第5話記憶復活

「さて、お母さんが心配しないように早く帰るか」


 ゼクスとの密約を済ませ、僕は岐路に着く。


 急いで帰ろうと思って、近道である獣道を通ることにした。


 いつもは危ないからって止められているんだけど、いいよね?


 ガサリ。


 何かがいる。


 僕はドキリとして、音がした方を見ると、藪からウサギが現れた。


「なんだウサギかぁ」


 ん、このウサギ、狩って帰ればお母さん喜ぶかな?


 僕でもウサギくらいならなんとかならないかな?


 よし、捕まえるぞ!


「よーしよし。動くなよー?」


 僕は腰を落としてじりじりとウサギに近づいた。


 ただならぬ気配を感じたのか、ウサギはぴょんと跳ねて行ってしまう。


「あ、待て!」


 くそ、やっぱりウサギは足が速いな。


 僕じゃ追いつけないか?


 頑張れ、頑張れ僕!


 そう自分に言い聞かせ、走り続けたけど、結局ウサギには逃げられた。


 僕は息を切らせ、その場に座り込んだ。


「はぁはぁ。やっぱり無理かぁー」


 もうちょっと大人にならないと無理かな。


 その時はやっぱり弓を習わないと。


「ん? ここ何処だ?」


 戻ろうとして、辺りを見渡すと、そこは知っている景色じゃなかった。


 あれ、僕もしかして迷子になった?


 うああ、大変だ。


 遅くなったらお母さんに怒られる。


 僕は自分の足跡を探した。


 落ち着け、石畳を歩いて来たわけじゃない。


 見つかるはずだ。


「あった!」


 僕の足跡だ。

 これで帰れる。


 ほっと胸を撫で下ろし、僕は足跡を辿った。


 それにしても、随分森の奥の方に来ちゃったんだな。


 この辺りの景色、全然見覚えないや。


 しばらく歩いていたら、あるものが僕の視界に入った。


「なんだこれ? 遺跡、かな」


 そう。

 それは石で出来た建造物。


 そびえ立っているわけじゃなく、洞窟の前に門として建てられたみたいだ。


「この先に、何かあるのかな?」


 いやいや、帰った方がいい。

 お母さんが心配するぞ。


 で、でも。


 僕の探求心がどうしようもなくこの遺跡に惹かれてしまう。


 少し、ほんのちょっとだけ。


 絶対不味いと思いながらも、僕は遺跡の中に足を踏み入れた。



 洞窟の中だっていうのに、そんなに暗くないぞ。


「なんだよぉ。すぐに帰るつもりでいたのに、これじゃあ進めちゃうじゃあないか。はは!」


 誰に言い訳しているんだ(自分です)僕は先に進む。


 それにしても、なんでうっすらと明るいんだろう?


 そうか。

 この壁か。

 この壁自体が光を発しているんだ。


 僕はさわさわと壁を触る。


 触っても、手に何かが付着しているわけじゃないな。

 なんなんだこれは?


 王都だとこういう壁も珍しくないのかな?


 僕はおっかなびっくりといった感じで奥へと進む。


 そうするとずっと通路だったのに、開けた場所に出た。


「お、お邪魔しま~す」


 もし誰かいたらどうしよう?


 胸がドキドキと高鳴る中で、僕は恐る恐る広間へと入る。


 するとそこには巨大な魔法陣があった。


「ま、魔法陣? ってことはこれって魔術!?」


 凄い凄い凄い!


 本物の魔術だ。

 初めて見た。


 僕はかつて無いほどに興奮していた。


「い、一体なんの魔術なんだろう?」


 この魔法陣の中に入っても大丈夫かな?


 つんつんと、端っこの魔法円をつつき、何もないことを確認すると、僕はゆっくりと中へと入り、真ん中まで来た。


「特に、何にも起きないか・・・」


 ふ~。

 拍子抜けというか、安心したというか。


 でもなんなんだろうこれ?


 既に起動した後なんだろうな。


 今では意味のないものなのか。


「あああ! しまった。帰らないと!」


 やばいやばいやばい。

 お母さんに怒られる!


 僕は魔法陣から出ようとすると、これまでに無い程の頭痛が襲ってきた。


「ぐああああああああああああああああああああ!!」


 い、痛い!


 なんだこれ、何が起こったんだ?


 魔法陣の効果?


 いや、多分違う。


 今までにもあった頭痛だ。


 でも、今は自惚れてないし、頭痛になる要因がない。


 それとも本当に神様が頭痛を起こしてるのか?


 この遺跡に入ったからお仕置きをしているのか?


 そんな馬鹿な。


「ぐあ、あぁ。い、痛いよぉ」


 痛すぎる。


 死ぬ。

 死んじゃう!!


 バシュンといった音が、頭の中でした気がして、視界が真っ白になった。


 そして、

 頭痛が治まり、僕はゆっくりと顔を上げた。


 頭痛の治まった瞬間、理解した。

 解った。

 解ってしまった。 


「僕は、転生者だ」



 そうか、そういうことだったのか。


 なんでこんなにも魔術を知りたいと思っているのか。


 どうして、頭がいいのか。


 それは僕が転生して、前世の影響を受けていたから。


 そして今、記憶が戻った。


 でもまだ、完全じゃない。


 思い出したのは、お父さんが死んだ時、お母さんを助ける為に記憶を代償に魔力を使った為に、前世の記憶を忘れたってこと。


 前世の僕は(多分)凄い魔術師だったってこと。


 だから、今僕が凄いのは前世の知能と知識が影響しているからで、自惚れるなって警告してたってこと。


 それに簡単な魔術だけだ。


 前世でどんな生涯を送ったとか、そもそも名前も思い出せない。


 思い出したきっかけはこの魔法陣だ。


 魔術に触れて、それをスルーして帰ろうとしたから僕の中の前世の想いが、『行くな!』って叫んだんだ。


「とすると、この魔法陣の効果じゃないってことなんだよな?」


 うーん。

 中途半端に思い出した知識だけじゃ、これが何なのか、さっぱり解らないや。


「よし、ここにはまた来よう。何時でも来れるんだし」


 また出ようとしたら、あの頭痛がするかな?


 うう~、あれ嫌だなぁ。


 でも、それでまた思い出すなら悪くは・・・いや、やっぱり嫌だ。


 でもこれ以上遅くなるとお母さんがなぁ。


「あ、そうだ!」


 これだけは試そう。


 思い出した簡単な魔術式。


 そして、五歳の僕の小さな魔力。


 これを使って、強く念じる。


「出ろ!!」


 ぽっ。


 指先から火が出現した。


「や、やったぁーーー!!」


 マッチの火くらいの小さな火だけど、出来たぞ、魔術が使えたぞ!


「やった、やったやったやった! うひょーーー!」


 喜びのあまり、ぴょんぴょんと飛び上がっていると、いつの間にか魔法陣の外へと出ていた。


「で、出てしまった。でも、頭痛はないな?」


 一応少しは思い出したから前世の僕も満足したのかな?

 それとも、魔術を使えたからかな?


「まあ、どっちでもいいや。早く帰ろう」


 こうして僕は今度こそ家へと帰った。


 帰ったら勿論、お母さんは凄く心配してて滅茶苦茶怒られた。


 それから僕は何度もこっそりと遺跡に足を運び、この遺跡が何なのか、独自で研究を始めた。


 残念ながら広間の奥には新たな通路はなく、この魔法陣も何なのか、今の僕には解らなかった。


 同時に魔術の訓練も始めた。


 最初は何にも役に立たない(火はマッチの代わりになるけど)魔術しか使えなかったけど、試行錯誤と歳を重ねるごとに魔力のキャパシティーが増えて、使える魔術も威力も増えて行った。


 そして、十年が経った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る