【 俺 】

第465話 完全に消えることは許されない

 どうして気が付かなかったんだろうか?

 落ち着いて全てを総合すれば、もうそれしか答えはなかったじゃないか。

 黒瀬川くろせがわの話を聞いた後、俺は探究者の村へと飛んだ。


 一応、黒瀬川くろせがわ緑川みどりかわには奈々ななの件は保留する様に伝えておいた。


「それはどうですかね。これでも立場は風見あっちの方が上なんで、命令されると断るわけには……」


「俺に2度、宮神明みやしんめいを殺させたいならそうしろと伝えろ」


 その一言で2人は硬直した。意識したわけではないが、壁や柱にひびが入り、天井からばらばらと素材が落ちてきたのも影響したかもしれない。

 案外戻ったらひと悶着あるかもしれない。だが今は知った事か。





 〇     □     〇





 この世界のクロノスはとっくに死んでいた。

 黒瀬川くろせがわの話では、奴を倒す為に何度も戦ったという。

 だがそれは、倒せる事を期待してではない。最終的な目的のために、力を削いでおくのが目的だった。

 まああわよくば倒せる事にも期待したようだが、どうも彼らの力はほんの少しだけ足りなかったらしい。

 奴は傷つきながらも多くの召喚者を殺し、またその傷を修復するために眷属を取り込んだ。


「俺のスキルで傷口を変化させたんだ。回復させないようにな。だけどそれが逆に、本体が強化する閃きを与えてしまったとクロノスは言っていたよ。本当ならもう少し楽だったらしいんだけどな。まあ俺のせいだよ」


「クロノスさんは一言も貴方を責めなかったですわ。こんな事は何度もあった事だと。それに力を削ぎ続けて時間さえ稼げれば、最後には切り札を使うから問題は無いともいうてましたわ」


「それは奈々ななの事か」


「そうです。一発こっきりの使い捨て。人知を超えた最強のスキル”神罰”。正に神話に残る神の所業に匹敵すると聞いておりますな」


「具体的にはどんな感じなんだ?」


「音もなく、直径200キロメートル、深さ500キロメートル。高さは天にまで届き、そこにあるもの全てを一瞬で消滅させる光の柱。それが、彼女が使える最大威力のスキルと聞いておりますな」


「だけどそれは人の身に余る。水城奈々みなしろななはその力の行使の代償として消滅した。最初のクロノスはそれでおかしくなってしまったそうだ」


 気持ちは分かる。今、その時の自分だったらと想像してしまったよ。

 自分の無知で奈々ななを殺してしまった訳か。

 それなりにはリスクは聞いていたはずだ。だけど最初の俺だ。この世界への認識も足りない。何処か何とかなるだろうという、甘い気持ちがあったのだろう。


 俺だって人の事は言えない。奈々ななに会いに行ったことや、先輩を取り戻した事。

 あれも相当に甘い算段だった。

 きっといざ実行するまでは、絶対の自信があったんだろうな。これで全てが終わって後は帰る方法を探すだけだと。

 ただそうだとすると――、


「最初のクロノスが壊れた事は誰がどうやって伝えたんだ? それに途中で何度も失敗して死んでいるんだったな。やはりその場合はどうするんだ?」


「他の人に交代はしますわ。今はみやさんがやっておりますな。クロノスさんはその点も抜かりの無い方で、自分の死後も決めてありましたわ」


「ラーセットの防衛や奈々ななの事。それに、俺を召喚してから地球に帰す算段などだな」


 黒瀬川くろせがわはゆっくりと煙を吹き出すと――、


「ウチらの説明って、本当に要りますん? なんか全てを知っているようで、何かを試されているような気分ですわ」


「そんな気はないんだけどな」


 とは言うものの、未だに黒瀬川くろせがわが言っていた“罪”という言葉に当てはまるような内容が出てこない。

 風見かざみも罪というなら全員の罪だと応えていたな。

 だけど緑川みどりかわの失敗は、それに当てはまるとは思えない。

 何かを隠している事は間違いないんだが――、


「ただ後から俺の話をする時に言おうと思っていた事を知りたい。俺が死んだ場合、どうやって次の俺を地球に帰したんだ?」


「クロノスは死にましたが、力は残っております。魂とでも言いましょうか……あの方は、もう消え去る事も許されんのですなあ。いつも言っておりましたよ。自分には本当の意味で死ぬことは許されない。ここにいる。だけどいない。そんな影法師となって留まり続けるのだと。その様子だと、もう知っているようですけれども」


 何処にもいない影法師――その言葉を、俺は知っている。

 なるほどね……そうか。肉体は死に、もうこの世の何処にもいない。だけど存在はしている訳か。

 そんな事を、ダークネスさんも言っていたな。

 俺も確かにそうなった。だけどあの時は、咲江さきえちゃんがこっちに引き戻してくれたんだ。

 いや……今何か心にもやもやっとした感覚が?


「そのクロノスの彷徨える魂とやらと接触は出来ないのか?」


 まあ出来るわけがない事はわかっているけどな。

 もう戻れない所まで行ってしまった……それ以外考えられないし。


「接触か――そうだな。本人には話しても問題ないだろう」


「そうでありますな。今回のイレギュラー、きっと今までにない転機ですわ。会いに行くのも良いのではないですか?」


「会えるのか? 消えてしまった俺に?」


 それは意外すぎる情報だ。

 あの状態から、いったいどうやって!?


「ある場所におりますわ。行くのは構いませんし、クロノスと風見かざみさんは押さえておきましょう。ですが、ちゃんと恋人さんが目覚める前にはお帰り下さいな。そちらの話がまだでございますし。それが分かるまでは、たとえ貴方に脅されてもやるしかありません」


 確かに話をしてから行くという事も出来た。

 むしろその方が、話はスムーズに進むだろう。頭では分かっているんだ。

 だけど今は、心が行けと訴えていたんだ。


「分かった。すぐに戻る。だから教えてくれ」


「では……」

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