第522話 塔は出来たが前途多難だ

「あれを作ったのも、大昔のお前なんだよ」


 さすがにその言葉には思う所があったらしい。一ツ橋ひとつばしは振り向きこそしないものの、車椅子を止めた。


「クロノスも他の奴も、この件に関しては口を濁すだけだった。だが今言ったな。この私が作ったのだと。それは全てを知っていると受け取ってもいいのか?」


「悪いが俺は神では無くてね。初めてこの塔が作られた時期を俺は知らない。だけど最初の塔を俺は知っている。現地語でもない不快なノイズ。それが塔の発するメッセージだった」


「詳しく聞こうか」


 ようやく、再びこちらに向き直す。


「クロノスが何度もループしている事を知っているか?」


「ループ? 知らないな」


「わたしも知りません」


 やはり教官組は蚊帳の外か。

 今のクロノスが消えた後で召喚された一ツ橋ひとつばしはともかく、本当のクロノスを知るフランソワも知らないとはね。

 しかし、今のクロノス……いや、面倒くさいな。ダークネスさんは前のクロノスから知識を託されている。

 あの塔がその証明だ。


「この話はまだ誰にも秘密だ。先ずそれを約束して欲しい」


「わたしは絶対に誰にも話さない事を約束します」


「私が誰かと話すと? くだらない」


 口約束などに意味がない事は分かっているが、なんかこの二人はそれぞれ別の意味で大丈夫そうだな。


「実はこの世界は――」





 ■     ◇     ■





「フム、興味深いな。時間は確かに流れているが、ある意味ループと呼べるような状況なわけか」


「つまり敬一けいいち様は一度別の時代のクロノスになったけど、その敵のせいで初めて召喚された時に戻って来たのですね」


 二人とも理解が早いなー。

 奈々ななも相当に頭は良い。学年10位から落ちた事は無いからな。

 それでもこの件に関しては、未だに完全には理解していない。

 中学生に負けてるぞ――とは言えないな。元々この二人は別次元の天才だ。

 ましてや、フランソワはラーセットに来てから66年経っている。

 そして一ツ橋ひとつばしは39年だったな。

 期間もそうだが、こんな別世界でそれだけ過ごせば色々と受け入れも早い。


「そしてここからが本題だが、今のクロノスと俺がクロノスになった時の状況には大きな違いがあってな」


 ……と言う訳で、もう何人にもした話を改めて話した。

 その間にも、手は動かす。

 俺たちは召喚者だ。聞きながらでも、きちんと見ていればちゃんと覚える。


「そんな訳で、今の時代の塔は代々引き継がれてきた塔でね。君の声が使われているという事は、制作に関わっている事は間違いないんだよ。それも決して悪い方向にではなくね。なにせ召喚者全員の命に係わる問題だ。信用できない人間には決して任せられないんだよ」


「それで敬一けいいち様の時はその技術は失われていたという訳ですね」


「おかげで苦労したよ。何せ何がどうなったのかさっぱり分からなかったからな」


「どうして最初はそうだったのでしょう」


「代々伝わる伝承を元にした塔だそうだから、案外初めて召喚されたとか言う別世界の人間の言葉なのかもしれないな。もしくは単純に偶然の産物として完成したって所か。禁忌とはいえ、他の国も秘かに研究はしているだろうしな」


「そんな事はどうでもいいだろう。今からでもそちらの塔に戻してもらいたいものだ。そうすれば悪目立ちする事もなくなる」


 いや、お前が目立っていたのは可愛かったからだぞ――とは言えないな。

 この世界では、それはマイナスに働いたようだし。


「それでどうしてその塔を作っているんです?」


 まだ塔とは一言も言ってはいないが……まあ話の流れで分かるか。


「今はあるのだろう。それとも、そのノイズとやらの塔を作ってくれているのか? そこまでお人よしなら歓迎しよう。無害な蟲としてな」


 一ツ橋ひとつばし目がけて跳んでいった2本の槍を剣で叩き落とす。

 当然、そこまでの距離は外した。

 もうやる事が分かっていたから、対処は簡単だ。


「少し落ち着け」


「ですが――!」


一ツ橋ひとつばしも分かっているんだから挑発するな」


「……」


 昔はあんなに仲が良かったのになあと思うが、こちらの時代では生きてきた環境も何もかも違うのだから仕方がない。


「今作っているのは、それの改良版だ。フランソワと一ツ橋ひとつばしが共同で作った物でな。最初の内は余計な機能が多すぎて不評だったがそうだが、みんな笑って流していたそうだ。俺は丁度かなり遠くにいたのでその辺りの事は聞いただけだが、帰った時にはかなり良くなっていたよ」


「……ちょっと信じられないですね」


「考えられないな」


 フランソワは『こいつと?』というニュアンスだが、一ツ橋ひとつばしはかなり複雑な感情がこもっている。

 しかし事実だ。


 こうして話ながら作っていたが、この塔は資材と機材さえあれば半日もあればできる。

 そして機材は予想通りあった。なにせこっちの世界の物を改良する為の道具は、時代が変わってもそんなんなに変わらない。

 何せ基礎技術と加工品が同じだからね。結論も同じになる。

 むしろ今の方が進んでいる分、こちらの方が使いやすいな。


 こうして次第に出来上がって来ると、興味の方が遥かに上回ったのだろう。二人とも、無言で見入っていた。


「さてこれで完成だ」


「召喚の塔って、こんな形をしていたんですね」


「実際には取り付けるものがあるが、それはまた今度な。それでフランソワ、一ツ橋ひとつばし。見た感想合どうだ?」


「まだ何ともわかりません」


「これだけ見せられてもな。それで、これは今までの物とやらとどう違うんだ?」


「こいつは人を死ななくするための塔さ。もっとも、俺が死んだらお終いだけどな」


「そんな事はさせません」


「ありがとう、期待しているよ。それとこの塔は新しく設置するが、君たちには今度1本ずつ作って渡しておく。各自で研究してくれ。本当は、二人で協力してくれるとありがたいんだけどな」


敬一けいいち様のご命令でしたら……」


 そう言って目を逸らすフランソワ。


「協力? この世で最もくだらない言葉だ」


 そう言って今度こそ本当に帰っていく一ツ橋ひとつばし

 前途は多難だな。

 だが必ずこの二人の協力は必要になると思う。

 ならなければそれで良い。だけど、そう楽観も出来ないのが俺の性格だからな。

 そろそろこの時代の奴の姿を拝みたいところだが……前途多難だ。

 龍平りゅうへいはちゃんと説明しただろうか?

 怖いから、先に搭の設置を済ませよう。

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