてってば。そんなわけで“アルフ”としては目立ちたくないんだ。自由に研究したいからね」


「赤ん坊であんな大魔術を使えちゃう人に平穏があるとは思えないけど、フォローできるところはするから頑張りなさいな」


「ありがとう」


 やっぱり秘密を打ち明けてよかったね。


 一人でも理解者がいてくれるのはとても心強い。


「じゃあ、入ろっか」


「そうだね」


 屋敷の扉を開けて中に入ると、そこには執事然とした人が一人、メイドさんが二人いた。


 ん?


「あの、あなた方は?」


 執事の人が一礼し、メイドさんがそれに続く。


「我々はカレン様、アルフ様のお世話をさせていただく者です。わたくしはセンバ、この者達はメイとライ。よろしくお願いいたします」


「どゆこと?」


 母さんに尋ねると肩をすくめた。


「わたしも知らないけど、お父様の差し金でしょ」


「左様です。我々は侯爵様に仕えている者。ですが、本日からはあなた様方二人にお仕え致します」


「え、要らないですけど」


「「「はい?」」」


「ねえ母さん。一階だけ使えれば二階はいいよね? 掃除はなんとかなる?」


「まあ、そうね。あとは厨房とトイレと、何とかなるでしょう」


「え、あの・・・」


 メイさんが慌てて声を上げる。


「わ、私達がいないと庭の手入れは!?」


「わたしはずっと村で暮らしていたのよ? 庭の手入れなんてお手のものよ」


「「「・・・」」」


「と、いうわけでお引き取り下さい」


「「「・・・」」」


 茫然自失しているお三方に向けて解雇通告をすると、三人はしょぼしょぼと頭を下げて出ていこうとする。


「アルフ。あまり虐めないのよ?」


「え? なんで?」


「・・・本気なのが質が悪いのよね。あなた達、行かなくていいわ。しっかりお世話をお願いします」


「「「え!?」」」


「流石に二階の手入れを何もしないわけにはいかないし、庭の手入れも大変なのは本当だし」


「い、いてよろしいので?」


「ええ」


 三人は歓喜で破顔した。


「別にいいのに」


「いやいや、そうもいかないでしょう。彼らも仕事なんだし」


 うーん。


 まあ、これでお祖父ちゃんのところに帰ってもこの人達が怒られるのかな?


「えと、すいません。悪気はなかったので。よろしくお願いします」


「それじゃあ、この荷物、お願いするわね」


「はい、では、お部屋にご案内します」


 案内された部屋は、前の家の三倍はあった。


 これは正直ありがたい部分はある。


 アトリエは広い方がいい。


 屋敷自体はあったらあったで嬉しいな。


 これからこの屋敷が僕の家か。


 部屋を見渡し感慨にふけっていると、一階で複数の声がする。


「誰か来た?」


 部屋から出て、大階段から下を見渡すと、母さんとアドルフ叔父さん。そしてもう一人、僕とそう年の変わらないだろう女の子がいる。


 誰だろうあの子?


 トントンと、下に降りていくと、母さんと叔父さんが僕に手を振る。


「おお、アルフ。久しぶりだな」


「叔父さん!」


 爽やかに笑うアドルフ叔父さん。


 この人とあのヨハネスが兄弟なのか? 嘘だろ。


「やっとこっちに引っ越してきたか」


「うん」


 僕は隣の子が気になって、ちらっとそっちを見ると、彼女はニコリと笑った。


 金髪で僕とそう身長が変わらない。


 目は叔父さんと母さんと同じ琥珀色の、


 ああ、なるほど。


「おお、この子はメリア。俺の娘だ」


「ああ、やっぱり。僕はアルフ。よろしくね」


 そう言ったら、彼女は自分の胸に手を当てた。


「初めましてアルフ。私はメリア。あなたと同い年らしいからよろしくね」


 ほぉ。

 同じ十五歳か。


「あれ? じゃあ、君も今年魔術学校に?」


「ええ、そうよ。それもあってこっちに挨拶に来たの」


 何故かどや顔で彼女は笑う。


「従妹がいるって話は聞いてたんだけどね。こうしてあったのは初めてだし、これからよろしくね!」


「久しぶりメリア。大きくなったねー」


「お、お久しぶりです叔母様」


 母さんは嬉しそうにメリアに抱き着いた。


 でも母さん。

 彼女嫌そうですよ?


「カレン姉さん」


「え、えっと」


「叔母さんじゃなくて、お姉さん」


「は、はい。お姉様」


 は、恥ずかし!

 恥ずかしいよ母さん。

 そして、悲しいよ。


 三十路で半分の歳の子にお姉さんはきついよ。


 いや、いるけどね、年の離れた姉妹。


 でもきついなー。


「母さんはメリアに会ったことがあるんだ?」


「昔、一度だけ! い、ち、ど、だけ、王都に帰ってきたことがあって、その時に会ったわ。それと、村の近くに兄様が来た時に一緒にいたからその時にも」


「へぇ」


 ずっと支援して貰ってるんだし、帰ったって罰は当たらないよね。


 自分が貴族だって知られたくないから、僕には叔父さんやメリアに会わせたくなかったわけだ。


 まあ、その時は二十代だったんだろうけど、今お姉さんはきついよ。


 僕がドン引きしていると、母さんは僕のところまでやってくる。


「彼女、アルフレートフリークなのよ」


「え!?」


 ニヒヒと笑いながら母さんはメリアを指さした。


「何々! 君もアルフレートファンなの? 彼のことに詳しいの!?」


「ま、まあ、人並みには?」


 僕が僕のファンてなんだよ。

 どんだけナルシストだよ。


「アルフレート!」


 彼女は手を広げて何かを言おうとしている。


 似ている、母さんに。


 これが、血族。


「アルフレート。それは孤高にして偉大な魔術師!」


 ・・・ええ~。


「当時の魔導技術を百年、いや、二百年は進めたとされ、現代の魔術の基礎を築いた人物!」


 おい、馬鹿、何言ってんだこの子。


 あ、母さんが笑ってる。


「攻撃魔術は勿論、神聖魔術、支援魔術、魔導工学、錬金術、占星術、言語魔術、なんと東側の魔術にも精通! その他諸々、魔術と名のつくもの全ての第一人者!」


 や、止めろ。

 母さんが震えながら笑っている!


「万能の天才!」


 とうとう壁に手を叩いて爆笑しだしたぞ!


「・・・おい、どうしたんだカレン?」


「はーはー、なんでも、なんでもないわ兄様。アルフー、アルフレートって凄いのねー」


「そ、そそそうかな。大した奴じゃないヨー」


 恥ずかしさのあまりそう言うと、メリアの顔色が変わった。


「あ?」


「え?」


 あれれ、胸元を掴まれましたよ?


「アルフレートは、大したこと“ある”の。おーけー?」


「お、おーけー」


 ぽいっと突き放された。


 叔父さんが困った様子でメリアを窘める。


「こらメリア。すまんアルフ。この子はアルフレートのこととなると人が変わるんだ」


「は、はは。そうみたいだね」


 え、じゃあ何?


 この子といると僕自身を褒めちぎられるの?


 むず痒い事この上ないんだけど?


「これから学校で一緒にいることもあるだろうから、この子をよろしく頼むよ」


「う、うん。分かった」


 知り合いがいるのは心強いけど、この子はアクが強いなぁ。


「コホン。それじゃあ、これからよろしくね」


 そう言うとメリアは手を差し出した。


「あ、ああ、よろしく」


 握手を交わすと、彼女の手は暖かかった。


 おふぅ。


 女の子の手って柔らかい。


「じゃあ、これから図書館に行って、アルフレートのことを教えてあげる」


「え!?」


 僕が僕を知る?


 なんか哲学っぽい。


 いや、違う。

 問題はそこではない。


「図書館!」


「わっ!」


 いきなり大声を出した僕に、メリアも他の二人も驚いている。


 だが、今はどうでもいい!


「行こう! 図書館!」


「え、ええ・・・」


「早く行こう!」


 そう言って僕はメリアの手をぐいぐいと引っ張って外に出る。


「ちょ、場所分かるの!? ゆっくりでも図書館は無くならないでしょ?」


「分からないよ。隕石が落ちて魔術書が消えたらどうするのさ!」


「いや、ないでしょ・・・」


 そして、僕は母さん達が驚くのを尻目に、図書館に向かって出発した。

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