第592話 黒瀬川の計画
覚悟と言われて、それなりに心当たりはある。
だが予想で決断できる問題ではない。
「ハッキリと言って欲しい所ですね。どんな覚悟を求めているのです?」
それに自覚もしていた。
後は時期ではあったが、もうそこまで期限が迫っているとは思ってもいなかったのだ。
「
「今更よね。でもまだ足りないの?」
「全く足りませんわ。
「……」
「
「人が悪いですね。そんな事、知らない訳がないでしょう」
――え、そうなんだ!?
だけど考えてみれば、同期と言う名目ではあるが、召喚者としては遥かに先輩だ。甘く見ていた事をちょっと反省するしかない。
「分かっていて、よく黙っておりましたなあ」
「
……そうよね。だからこそ、私もお姉ちゃんとの関係を認めたんだ。
「大局を見据えた見事な決断ですなあ。確かに、
「そんな事態はごめんですね。それで、そろそろ本題を聞かせて欲しい所ですが」
「
「それで良いんですか? その……
「親友が全員死んだ世界に一人でですか?」
そう言いながらキセルを吹かす。
さすがにそんな事を言われたら、“帰れる”なんて軽々しく言えるはずもない。
二人とも
「……それでどうしろと言うんです?」
「それを決めるのは
となれば、目の前の彼女は自分に問うているのだ。その覚悟のほどを。
自分にだって、大事な人生設計がある。だけど大した力を与えられなかった大勢の人間にとって、この問題は人生設計どころか命そのものがかかっている。
それが分かっていてなお、自分の描いた未来図に固執するのかと聞いている。
もう、
「言いたい事は分かりました。
「ウチが確認した限りですと、セポナさんでもある程度は良さそうなんですが。彼女に交渉するという手段もまだありますがなあ」
「それは――ダメ。良いわ、私がやってやろうじゃない」
自分は日本に帰ればここでの記憶はすべて消える。
だけどセポナちゃんの記憶は消えない。
話を聞く限り、まだ経験は無いという。
初めて肌を重ねた相手が異邦人。しかも自分を忘れて本当の世界に帰るなどという非道を、
それは自分の矜持が許さない。
「彼に抱かれればいいのでしょう? いいわ。お姉ちゃんもそうして、
どうせ消える記憶。
それでも嫌なものはどうしようもない。
だけど
そう考えれば、もう答えは決まっているようなものだった。
「話が早くて助かりましたわ。ここでごねられたら、可能な限り説得するつもりでありましたからなあ。それもう、何日かかろうが説得するつもりでありましたのですわ」
「それでも応じなかったらどうするつもりだったのですか?」
「その時はその時ですなあ。こちらで可能な限りの事はさせて頂きます。それが使命ですからなあ。ああ、そうそう。それでしたらこれをどうぞ」
「これは?」
「以前、特別に温泉を作りましてなあ。その利用チケットですわ。正しくは温泉ではないので大浴場ではありますが、雰囲気は近いものがあります故、存分に楽しんで頂けると思いますわ。ただし、部屋は一つしかありません。人数分渡したのは、あくまで公平性の為ですわ」
確かに、ご丁寧にチケットは7枚ある。それぞれに分散して使えという事だろう。
メンバーを考えれば、どう組むかも決まっているようなものだ。
一人で行くハメになる
「では話は終わりですね。我々はそろそろ行きます。ただ言わせて頂ければ、こちらだってバカではない。全員で生きて日本に帰りたいという想いは同じです。こんな席を設けなくても、結果は決まっていましたよ」
そう言った
結局、自分の我が儘で自分の彼氏をこんな状況まで追い込んでしまったのだ。
どうせいつかはこの日が来る。まだ早いと思っていたけれど、実際には遅すぎたくらいだった。
もう覚悟を決めるしかない。
というより、
もう全て夢として忘れるしかない。
本当の夢に描いた未来のために。
★ ■ ★
こうして二人が出て行ったあと、
必ず説得に応じる事は分かっていた。
スキルも強い。
召喚者として十分に成長し、肉体も強い。
どれほどの困難にも潰されなかった精神も強い。
更には、目的のためであれば自分や他の3人すらこの世界から送還する覚悟がある。
それどころか、自分たちを本当の意味で殺さなければ本体を倒せないなどと言う状況に陥れば、彼は迷わずにそれを実行するだろう。
いったいどれほどの苦汁を舐めればあれほどの精神になるのかは想像もつかない。
だが甘い。目的以外の事に関しては隙が多すぎる。
予想通り、日本に記憶を持ち帰る事になったという事を恋人にすら話していなかった。
たしかにまだ“記憶を日本に持ち帰るという事実”とは言えない状況だ。
そんな事、実際に試すことは出来ない。
だが現実に生きたまま日本に送還することは可能となっている。
しかもこちらに関しては実証済み。となれば、おそらくこれもきっと成功するだろう。
彼の高校までは、電車で2時間もあれば行ける。
一体どんな修羅場が待っているのか、今から楽しみでしょうがない。
どうせ生き残ったとしても――というより
友人の誰もいない、あんな世界に。
待っているのは、マスコミの大騒ぎと友たちの葬儀。そしてなぜお前達は生きているんだという遺族の目。
そんな目に合うのだ。この位の希望はあったって良いだろう。
この
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