第8話バレた
料理もあらかた食べてしまった。
いやー、美味しい。
凄く旨いけども、ずっと一人で食べ続けるってのも、それはそれで悲しいし、そろそろ帰りたい。
母さんが僕の方に来て、素直にほっとした。
「疲れた?」
「というか暇」
「まあ、そうよね。わたしも肩凝ったー」
「そろそろ帰れない?」
「そうね。正直わたしも帰りたいんだけど、お父様の顔を立てておくわ。アルフは会場の外で待っていてくれてもいいけど」
「んー、そうしようかな」
僕も肩が凝った。
そうして、僕が会場から出ようとしたその時、
「ぐああああああ!」
「きゃーーーーーーーー!!」
そんな、苦しみもがく男の声と、女性の悲鳴が会場に響いた。
会場の全員がその悲鳴の方へと駆け付けて、目を見開いた。
アルベルト侯爵だ。
僕のお祖父ちゃんが、苦しそうに喉を嚙みむしっており、口からは泡がを吹いている。
「あなたーーーー!!」
「お父様!!」
お祖母ちゃんと母さんが悲鳴を上げている。
これは、毒か!
不味いぞ。
速攻で手当てしないとこれは死ぬ。
僕は近づいてすぐに解毒の魔術をかけた。
すると、幾分かお祖父ちゃんの顔色がよくなる。
くそ、前世の記憶が完全に戻っていれば、こんな毒完全に治せるのに!
動転しているのか、誰も僕の魔術には気が付いていない。
よかった。
目立ちたくはない。
「毒だよ。すぐに吐かせて胃を洗浄して! 今ならまだ助かる!」
毒。
僕の言葉に、会場には更なる緊張が走る。
「医者はいないのか。すぐに手当てしないと死ぬぞ!!」
今は茫然としている暇なんてないんだよ!
大声を出して活を入れてやる。
大人たちはハッとして、ようやく動き始めた。
吐き薬や水を持ってきて、胃を洗浄。
流石、上流階級のパーティーだけあって、魔術師もいるみたいで、すぐに解毒の魔術もかけられた。
これで一安心だ。
本当に危機一髪だった。
へなへなと、僕はその場にへたり込んだ。
「アルフ。ああ、アルフ」
「ん?」
お祖母ちゃんと母さんが僕に抱き付いてきた。
凄い力だ。
ちょっと痛い。
「ありがとう。本当にありがとう! あなたがすぐに対応しなければお祖父ちゃんは死んでいたわ」
「うん。凄い、凄いよアルフ!」
「い、痛いよ二人とも。僕は大声を出しただけだって」
まあ、解毒の魔術を使ったけども。
「本当に、よかったよ」
「へへへ」と、力なく笑う。
本当に力が入らないや。
「全員動かないでいただきたい!」
アドルフ叔父さんが大声を張り上げた。
「これは毒だ。つまりはこの会場に父上に毒を盛った人間がいるということだ」
ざわり。
会場がさっきとは別のざわつきを生じさせた。
一体誰が?
全員が周りを見渡す。
この中に毒殺を目論んだ犯人がいる。
ヨハネスは堂々と口を開く。
「兄上、探すまでもないでしょう。犯人は厨房にいた誰かですよ」
妥当だな。
毒は料理の中に入っていたのだろう。
「最後に父上が食べた料理は何ですか?」
ヨハネスはお祖母ちゃんに問いただすと、お祖母ちゃんは床の皿を指した。
「さっき切った牛肉よ」
ざわり。
「そ、それはこの会場にいた全員が食べたんじゃないのか!?」
「じゃ、じゃあ我々にも毒が!?」
会場はパニック寸前だ。
「落ち着いていただきたい」
そう言ったのはアドルフ叔父さんだ。
「父は胃が弱くなっており、肉は最初に配られましたが、食べたのはさっきです。この毒は恐らく即効性。つまりは、皆さんに毒が入っていれば既に父のような症状が出ている筈です」
その通り。
よく見てるね叔父さん。
「じゃ、じゃあ。別の料理なのか?」
「侯爵だけが食べた料理、あるいは飲み物はあるか?」
「わ、判らん」
再び会場がざわつく中、僕は床に這いつくばり、何か手掛かりになるものがないかを探していた。
「アルフ。せっかくの礼服が汚れてしまうわ」
「うん。でも母さん。服は洗えばいいけど、ここで証拠を見つけないと手掛かりは永遠に失われるかもしれない」
僕はさっきヨハネスがぶつかったせいで落ちた包丁の傷跡に目がいった。
そこにはよく見れば、毒々しい色の何かが付着していた。
気化すると色が出るタイプの毒か。
割と深く刺さったんだな。
何かもっと分からないだろうかと、じっと観察すると、あることに気が付いた。
「毒が付いているのは右側面だけだ」
左側面には色が付いていない。
待て、このトリックも僕の知識にある。
僕は振り返り、お祖父ちゃんが落とした皿を見た。
「それに触らないで!」
正に片付けようとしている皿を、僕は大声で止めた。
「アルフ、どうしたの?」
「よかった。肉は半分しか口に入れてないな」
母さんの質問に答える間も惜しく、僕はその肉を拾った。
「おい、貴様何をしている!?」
ヨハネスが僕を咎めるが、無視。
「アルフ。君は何がしたいんだい」
アドルフ叔父さんが優しく問いかける。
そこで初めて僕は解説を始めた。
「毒の盛り方が分かりました」
「なんだって!?」
再び会場がざわつく。
「アルフ、本当なの?」
「多分、間違いないよ母さん」
「おい小僧。適当言ってるなら容赦しないぞ」
ヨハネスがまた何か言っているが再び無視を決め込む。
「毒はさっきヨハネス叔父さんがぶつかって落ちた包丁に塗られていました」
「本当なのか!?」
アドルフ叔父さんが驚愕すると、ヨハネスは鼻で笑う。
「は! 何を馬鹿な。いいことを教えてやろう。あの包丁で両断された肉は、父上と、そして私が食べた。この意味が解るか? 包丁に毒が塗られていたなら私も毒で苦しんでいる筈だ」
「その通りです」
「・・・」
あの包丁は一度しか使われていない。
そして、その一度しか切っていない包丁に毒が塗っていたのなら、お祖父ちゃんが食べた肉と反対側の肉に毒が付着している筈だ。
それが解っていて、ヨハネスは余裕の表情を崩さない。
「でも、片面しか毒が塗られていないとしたら?」
「・・・何・・・」
「右側面にしか毒が塗られていないとしたらどうでしょう? 右側面を食べたお祖父様には毒が付着していて、左側面には毒が付着していないから叔父さんは無事だった。つまりはそういうことでしょ?」
ざわざわと、ヨハネスに注目が集まる。
「出鱈目をいうなよ小僧!」
「あからさまだね。包丁は予め用意していたんだろう。で、だ。後でいいって言ってたお祖父ちゃんに、無理に肉を渡したのは誰だ? その後に、わざとコックにぶつかって毒入りの包丁を床に落としたのは?」
今度は全員が完全に疑いの目で、ヨハネスを見る。
「ふざけるな! コックが強く包丁を握っていて、落とさなかったらどうなる!?」
「その時は、理由を付けて自分が食べなければいいだけの話」
「・・・」
遂にヨハネスは黙りこくった。
「ま、待ってくれアルフ」
この推理にアドルフ叔父さんが待ったをかける。
「もし、コックが包丁を落とさなければ、理由を付けて食べないヨハネス以外の全員が毒入りの肉を口に入れることになるぞ」
「「「あっ!!!!」」」
やっぱり叔父さんは聡明だね。
「その通り。つまり、この人は全員が死んだらそれでもいいと考えていたんだ!」
ざわ。
もう周りはヨハネスを犯人だと解っている。
そしてそれは、本人も解っているだろう。
彼は小さく、小刻みに笑った。
「その通り。全て私が仕組んだ」
「ああ、ヨハネス。どうしてこんなことを」
「ふっ、決まってますよ母上。父上が死ねば家督を早く継げる」
「馬鹿な。お前は次男。次に家督を継ぐのは俺だ!」
そうアドルフ叔父さんが言うと、ヨハネスはくつくつと笑う。
「だったら、あんたも殺せばいいだろう!」
「ヨハネス・・・」
僕はまだ、こいつの普段の人となりを掴めてないけど、顔見知りにとっては豹変といっていいのだろうな。
さっきも僕には横暴だったけど、他の人には丁寧に対応していたし。
だけど、これがこいつの真の姿ってわけだ。
「本当に、全員殺しても構わないと思っていたの?」
母さんが震えた声でそう尋ねると、意外にも首を振る。
「いいえ、あなただけは助けるつもりでいましたよ姉上」
「どうして?」
「俺があなたを愛しているからだ。一人の女性として!」
げ、こいついきなりカミングアウトしやがった。
きめぇ。
「な、何をいっているの? 私達は兄妹」
「そんなもの、愛の前には関係ない!!」
いや、あるだろ。
思い切り近親相姦じゃあないか。
いや、貴族ならありなのか?
知らんけど。
「もし、全員の肉に毒が付くことになれば、適当なことを言って食べないように促すなり、皿を落とすなりするつもりでいた。全ては愛ゆえに!」
また出たな愛。
そんな万能の言葉じゃないからな?
「あなたもあなただ! 俺の愛に気がついていながら、あんな下民と駆け落ちして」
もうツッコミを追いかける脚が疲弊してきた。
そんなの気がつくわけが無いだろうが!
「だから俺は山賊に金を渡した。姉上が戻って来ると思って!」
・・・おい、今。
「・・・なんて言った? 今なんて言ったのヨハネス!!!!」
「ふっ、こうなったらバラしますがね。あの男を殺す為に、山賊に依頼をしたのは俺ですよ。姉上だけは殺すなと厳命してね。だと言うのに、何があったのか奴らは失敗した。やはり下賤な山賊。どうしようもなく使えない奴らだっ」
「ゆる、さない。あんたを許さない!!」
母さんが今まで見たことがない形相でヨハネスを睨んでいる。
多分僕もそうだろう。
「こうなっては、あなたが俺を愛する可能性は限りなくなくなってしまった」
「ふざけんな! 初めからあるわけがないだろうが馬鹿が!!」
僕が叫ぶと、あちらを凄い形相で睨み返して来る。
「うるさい! 混ざり物の雑種は黙っていろ!」
「てめぇ」
怒りが頂点に達しようとした時、どうやらあっちの方のぷっつんが早かったみたいだ。
「こうなったら姉上! あなたをここで殺す! 天上では必ず我々は繋がる。きっと!!」
「ヨハネス!?」
胸に忍ばせていたナイフを取り出すと、ヨハネスは母さんに向かって走り出す。
やばい!
迷っている時間はなかった。
僕はヨハネスの足に雷撃の魔術を撃ち飲んだ!
「ぐぅ!? な、何だとぉ!」
ダメージを受けて、ヨハネスはゴロゴロと床に転がる。
「取り押さえろ!!」
アドルフ叔父さんの命令で、警備していたお抱え兵士達がヨハネスを押さえ込んだ。
「ぐおお、離せ、離せぇーー!!」
「はあぁ〜〜」
僕は再び大きく息を吐いた。
濃い。
なんて濃い一日だ。
「この男を監禁しておけ」
そうアドルフ叔父さんが言うと、兵士は素早くヨハネスを連れて行った。
「く、くそぉ! 覚えていろよ小僧ぅー!」
その後で、全員が僕を見た。
あ、やべ。
「ああ、またあなたに助けられたわ。アルフ。可愛い娘を助けてくれてありがとう」
「本当に凄いな君は。あの一瞬で適切に魔術を使うとは」
「や、やめてよお祖母様、叔父さん」
それからも僕は会場にいた人達に称賛され、揉みくちゃにされた。
ただ一人を除いて。
「・・・アルフ。あなた」
・・・母さん。
その後のことはよく覚えていない。
慌ただしく後処理があったけど、僕には関係の無いことだ。
そんなことよりも、母さんのことがずっと気になっていた。
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