第594話 後悔なんて欠片もない

 ……そして。


 ――これで本当に良いのだろうか?


 右には奈々なながしっかりとくっついている。

 胸の弾力と柔らかさは、神が作った芸術と言えるだろう。

 俺は大きさにはこだわらない性格ではあるが、やはりこれは精神が破壊される。


 左には先輩が、奈々ななと同じ様にくっついている。

 さすがに双子と評されるだけあって、完全に同じと言って良い。

 もう何度も――というより、前の世界を考えれば先輩が想像もしないであろう回数を共に過ごした。

 それでも慣れるとか飽きるという事が無い。

 それどころか、こうして肌を合わせるたびに愛おしさが深くなってくる。

 奈々ななが警戒するのも当然だ。


 しかも入浴前、俺は二人にせがまれて断れず――そう、断れなかったため、彼女たち二人の体を隅々まで洗った。

 仕方がなかったんだよ。もう断れる雰囲気じゃなかったんだ。


 そしてそれが終わった後、今度は二人から洗って貰ったんだ。

 それはもう、体の隅々まで。彼女たちの体で。

 これも仕方がない。お返しをしないのは、仁義に反する。分かるだろう?

 というか、あの黄色いビニールマットは誰が作ったんだ?

 迷宮産じゃないし、多分フランソワだと思うが絶対にそんな知識はない。

 誰かが設計図を書いて作らせたんだろう。

 まあ彼女以外にも技術職は居ただろうから、そう考えるのも早計か。


 こうして余計な事を考えないと、俺の理性はもう天に昇ってしまっただろう。それ程の衝撃だった。

 あんなテクニック、いったい誰が教えたのやら……。


「やっぱり温泉は良いね。普通の銭湯かと思ったけど、ちゃんと温泉みたい」


「ここを作った人が今いるかは分からないけど、きっと相当にこだわったのね」


「この浴槽の石から成分が滲みだしているのかな?」


「ねえ、敬一けいいち君はどう思う?」


 気持ち良すぎて他の事は考えられないです。

 適度なお湯の温度と全身から感じる二人の体温。

 もう体は湯の中に溶け、意識だけが残っているような不思議な感触に捕らわれている。


「ああ、気持ちいよ」


 それだけ言うのがやっとだ。

 それ程に、浴槽の中でも攻められている。

 もう心のたがなど完全に崩壊し、ただただ二人に蹂躙されるがままだ。

 俺が今まで培ったテクニックで逆襲しようにも、二人のコンビネーションがそれを許さない。

 いったいいつから、二人はここまで俺の事で同意したのだろう?





 こうして部屋に戻ると、食事の跡はすっかり片づけられていた。

 いつ? 誰が? どうやって!? だがそんな事はどうでも良い。

 代わりに大きな布団が敷かれ、枕が3つ並べられている。あからさますぎるぞ。

 というか待て待て。幾らなんでも、誰かが来たら分かるぞ?

 どんな状況でも、そこまでほうけちゃいない。


「わー、綺麗に片付いてる」


「布団ももう敷いてあるわね。助かるわ」


 なのに二人とも気にしないところがすごい。

 いや、こんな俺だからこそ、二人のような存在が必要なのだろう。

 少なくとも敵意は無いのだ。今度仕組みは黒瀬川くろせがわにでも聞けばいいじゃないか。


「それじゃあ早速」


「三人で寝ましょう」


 それが睡眠という意味ではない事が分からないような子供ではない。

 というか、もう湯上りに着た浴衣を脱ぎ始めているし。

 だけどいいのか?

 奈々ななは先輩との一件は認めた。だが本人は、結婚するまでお預けなのだ。

 先輩としているのを、横で見ているのか? そんな事は有り得ないだろ。

 しかも俺はもう限界ラインをとっくに突破している。昼までは離さないぞ。


「じゃあ、奈々ななからね」


「う、うん。それじゃあ、よろしくね」


 うっ? いやよろしくって……え?


「妹の初めてなんだから、頑張ってね、敬一けいいち君」


 状況が理解できない。

 俺は幻でも見ているのか?

 召喚者に精神攻撃は効かない。だが、今の本体であればそれが確実と言えるのか?


「えへへ、やっぱりちょっと恥ずかしいな。でも大丈夫。敬一けいいちくんだもん」


 俺の理性の限界はそこまでであった。詳細はよく覚えていない。というより、言葉には出来ない。

 これが奴の精神攻撃であったのなら、俺は敗北したと言って良いだろう。

 だが限界ラインを大きく超え、最後の最後、”奈々ななには手を出さない”という誓いだけが俺を留めていた。

 それを奈々ななの言葉で切られた時、俺の運命は決まっていたのだ。





      (///)





 自分が自分である事を取り戻した時、二人は体力の限界で眠っていた。

 さすがに召喚者はあまり眠らないとは言っても、極度の疲労には勝てない。

 ふと自分の手を見ると、明らかな変化を感じる。

 これは俺の手だ。

 そんな当たり前の感想。だけど、ずっと味わっていなかった感覚でもある。

 始めてスキルを使った時から――いや、もっと前だ。

 制御アイテム無しで迷宮ダンジョンに放り込まれて以来、俺はずっと強化という名の浸食に蝕まれてきた。


 戦いの中、完全に消える寸前にまで追い込まれた事もある。

 何とか復活はしたが、それが解決ではない事くらい分かっていた。

 結局どう足掻いても、じわじわと侵食されて続けていた事に変わりはなかったのだ。

 戻ったように見えても、俺が俺であるための上限は減り続けた。

 もう砂時計の最後の粒が落ちる――そんな状況が近い事も十分に自覚していた。

 だけど今、戻っている。


 スキルに侵食され、体の多くをここでもない、何処でもない何処かへと失った俺はもういない。

 これはスキルを得る前。まっさらな状況と言って良い。

 だけどスキルは残っている。召喚者の力も落ちてはいない。

 これならいける。10や20。いや、例え本体に100回や200回殺されても、俺は耐えられる。

 今なら一人人海戦術すらも可能だろう。


「……あ、おはよう」


「……敬一けいいち君だ。本当の敬一けいいち君だね」


「分かりますか?」


「もう奈々ななの前でも敬語はいらないよね。それに、私のスキルは広域探査エリアサーチだよ。分かるの、その位」


「そうか……」


 俺の状況を理解して、こんな状況をセッティングできるのは風見かざみ黒瀬川くろせがわくらいだろう。

 どちらも何か含む物がありそうで怖いが、今の状況には素直に感謝しなくちゃいけない。

 というか、時間的にあの一件を起こす前にこの事は決まっていたよな。

 やらかしてしまった感が満載だ。

 恩人へのあの程度に、どんな感想を抱いていたのやら。


 それに何よりも、奈々ななと先輩に溢れんばかりの感謝を捧げたい。

 どちらか一人だけだったら不可能だった。実際先輩だけではダメだったし。

 なら奈々ななだけなら? 多分ダメだろう。

 これは二人揃ってこその奇跡と言って良い。


「ありがとう、奈々なな瑞樹みずき


 二人とも満足そうであり、また少し寂しそうな笑顔を浮かべている。

 それはそうだろう。これから奴と命を懸けた決戦をしなければならない。

 クロノスであった頃は絶対の自信があったが、今回はどちらが生き残るかまるで読めない。

 そして勝ったとしても、今夜の記憶は失われる。


 ……って考えているんだろうなあ。


 でも恐ろしい事に、全てが無事完了して日本に戻っても、この記憶は残るんだよね。

 何処かできちんと説明しておかないと、絶対に日本に帰った時に奈々ななに刺される。

 というか、水城みなしろ家の親父さんって、日本刀持っていたんだよな。

 しかも非合法に。

 見た目は大人しめのサラリーマンだったが、実際はどんな人やら。

 それ以前に、白装束を着た奈々ななに斬られる未来しか浮かばない。

 とにかく、そうなる前にきちんと説明しなくちゃだな。

 大丈夫。今の俺なら、数十発の神罰くらい耐えられるさ……多分。


 しかし神罰とはよく言ったものだ。

 俺もダークネスさんの事をとやかく言えないよなぁ……。

 やっぱり、俺は俺だったという事か。

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