第7話貴族のパーティー

 そして、僕と母さんは領主様のパーティーに招かれてやって来た。

 一応礼服を着てるんだけど、やっぱり肩っ苦しいな。


「ふっふー。どう? アルフ」


 母さんは美しいドレスを身にまとっている。

 いつもは村人がよく着る安い服を着ているから落差が凄い。

 いや、凄く綺麗だぞ。


「似合ってるね」


「え、それだけ?」


「素敵だよ」


「そうでしょ。昔はこういう服着てたんだから」


 若干めんどくさいなぁ。


「でも、アルフ。落ち着いてるわね?」


「ん?」


「こんな催し初めてでしょう。もっとソワソワするかと思ってた」


「ああ、緊張してるけど、開き直ってる」


「おお、大物っぽい」


 母さんは茶化してそう笑った。


 前世の僕は優秀な魔術師だったらしく、王宮に呼ばれたことが何度もあったみたいだ。


 それでなのか、僕はこうして落ち着いていられる。


 領主様に挨拶を済ませると、僕らは遂に、アルベルト侯爵夫妻と対面した。


 白髪だけど、それほど体格は崩れていない。


 二人とも、かくしゃくとしてらっしゃる。


「ああ、カレン」


 母さんの父、つまりは僕のお祖父ちゃんは母さんを見ると、歓喜して抱擁を交わした。


「久しぶりだな。元気だったか?」


「この通り、元気よお父様」


「カレン」


 今度は老夫人、お祖母さんが母さんを抱きしめる。


「お母様久しぶり」


「素っ気ないわね」


「そう?」


 二人はやや俯きながら、歯切れが悪そうに口を開く。


「まだあの男とのことで怒っているのか? 仕方ないだろう。行商人と侯爵令嬢との結婚など認められるものか」


「そうですか」


 恐ろしく素っ気なく、母さんは受け答えする。


 記憶にないけど僕としても、父さんを“あの男”呼ばわりは気分が悪いね。


「お父様を許して上げなさい。それが許されない恋だということはあなたも解っている筈でしょう?」


「解らない」


 あくまでもつっけんどんな態度の母さんに対し、お祖母ちゃんも少し苛立った様子だ。


「だから、あなた達が二人で出て行っても、説得を諦めたじゃない」


「そうですけど・・・」


「しかも、これまでずっと支援していたでしょう?」


「ぐっ!」


 痛いところを突かれたね母さん。


 この点に関しては僕も感謝しないといけない。


「まあ、この件は今さら蒸し返しても仕方がない。それよりも」


 お祖父ちゃんが僕を見る。


「アルフ。ようやくこうして話が出来るな」


「はい。初めましてお祖父様。アルフです」


 うんうんと頷きながら、お祖父ちゃんは僕の肩を掴む。


「知っているとも。何度かわしらはお前を遠目で見ていたんだ」


「そうみたいですね」


 僕はチラっと母さんを見ると、素知らぬ顔でそっぽを向く。


 いや、いいけどね別に。


「大きくなったな。わしらが最後に見たのは五年ほど前だったが」


 とすると、僕が十歳の時で成長期真っ盛りだね。


 声も変わってるし、それは見違えるだろうな。


「アルフ」


 今度はお祖母ちゃんが僕に声をかけてくる。


「初めましてお祖母様」


「ああ、こうして話が出来るなんて」


 そう言って、二人は順番づつ僕を抱きしめた。


 そこに一人の女性が近づいてくる。


 結構ふくよかな女性だ。


「ああ、カレンさん」


「あ、ナターシャ夫人。お久しぶりです」


 お、この人が例の。


「本当にありがとう。あのメイドは海外に逃げてしまって、逮捕できるかは分からないけれど、犯人が判って胸がすっきりしたわ」


「いいえ、摑まるといいですね」


「ええ、あなたは昔から聡明だったけど、未だに健在の様ね」


 ん?


 ギクリと、母さんはこっちを見る。


 ほほう? 母さん、僕が言った推理を自分のものにしましたね?


「ほほ、すいません夫人。少し息子と話がありますので」


「あらそうですの」


「ええ、どうぞ。お父様、お母様とお話をなさって。では」


 そう言って母さんは僕の手を引いてそそくさと広間の隅っこに連れて行く。


「仕方ないでしょう」


「僕まだ何も言ってないよ?」


「いいえ、言ってるわ。その蔑み荒んだ目が」


 どんな目だよ。

 荒んだって、僕のこと何気にディスってない?


「違うの」


「だから何も言ってないよ。で、何が違うのさ?」


「手柄がほしいとかじゃないのよ。でも、アルフが犯人を当てたってなると、変に目立つわよ。あなた目立ちたい?」


「いや、別に」


「つまりはそういう判断なの」


「ふーん」


「あ、疑ってる」


「いいよどうでも」


 前世の知識で僕の手柄じゃないし。


 母さんはまだ疑わし気な目をしているけど、コホンと咳払いする。


「じゃ、じゃあ、これで通すから」


「分かった」


 さて、それじゃあ戻ろうとした時に、青年二人がこっちにやって来た。


「カレン」


 金髪の男の人だ。


 ん、この人って。


「お兄様」


「久しぶりだね」


 ああ、やっぱりね。

 なんとなく顔立ちが似ていると思った。


「さて、アルフ。こうして話が出来て嬉しいよ」


「僕を知ってるんですか?」


「勿論。父上と一緒に遠目から見ていてね」


「そうなんですか」


 一体何人に僕は見られていたんだろう?


「俺にもね、君と同い年の娘がいるんだ。いずれ紹介するよ」


 ほお。


「はい、是非」


 村には年の近い人がいなかったからね。


「姉上」


「ヨハネス」


 お、こっちは母さんの弟か。


 つまり、この二人は僕の叔父さんだね。


「ようやく帰る気になってくれたのですね姉上」


「うん?」


 え、何言ってるのこの人?


「我がアルベルト家に帰る気になったのでしょう?」


「そんなことお父様言ってた?」


「い、いや。ですが」


「ヨハネス」


 お兄さんが諭すようにヨハネスの肩に手をやる。


「もうカレンは決めたんだ。それを俺達が今さらどうこう言うことじゃないだろう?」


「な、戻らないつもりなんですか姉上!?」


「えっと、戻るような話があったの?」


「・・・」


 ないのかよ。


 このパーティーに参加するってことがイコールで家に帰るって思ったのかな?


 何この人。

 思い込みが激しすぎ。


「・・・やはり、あの男が」


「ヨハネス!」


 やめろというゼスチャーをするお兄さんを無視し、ヨハネスは叫ぶ。


「あんな行商人に誑かされるからこんなことに!」


「止めろヨハネス!」


「アドルフ兄さん!」


 おお、お兄さんはアドルフっていうのか。


 まあ、それはそれとして、なんだこのヨハネスって奴は。


 僕の父さんの身分が低いのは解ってるけど、この態度はいただけない。


 僕の父さんだぞ。


 ハッキリ言って怒りを覚えるね。


 母さんも怒りと悲しみが混ざり合った顔をしている。


 アドルフ叔父さんは周りを見ろと、ヨハネスに合図をし、マズイ注目を集めていることを悟ったのか、小さく舌打ちすると、それ以上は何も言わなかった。


「さ、カレン。久々に兄妹で会ったんだ。つもる話をしよう」


「・・・ええ」


 母さんはヨハネスとはもう話したくないだろうけど、アドルフ叔父さんは良い人っぽいね。


 そのお兄さんに言われたら無下には出来ないって感じかな。


 母さんの背中に手を添えて、二人は場所を移動する。


 ヨハネスも付いて行こうとしたんだけど、僕に気が付いて、睨みつけてきた。


「あの行商人の息子か」


「初めまして叔父さん」


「気安いぞ」


 イラ。


「勘違いするなよ。姉さんの血が入っているとはいえ、半分は下民の血が混ざっているんだ。間違っても俺を血族なんて思うなよ」


 そう吐き捨てると、ヨハネスは二人を追った。


 僕は頭が冷えて、静かに怒りが湧いてくるのを感じた。


 下民?

 ふざけるなよ。


 僕のことだったら我慢するけど、父さんを悪く言われて笑っていられる程、温厚じゃないぞ。


 ぶん殴りたい衝動を抑えて、ヨハネスの後ろ姿を睨む。


 ここで殴ると騒ぎになるからね。


 母さんにも迷惑がかかるだろうし、殴りつけてやるのは我慢だ。


 でも、お前の顔と暴言は決して忘れないぞ。



 しばらくして、話も終わったのか母さんが戻ってきた。


 ありがたい。


 子供は僕しかいないし、ハッキリ言って暇だ。


 お祖父ちゃん達はチラチラこっちを見てるんだけど、やっぱり侯爵となると忙しいのかな。


 他の貴族の相手で忙しそうだ。


 僕としても初めて会ったお祖父ちゃんお祖母ちゃんと、どう会話していいか分からないし、無理に話しかけてくれなくてもいい。


「さあ、メインディッシュです」


 そんな声が聞こえ、コックの一人が大きな牛肉を会場の中央に置き、はじっこから包丁で切り始めた。


「おおぉ」と、会場から感嘆の声が漏れる。


 凄いね、あの肉きっと滅茶苦茶旨いぞ。


 僕はよだれが垂れそうな口を抑え、自分の番が回って来るのを待つ。


 一切れ切ったところで、ヨハネスがその肉をフォークで取った。


「さ、父上」


「ん。わしは最後の方でいいぞ。この歳になるとあまり肉はな・・・」


「ですが、侯爵である父上が最初に皿を取らないと、皆食べにくいでしょう。一応皿に取るだけでも」


「・・・うむ。そうだな」


 そう言って、ヨハネスはお祖父ちゃんに肉の乗った皿を渡す。


 その拍子にコックが持っている腕にぶつかり、包丁が床に落ちてしまった。


「おい、気を付けろ」


「し、失礼しました・・・」


 今確実にヨハネスからぶつかっただろう。


 お祖父ちゃんにはおべっかを使うくせに、下の者には横柄な奴だ。


 まあ、嫌な奴は気にしないでおこう。


 新しいナイフが用意され、僕達は美味しい肉に舌鼓を打った。

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