第6話十五歳になりました

 漆黒といっていいほどの黒髪に、年の割に童顔で低めの身長なくせにどこか達観したようは雰囲気のイケメン。


 それが僕、現在十五歳。


「ふぅ~~」


 僕は例の遺跡の近くの開けた広場で、魔術の練習をしていた。


 ゆっくりと魔力を集め、魔術を制御、そして、その力に色(属性)を付けて、外へと放出。


 ザザザザ!


 辺りの木々が激しく揺さぶられ、強い強風が僕を中心に吹き荒れた。


「よし」


 突風を起こす風の魔法。


 どうやらうまくいったみたいだ。


「次」


 僕は大きな岩に向き直ると、僕は手を上にあげて、それを大きく振り下ろした。


 シュっと風切り音がして、風の刃が岩に命中。


 剣で斬りつけたくらいの傷が出来た。


「いい感じだな」


 中途半端に記憶が戻って十年。


 魔術の威力も制御も大分上手くなった。


 狩りに出かけるいう理由付けをして、僕はちょくちょく遺跡へと向かい、コツコツと訓練を続けている。


 記憶が戻ってくれればいいんだけどなと思うけれど、ただ待つ時間は勿体ないし、僕自身も魔術に対する思いは強い。


 これが、僕自身なのか前世の記憶なのかは判らないけど、半々といったところかな。


 ガサリと音がしてそちらを見ると、ウサギがぴょんと姿を現した。


 さっきの強風でびっくりして出て来たのかな?


 僕は魔力を手に集中させる。


「悪いね。外に出た言い訳と僕の夕飯になってくれよ」


*********


 見事ウサギを仕留め、母さん特製美味しいウサギのシチューを頂いた後、パラパラと新聞のページを捲っていた。


 その中の一覧に僕は目が釘付けになる。


『魔術学校入学受付締め切り迫る』


 魔術学校か。


 魔術学校は文字通り、魔術を学べる学校だ。


 僕が転生したのは未来の魔術を学ぶため。


 それはなんとなく思い出した。


 だから、何が何でもこの学校には通いたい。


 だけど、問題はいくつもある。


 まずは場所。


 学校が王都にあるので、この村からは通えないということ。


 次にお金。


 学校に通うとなるとお金がかかる。


 女手一つで育ててくれている母さんに、これ以上負担をかけるわけにはいかない。


 その上、学校で学ぶのはある一定の身分の者が殆どということ。


 この村で学校に通った者はいない。

 必要ないからな。


 さて、これらの問題をどうクリアするか。


 僕が眉間をぐりぐりしていると、母さんが苦笑していた。


「アルフは本当に新聞が好きね」


「情報は大事だよ母さん」


「そうね、いつもそう言ってるもんね」


 そう言って母さんはまた苦笑する。


 母さんはずっと綺麗だよな。


 そうだよね、まだ三十になったばかりなんだし、むしろどこか艶っぽさが出て来たっていうか・・・。


「ぬがーーーーー!」


「ど、どうしたのアルフ!?」


「な、なんでもないよ母さん」


 く、しっかりしろアルフ。


 己、前世の僕。


 母さんを変な目で見るな!


 そうなのだ。


 僕は十年前、前世の記憶を少し思い出し、今世の僕の記憶が混ざり合って、とっても変な感じになっちゃってるのだ。


 記憶が戻った当初は母さんとお風呂に入るのが妙に恥ずかしかったし(勿論今は別々だけど)。


 更に大人びたって言われるし、覚えたり思考したりする頭の回転速度が上がった。


 でも、これ以上魔術の腕を磨くには、独学じゃ駄目だ。


 やっぱり前世の記憶が必要だなぁ。


 もしくは魔術書かな。


 でも、魔術書は滅茶苦茶高い上に、こんな田舎じゃまずお目にかかれない。


 今までは子供だから王都に行くことも出来なかった。


 というか、母さんが絶対に王都へと行かせてくれなかったのだ。


 なんだろう。

 忌避感とすら思える程だ。


 まあ、母さんを困らせるのは僕も本位じゃない。


 そんな訳で行くに行けなかったのだ。


 因みに、魔術が使えるのは母さんには内緒だ。


 なんの知識もない筈なのに、何で使えるんだってことになる。


 いくら神童と言われる僕でもそれはあり得ないからな。


 だからこっそりと一人で森へと入り、魔術の練習をしているんだ。


 さて、それはそれとして、僕の奇行をごまかさないと。


「コホン。とにかく情報は大事なんだ」


「でも、三か月も前の情報よ。意味ないんじゃない?」


「そうでもないよ。例えばこの記事なんだけどね」


「ふんふん、ナターシャ夫人のルビーが盗まれたって記事ね。ええ! ナターシャ夫人の!?」


「え? ナターシャ夫人を知ってるの?」


「え!? うん、前に王都に行ったときにね」


「母さん、王都に行かないでしょ?」


「ずっと前、お父さんが生きている頃にね」


「ふーん」


 まあ、取り合えず流してと。


「この犯人、メイドさんだよ」


「えええええええええ!?」


「母さんちょっと声落として」


 耳に指を突っ込んでなんとか耐える。


「だ、だってなんで解るの?」


「このメイドさん、ルビーが発見された時、鶏小屋にいたって言ってるでしょ?」


「う、うん。そう載ってるわね」


「盗んだルビーを鶏に飲ませたのさ」


「ほ、宝石を飲ませたの?」


「そう。予め貰う段取りをつけてたんじゃないかな。それを後で割いて、ルビーを取り出したんだ」


 これは僕の知識じゃないと思う。


 何となくだけど、前世でそんなことがあったんじゃないかって朧気に覚えているだけだ。


 何かの本のトリックだったかな。


 まあ、完全に思い出せてないから、あくまでもなんとなくだけど。


「このメイドさんが既に辞めていて、どこか別の国にでも高跳びしていたら確定だね。まあ、三か月前の記事じゃあ、意味ないんだけどね」


「本当なら凄いことね」


「意味ないことさ」


「ちょ、ちょっと確認してみる。速達で」


「え? なんでそんなことするの? ナターシャ夫人なんて母さんと関係ないだろ?」


 誰とも知らない人なんて、どうでもいい気がするんだけど。


「え? ま、まあそうなんだけど、気になるじゃない?」


「ねえ、母さん」


「なあにぃ?」


「なんか隠してるでしょ?」


「な、何もぉ? なんのことかなー?」


 とぼけちゃってさ。

 母さんが何かを秘密にしていることなんてとっくに解ってるんだ。


 でも、知られたくないみたいだから、敢えてつっこまないようにしてるんだけど。


「まあ、いいんだけどね」


「そうよー。何にも知らないから」


 苦しい。

 果てしなく苦しいよ母さん。


「とにかく郵便局に行ってくるから」


「はーい」


 たまにやって来る、王都に行く馬車に手紙を乗せてもらってるんだけど、果たしてすぐに来るかな?



 偶然にも、ちょうど馬車が着ていて、手紙はすぐに届けられた。


 そして、暫くして。


「アルフ、やっぱりよ。そのメイドさん、事件の後すぐに仕事辞めちゃって、海外旅行に行っちゃったって」


「ああ、やっぱりそうなんだ。もう戻って来ないだろうなー」


 これで僕の言ったことは証明された。Q・E・D。


「本当に当たっちゃった。ほんと凄いわね」


「それ程じゃないよ」


 なんたって前世の知識で、僕が推理したわけじゃあないし。


「謙遜はあまりよくないのよ?」


「う、うん。わーい、僕ってすごーい」


 棒読み。

 それでも母さんは満足してくれたみたいだ。


「それでね。もう一枚あって、困っちゃってるのよねー」


 そう言って、母さんは手紙をぷらぷらと仰いで見せる。


「何それ? ナターシャ夫人から、犯人はメイドさんでしたって手紙以外に?」


「そう、今度領主様の屋敷でパーティーがあって、そこに招かれたのよ」


「ええ! 凄くない!」


 マジか。

 貴族のパーティーに招待されるなんて、そんなことあるんだ。


「行かなきゃだめかなぁ」


「行きたくないの? 凄いことじゃない?」


「肩こりそうじゃない?」


「まあ、それはあるね」


「アルフは行きたい?」


「え、僕も行っていいの?」


「『息子さんもどうぞ』って書いてある」


「ふーん。ちょっと興味あるかな」


「そう?」


「だって食べたことない料理とか食べられそうじゃん」


 こんなド田舎の平民の僕じゃ、一生ありつけないような食事が食べられるとなれば、期待が膨らむってもんだ。


「うーん」


「や、母さんが行きたくないなら無理にとは言わないよ」


「いや、パーティー自体じゃなくて、うーん」


「母さんが貴族だから?」


「そうなの・・・ぶぅう!!」


「大丈夫?」


「けほけほ、ア、アルフなんでそれを・・・あ」


 母さん隠すの下手すぎじゃない。


「だって母さんて、そこはかとなく気品あるし」


「そ、そう? えっへへ」


 うーん、やっぱり違うかなぁ。


「いくら母さんが頑張ってるっていっても、女手一つでなんの苦労もせずに生活するのって無理がない?」


 そう。

 母さんは勿論普段は働いてるんだけど、それでも二人で生活するのに苦労した経験がない。


 それはかなり無理がある。


 家の総資産を未だに知らないけれど、誰かしらの援助があるとは思っていた。


「ふ、流石はアルフ。見事な推理だわ」


「や、そんな大層なものじゃないんだけど」


「ある時は美人のお母さん!」


 おっと、何か始まりましたよ?


「ある時は村のアイドル!」


 三十路だけどね。


「しかしてその実態は! アルベルト侯爵家が長女、カレンさんなのでした!!」


 ババーンと、母さんは両手を広げて見せた。


「おお、侯爵家なんだ」


 思っていたよりも地位が高いぞ。


「そうなのです。偉いのです」


「それで父さんと駆け落ちして出てきちゃったんだ?」


「ぶふぅ!!」


「大丈夫?」


「な、なんでそれを?」


「や、一番ありそうな可能性じゃない?」


 僕は母さんの背中をさすりながら、そう返した。


「コホン。そうなのです。行商で来ていたお父さんに一目ぼれして、愛の逃避行をかましたの」


「かましたんですか」


「だけどそのう、お父さんがああなっちゃったでしょ? だから流石に一人で子育ては難しいかなって思って」


「援助してもらってたんだ?」


「はい・・・」


「家出したのに、戻らずに、援助だけ受けてるのってズルくない?」


「うあああああん! アルフが虐める―!」


「・・・泣くなよ、恥ずかしいな」


 めそめそして、ハンカチで涙を拭いつつ、母さんは咳払いをする。


「だから多分これはナターシャ夫人のお礼という体で、お父様かお母様が仕掛けた陰謀よ」


「陰謀て、母さんに会いたいんじゃない?」


「アルフにもね」


「僕?」


 自分を指さす。


「そりゃあ、孫にも会いたいでしょ。何度か物陰から見てるけど」


「え、マジで?」


「マジよ」


 え、全然知らないんですが?


「それじゃあ、行った方がよくない? ここで断るのは不義理な気がする」


「そうだよねぇー」


 はあっと、母さんはため息をつく。


「分かった。出席の返事を出しておくね」


「分かった」


 おお、貴族のパーティーでお祖父ちゃんとお祖母ちゃんとの初対面か。


 これはドキドキするな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る