【 逆襲に燃える 】

第560話 守り切るのは当然だが

「全くどうしてこんな時に限って龍平りゅうへいがいないんだ」


 などと愚痴を言っても仕方がない。あいつも任務中だ。

 みやの指示には申し訳ないが、俺は奈々ななら3人の召喚者には、聖堂庁に立て籠もってヨルエナとセポナを死守する事を命じた。


敬一けいいち君は!?」


 当然聞かれたが、答えは一つだ。


「先ずは先輩と合流だ。その後、俺は召喚庁に寄ってから中央セーフゾーンに行くよ。もう今更だが、奈々ななは絶対に神罰を使うなよ。小規模で身を守る範囲なら良いが、大規模なのはダメだ」


「だけど、頭の中に出聞こえているの。あの場所に、全力で放ってくださいって」


 そう言って指差した先は、おそらく角度的にラーセット郊外の地下数十キロメートル先。要は迷宮ダンジョンの中だ。

 それにしても、塔のメッセージにはそんなものも入っていたのか。


「とにかく絶対にダメだ。約束してくれ、ダメだぞ」


「うん、分かった。大丈夫、強制されているわけじゃないの。ただうるさいだけ」


 だろうな。多分だが、俺が死んだ時に流れるメッセージのようなものか。

 だがこんなケースは想定していない。

 初めてフランソワと一ツ橋ひとつばしが塔をいじって翻訳した時の様に、大量のメッセージが流れているのだろう。

 あれは本当にやかましかった。

 様々な意見を聞きながら余計なものと思われるものは全てオフにしたが、さすがにこれは手付かずだったという事か。

 だけどそれは、召喚者を操れるようなものじゃない。


「うるさいのに関しては我慢してくれ。使ったら消えちゃうんだから、そこはマジで辛抱してくれよ」


「さすがにそんなに短絡的じゃないよう」


 餅の様に膨らむが、この様子なら何の心配もいらないな。


 そんな事をしている間にも、断続的に爆発の地響きを感じる。

 あの時と同じ兵器か、それとも多脚の変なアイテムの火薬がクリティカルを起こしているのかは知らないが、とにかく相当な量だ。

 やはりラーセットが襲われる事はとうに想定済みだったのだろう。

 みやには南にあるイェルクリオの首都ハスマタンが襲われた事は話したが、だからと言ってラーセットの警戒を解く理由は無い。

 やはりこういう点は、本当に信用できる奴だよ。





 〇      ★     〇





「先輩!」


「あ、敬一けいいち君。この騒ぎは?」


 さすがにあのサイレンの中だ。

 とっくに着替えただけでなく、鎧も装着していた。

 あの凄いインナーと違って、上から装着しているのはおへそと二の腕が見えているとはいえ、上半身を覆う重甲鎧。

 頭にも軽装とはいえ、ちゃんとヘルメットは被っている。

 下は膝より少し低い位置まで伸びた、板鎧を幾つも重ねたスカート型の鎧と、こちらも重装備だ。

 因みに色は全部紫で統一されている。

 あのインナーの留め具を見た時にも思ったが、ちゃんと迷宮産だな。

 普通の鎧では、あの程度の金具では重さに耐えられない。


怪物モンスター共の襲撃です。とにかく先輩は俺と一緒に来てください」


「うん、分かった」


 そう言って部屋の隅に置いてあった剣を腰につけ、刃にもレリーフが彫ってあるハルバードをひょいと持ち上げる。

 ここまでの期間、雑魚相手とはいえ迷宮ダンジョン探索はしたし講習も受けた。

 だけどこの手際の良さは……うん、間違いなくゲームからだな。


 こうして移動しながらふと思ったが、互いに普通に”先輩”と”敬一けいいち君”と呼んでいたな。

 まああの時とは違う。名前で呼び合ったらそれこそ先が大変だ。

 その辺りは、ちゃんと先輩も分かっているんだろう。

 同時に自分の節操のなさと、先輩の気持ちに申し訳なく思う。





 ▲     〇     ▲





 召喚庁にはみや風見かざみ、それに緑川みどりかわが揃っていた。

 他の召喚者はいない。

 もう全員出払っているのだろうが……。


 先輩は一応、廊下で待機してもらっている。

 俺の連れとはいえ、一般の召喚者が入ってくるのはあまり良くはないだろうからね。


黒瀬川くろせがわはどうした?」


「他の者たちを支援するために中央セーフゾーンだ。あいつのスキルは知っているだろう」


 いや、何でも食えるとしか知らない。

 今どこまで成長しているのかとか、なかなか聞けなかったしな。


「こういう時に、国内のセーフゾーンが1か所しかないラーセットは護りやすいわね」


「だが壁から這い上ってくる連中がいる。今は教官組と軍務庁の兵士団が対抗しているが、いったいどこから現れたのやら」


 奴の眷属も同類も、それに奴自身もワープは出来ない。

 咲江さきえちゃんと出会った時は確かにハスマタンの近くにいたが、あの時点からもうこちらに動き出していたに違いない。

 だが早すぎる。迷宮ダンジョンを通ったら、こんなに早くは辿り着かない。

 そもそも、ラーセット周辺のセーフゾーンはすべて把握済み。

 もしそれらに分散していたら、気が付かないはずがない。

 この時代の連絡網は、俺の時よりも普及しているしな。


 しかも途中で大変動があった。そういった意味もあって、奴は基本的に何処かのセーフゾーンを巣と定めてそこから動かない。

 となれば、通ったのは地上。

 それでも咲江さきえちゃんの様に見回りをしているのは、何も召喚者だけではない。

 むしろ現地の兵団がその役を担っている。

 それらを掻い潜って大軍勢を移動して来たとなれば、偶然でなければ相当に知恵が回るって事だ。


 何せもう奴の手には時計がある。あそこにいたから確定と考えていい。

 まだハスマタンを襲った時ほどではないし数も減らしているとはいえ、それでも大軍だ。

 地響きだけでも数キロ先から分かるだろう。

 しかも音に驚いた鳥などが一斉に飛び立てば、更に遠くからでも分かる。

 だがやってのけた。

 まったく、悉くことごとくこちらの予想の上を行ってくれるよ。


 それに気になるのは、本体はまた地下か。

 大変動で空いた穴からだろうが、よく見つけたものだ……って、これは簡単か。

 近くに異物があれば、自分が異物になってでも倒そうと出てしまうのが怪物モンスターの習性だった。


「とにかく防御に徹するしかないわ。どうせ本体は倒せないのだもの」


 ちらりと風見かざみがこちらを向くが、確かにその通りです。

 奈々ななに神罰を使わせるわけにはいかない。

 だがそれは、奈々ななだけの話じゃないだろう。


「しかし守り切れるのか? 敬一けいいちの話では、ハスマタンすら飲み込むほどの数がいるんだろ」


「それでも手段がないなら防衛以外に何も出来ないのも事実でしょう。とにかく、動きがあるまでは現状のままよ。犠牲は出るでしょうけど、あいつが来るのならそれまでは耐えるしかないわ」


 なるほど……どう取るかだがおそらくは――、


「俺が最初にここに来たのは、状況の把握と本体の位置を特定するためだ。というか、風見おまえにそれを聞きに来たんだよ」


「何の話かしらね」


「漠然とだが分かっているんだろ。だけど今のお前では届かない。もしくは完全な位置を特定できない。まあ両方の可能性はあるけどな。だからお前としては近くに来てもらいたかったのだろうが、今はそうもいかなくてね」


 風見かざみは何も答えない。ただ俺を睨んだだけだ。

 そしてそれが、予想の正しさを物語っていた。

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