第9話魔術師アルフレート

 僕達はかなりの時間を拘束されたけど、やっと解放されて帰路へと着く。


 でも、その間、母さんとは最低限の会話しかしなかった。


 そして、家に帰ると、ゆっくりと口を開く。


「・・・アルフ。なんで魔術が使えるの?」


 体がブルリと震えた。


 背中がチリチリして酷く喉が渇く。


「・・・あ、と。それは」


「こればかりは単に頭がいいだけじゃ説明が付かない! こんな田舎じゃ、魔術を教えてくれる人なんかいないでしょ? 魔術書もないでしょ? なんで使えるの!?」


「か、母さん・・・」


 僕は震える手を、ゆっくりと伸ばして母さんに触れようとした。


「・・・怖い、よ」


 ビクッ!


 体が大きく震えた。


 コワイ?


 ボクガ?


 母さんは手で口を押さえたけど、出た言葉は無くならない。


 母さんは逃げるように自室へと飛び込んでいった。


 僕は、

 しばらく動けなかった。



 次の日。


 僕がゆっくりとリビングに降りてくると、母さんはもう朝食の支度をしていた。


「・・・おはよう」


「お、おはよう!」


 母さんはびくっとなったけど、努めて明るく挨拶をした。


 “努めて”挨拶しているのが、丸わかりで、僕は自虐的に笑う。


「あの、さ。母さん」


「な、何!?」


 じゃりじゃりと、嫌な耳鳴りがした。


「僕、王都の魔術学校に行きたいんだ」


「・・・魔術」


 母さんは顔を歪めたけど、ここまできたら言い切るしかない。


「僕、もっと魔術を学びたいんだ。だから、どうしても学校に行きたい!」


「そんなに、魔術を学びたいの?」


「うん。それに」


 視線をそらして、顔を引きつらせながら、


「母さんも、僕がいない方が落ち着く、でしょ?・・・」


「アル」


 バン!!


 母さんが言い切る前に、僕は家から飛び出した。



「はぁはぁはぁ!!」


 今や秘密基地となっている例の遺跡に僕は逃げて来た。


 喉が渇く。


 疲れじゃなくて、ストレスで。


「くそぉ!!」


 ダン、と。

 思い切り壁を殴りつけた。


「何を、言ってるんだ僕は・・・」


 最悪だ。


 あんな自虐思考になって母さんに当たるなんて。


 魔術が使えるとバレたらどうなるかなんて解っていたのに。


 昔、母さんが言ってたじゃないか。


 出来過ぎると周りから孤立するって。


 教えられていた、筈なのに!


「・・・あいつが悪い。全部あいつが悪い!」


 僕はヨハネスの顔を思い出した。


 あいつのせいで魔術がバレた。


 本来のプランなら、魔術学校に行って初めて使えるようになったって取り繕うつもりでいたのに。


 あいつのせいで全部パァだ。


 怒りが、いや、殺意が湧いた。


 僕と母さんの関係を壊しやがって。


 侯爵を殺そうとしたんだ。


 当然極刑だろうけど、出来るならその時に死刑執行人は、


「僕がやりたいくらいだ・・・」


 血走った目でそう呟いた時だ。


 ヴぉん。


「え?」


 魔法陣が光った。


「な、なんで!?」


 今まで何をやっても全く反応しなかった魔法陣がいきなり光りだした。


 そして、その魔法陣の中心から何かが出現する。


「この魔法陣は召喚魔法だったのか!」


 僕は何が召喚されるのかドキドキしながら見守った。


 だけど、現れたのは全く予想もしないものだった。


「なんだ、あれ?」


 それは狼に似ていた。


 だけど、決して狼じゃない。


 体毛はうねうねと波打ち、狼よりも一回りは大きい。


 そして、何より瞳が赤く爛々と輝いている。


 こんな動物は存在しない。


「モンスター!」


 そう。

 それは人間に仇なす天敵、モンスター。


 しかもそれが四匹もいる。


「・・・な、なんで」


 なんでこんな奴らが召喚されるんだ?


 一体何が起こったんだ?


 そもそも、何がキーとなってこの魔法陣は起動したんだ?


 僕は一体何をやったんだ?


 やったというか、ヨハネスを憎んだことくらい。


「・・・悪意、か?」


 人をこれほど憎んだことなどない。


 のんびりした村だったからな。


 だけど、生まれて初めて本当に人を殺したいほどに憎んだ。


 人間の悪意がこの魔法陣を起動させるキーだとしたら。


 こんな魔法陣の為の遺跡を、僕はずっと秘密基地にしていたのか!?


「ガルルルルル!」


「っく!」


 今はこいつらを何とかしないと。


 僕は手の上に炎を出現させ、それを狼型モンスターに投げつけた。


「ギャン!」


 見事命中した。


 だけど、倒れない。


「なっ!?」


 普通の狼だったら終わっているのに、こいつは体毛が少し焼け焦げただけだ。


「くそ、やっぱり前世の記憶が完全に戻ってないと、無理なのか」


 それでも、僕が侮りがたいと感じたのか、狼はじりじりと距離を取り、いきなり攻め込んでこようとはしない。


 狡猾だな。


 流石狼型ってところか。


 その時だ。


「アルフ、アルーフ!!」


「な、母さん!?」


 なんでこのタイミングで母さんが!?


「まさか、追って来たのか!?」


 しまった。迂闊だった。


「母さん、来ちゃだめだ!!」


「アルフ? そこにいるの!?」


「ダメだ。今こっちに来たら危ない!!」


 しかし、母さんの走る足音が近づいてくる。


 そりゃ来るよな。


「アルフ!」


「母さん。それ以上入ったらダメだ!」


「!!!! こ、これって」


「見ての通り、絶賛大ピンチのバーゲンセールだよ。ここからゆっくりと離れて」


「で、でもアルフは?」


「大丈夫。僕には魔術がある」


 嘘です。


 さっきも試した通り、僕の魔術じゃ致命打にならない。

 一匹ならあるいはいけるかもしれないけど、四匹は無理だ。


 母さんを逃がしたら僕もさっさと撤退だ。


 ・・・出来るなら、だけどね。


「ダメ。アルフだけ置いていけないわ!」


「か、母さん。何言ってんだよ!?」


「わたしは、あなたの母親だから」


「グルルルル」


 やばい。

 来る!


「ダメだ母さん。二人とも殺されてしまう!」


「させない。アルフはわたしが護る!」


 ビシィ!!!!


 頭の中に電流のようなものが走った。


「な、前にも・・・こんな、ことが」


『渡さない。この子はわたしが護る』


「生まれたばかりの、時に」


 その瞬間。


 いくつもの記憶が僕の中で猛スピードで流れて行った。


 ああ、そうか、


 そうか、


 そうだったのか!!


「思い出した、ぞ」


「ガアアアアアア!!」


「アルーーーフ!!」


 フラフラしている僕を見て、好機と取ったのか、一匹が僕に飛び掛かってきた。


 僕は目を細め、掌から火炎を生み出す。


「邪魔だ」


 ボン!


「ギャウゥ!!」


 狼は瞬時に炎に飲み込まれ灰になる。


 さっき使ったままごとの炎じゃないぞ。


 これが魔術で生みだした本当の炎だ。


「残り、三匹」


 豹変した僕を見て、狼達は怯えた様子で縮こまっている。


 悪いが、生かしておくわけにはいかない。


 僕は再び、炎を生み出した。


わしは極炎の魔術師、アルフレートだーーー!!」


 横薙ぎに放った炎が、三匹を同時に焼き払う。


 灰すらも残さずに、四匹の魔物は消えた。


「ふぅ。母さん大丈夫?」


「・・・あ」


 恐怖のあまり、ペタンと尻もちを着いている。


 体も震えていた。


 あー、これ完全にやっちゃったか。


 僕は目を閉じた。


 まあ、仕方ない。


 ヨハネスの時も、今回も、母さんに危害が及ぶところだったんだ。


 僕がなにもせずにいることで、母さんが危ない目に合うくらいなら、いくら拒絶されたとしても、同じ選択を何度与えられても、僕の出す結論は一つしかないんだから。


 距離を取ったまま、母さんに呼び掛けてみる。


「母さん。立てる?」


「あ、あはは。ちょ、ちょっと待ってね。腰が」


「うん。待ってて上げたいんだけど、この遺跡は危険だ。すぐにでも破壊しないといけない。急いでここから出ないと」


「う、うん。そうよね。よ、っと」


 危ない足取りで立ち上がった。


 本当なら手を貸してあげたい。


 だけど、僕が近づけば母さんは怖がるだろう。


 なんとか一人で頑張ってもらわないと。


「アルフ」


 母さんが僕に手を伸ばした。


 手伝ってほしいのか?


 怖がらせないように、僕はゆっくりと近づいた。


 そして、あと一歩となった時、母さんが僕に抱き着いてきた。


「アルフ、アルフ、アルフ」


「か、母さん?」


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」


「だ、大丈夫だよ。なんとかなったしさ」


「違う、違うの」


 え?

 襲われたことじゃなく?


「怖がっちゃって、ごめんなさい」


「あ・・・」


「あれ、あれは、本当の気持ちじゃないの。違うの、違うから」


「うん。うん。解ってるよ」


「あの後、なんて酷いことを言っちゃったんだろって、ずっと、後悔してて」


「そう、なんだ」


 嗚咽を漏らしながら母さんはコクコクと頷いた。


「ごめんね。あの時も、今も、アルフはわたしを助けようとしただけなのに」


「いいんだ。決めてるんだ。どんなに嫌われても怖がられても、僕は母さんを助けるためなら、何度だって同じことをする」


「ふぇえええええええんーーー!」


「泣くなよ・・・」


 目頭が熱くなるのを感じながら、僕はしばらく母さんをあやした。

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