第3話五歳児
僕は床に新聞を敷き、熟読していた。
上から下まで隅から隅まで読みまくる。
情報は大事だ。
この新聞は王都エジベラから送られてくる物だから、三か月も前の情報なのだけど、それでも情報は情報だ。
一度読み終えた後、もう一度さらっと読み直す。
「やっぱり、魔術の記載はない、か」
ふ~、と。息を吐く。
魔術には並々ならない興味がある。
魔術があればお母さんの役に立てる。
女手一つで僕を育ててくれているお母さんに、少しは楽にさせてあげられる。
その気持ちは確かにある。
でも、それとは別にもう一つの気持ちが僕の中にあった。
魔術を学びたい。
魔術をもっと知りたい。
その強い、渇望ともいうべき探求心が僕の中にはある。
本当に魔術に対する僕の想いは、ちょっとどうかと思うほどに強い。
まるで僕の中の別の誰かが、魔術について知りたいと訴えているみたいだ。
「まさかね」
そんな二重人格じゃあるまいし。
そんなことを考えていると、お母さんが帰ってきた。
「帰ったわよー」
「お帰りなさい」
そう言うと、お母さんを出迎える。
だけど、お母さんはため息をついて、ペタンと椅子に座った。
「どうしたの? あれ、水は?」
お母さんは井戸に水を汲みに行ったはずなのに。
しかして、桶の中は空っぽ。
「それがねー、水汲みの滑車が壊れちゃってて」
「ええ! じゃあ水は? スープは?」
「水は貯めてたのがまだあるけど、スープは今日はなーし」
「そんな馬鹿な!」
お母さんのスープは絶品だ。それが食べられないなんて大事件じゃないか!!
「いつ直るの?」
「それが、大工のゼクス君が今留守みたいで、お昼過ぎじゃないかなって」
何やってんだよゼクス。お前の数少ない見せ場だろうが!!
「直しに行こう!」
「え?」
「早く早く!」
「ちょ、ちょっとアルフ?」
僕はお母さんの手を引いて、村の井戸へと向かった。
*********
「アルフ。大丈夫?」
「ぜーぜー。へ、平気だい」
僕の方から飛び出して行ったのに、お母さんに追い抜かれてしまった。
しょうがないじゃん。五歳児だもの!
村には井戸が一つしかなく、井戸の周りには村のみんなでざわざわと騒がしかった。
「マジかよ。どうすんだよ井戸?」
「ゼクスは出かけてる? あいつ、つっかえねーな」
「あたし喉乾いたー」
やっぱりみんな困ってるんだ。
「よお、カレンとアルフじゃないか」
村長さんが僕らに気が付いて声をかけてくる。
うーむ、この人そんなに裕福な村じゃないのになんでこんなにデブってるんだ?
「見ての通り、滑車が壊れていてね」
そう言って、村長さんはカラカラと滑車を回すのだが空転している。
「お母さん。僕にも見せて」
「はいはい」
まだ五歳の僕では井戸の上まで背が届かない。
悔しいけれど、お母さんに抱っこしてもらう。
「はっはっは。神童はこの件も解決してくれるのかな?」
神童って僕のことなんだよね。
なんか恥ずかしー。
ちょっと知恵を出しただけで、そうからかわれる。
僕は滑車を調べ、すぐに歯車が外れていることを発見する。
なんだ、ちょっと外れただけじゃん。
少し調べたら分かるだろうに、みんな苦手意識を持って、詳しく調べるって選択を放棄したな。
「どーう、アルフ。やっぱり分からないでしょ?」
「直せるよ」
「ええ!!?」
お母さんは驚いて僕を落としてしまい、思い切りお尻を着いた。
「いったぁーー!!」
「きゃああ! ごめんねアルフ。だ、大丈夫?」
「極めて深刻に痛いよお母さん。酷い!」
「ご、ごめんね・・・」
お母さんがしゅんとしてしまったので、僕はもう強くは言わない。
村長さんが驚いて僕に問いかける。
「ほ、本当に直るのかい?」
「うん、簡単だよ?」
おおおおおお、と、周りの村人が驚いた。
や、そんな凄いことでもなんでもないんですが。
「じゃ、じゃあどうしよう? お母さんもう一度抱っこしようか?」
「うん。お願い!」
さっき落としたからオドオドしちゃってるけど、だからこそ任せたい。
しょんぼりしたままのお母さんは見てて辛いし。
お母さんに抱えられ、僕は再び滑車を前にする。
「ど、どうアルフ?」
「うん。このままで大丈夫。ちょっと我慢してね」
単に外れてるだけだ。
こんなの子供の僕でも・・・よっと。
「いいよー」
「い、一旦下す?」
「もう直ったよ」
「ええ!?」
「お、落とさないでね!!」
お母さん、これでまた僕落としたら凄くしょげちゃうよ。頑張れお母さん!
「だ、だだ、大丈夫よぉー」
思い切りブルブル震えてらっしゃるけど、落とされなかった。
セーフなので100点満点。
「ほ、本当に直ったのアルフ?」
「うん。村長さん、使ってみてよ」
「お、おう」
そう言って村長さんは滑車を回してみると、歯車はギシっと噛み合い、水をすくった桶が井戸から現れた。
「おおおおお!! ほ、本当に直ってるぞ!!」
「マジか。すげーなアルフ」
「いや、こいつは凄いよ」
「だってまだ五歳でしょ?」
「神童っているんだなー」
へへへ、褒められると気分がいいな~。
「これでスープが作れるね、お母さん」
「え、ええ。そうね」
状況をしっかりと認識できていないのかな?
ちょっと様子がおかしいけど、お母さんは水を我が家の桶に移して家へと向かった。
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