【 第三部 再びのラーセット 】

第460話 予想通り召喚された時なのだが

 冷たい石のような床の感覚……俺は倒れているのか……。

 そうか、最後の時間跳躍が終わったんだ。そしてここは召喚の間という事か。

 アイツはこの前に17年の時間跳躍をした。それ以上となると、俺はこの世界に来ていない。だけど今、俺はここに居る。

 となると、俺の予想は完璧に合っていた事になる。俺が存在しない時間には行けないというね。


 ……しかしおかしいな。ミーネルに召喚された時の石畳は、もっとごつごつしたレンガのような感触だった気がする。

 それに俺の記憶も鮮明だ。まあ記憶の方は召喚された俺ではなく未来から戻って来た俺なのだから納得はするが、何だこの違和感は。

 それに周囲に人の気配がある。それも結構多い。

 おかしいぞ?

 あの時、ミーネル以外は全員命を代償として俺を召喚した。彼女しかいなかったはずだ。

 このまま倒れたまま、少し様子を見るべきだろうか――そんな事を思案していた時、急に声が聞こえて来た。

 これは俺が知っている人物……ヨルエナ・スー・アディン!?

 俺を召喚した神官。それ以来、互いにずっと敵視していた女……なのだが。


「この方が、成瀬敬一なるせけいいち様なのですね? ああ、確かに伝承に伝わる特徴がございます」


「間違いないのね?」


「ああ、俺だ。間違いない」


 認識阻害された二人の声。片方はクロノスか。

 この感じは確かに俺だな。今の俺でなければ、本当にそう思ってもおかしくはない。

 これはスキルじゃない。アイテムの様だ。あの時は確かに俺だと確信したが、今こうして聞くと声が少々お粗末だ。

 俺もあの頃よりも、随分と成長したものだと思うが、それよりも――、


成瀬なるせ様、これからわたくしの成す事をお許し――いえこれは決して許されない事です。ですが……ですが申し訳ございません。これからする行いは、私の命で必ずや償います。例え全ての恨みを消す事は無理でも、どうか憎むのは私だけにして下さい。お願いいたします。ラーセットは……ラーセットの人々は……今でも決して貴方の御恩を忘れてなどおりません」


 声が近い。跪いているのか?

 それに泣いている……想像も出来ない。

 初めて会った時の冷厳な態度。乳を揉んだ時の感触。その時に垣間見えた素の状態の――ごく普通の女性の顔。

 そして神殿で時計を奪った時のやり取り。全部忘れるわけがない。

 あの彼女のセリフとはとても思えないな。

 俺の手を握るが、彼女の手は震えていた。そして柔らかく温かい。何とも奇妙な感じだ。


 だが、彼女の存在が今の時代を教えてくれる。

 それにクロノスでは無く成瀬なるせ様か。

 考える事は山ほどある。だけど今は、余計な思考は外せ。

 そんな事など後でいくらでもできる。今は静かに状況を観察するべきだ。

 幸い周りは全員召喚されたばかりで寝ているし、俺もそうだと思っているようだしな。

 ここは暫し様子を見よう。


「もういいだろう。それよりも、今は先にやる事があるだろう。その――」


水城奈々みなしろなな


「そうだ。水城奈々みなしろななはどれだ」


 苦笑しそうになる。俺が奈々ななを分からないはずがないだろう。

 それにしても変だな。こいつがクロノスを名乗っている事自体もそうだが、俺たち召喚者は基本的に覚えた事は忘れない。奈々ななのような重要人物――それも知っていたようなのに名前の方は覚えていない様子だ。そんな事があるのか?

 ただ話し方、イントネーション、間の取り方……その点は、まさに俺そのものなんだよな。

 違う事は分かっているのだが、複雑な気分だ。


「た、ただ今、全員の名前を確認いたします」


 慌ててヨルエナが応えるが――、


「その必要はないでしょ。そっちかあっちか……クロノスが散々言っていた特徴に合致するわ。その二人を調べればいいだけよ」


「クロノスは俺だろ。あまりおかしなことを言うなよ」


「そうね……分かっているわ。ごめんなさい。ちょっと動揺してしまっただけよ」


 感覚でしか分からないが、声の主がクロノスを名乗る男を優しく抱きしめた事を感じる。

 胸の奥がチリチリと焼けた様に痛い。

 互いにそんな関係では無いと言っていたが、俺はやっぱり浮気者だな。自分で思っていたよりも本気だったんだ。

 恥ずかしい話だ。


「分かりました。こちらの方が、水城奈々みなしろなな様で間違いありません。ああ、神に感謝致します。こうして無事、お二人をお迎えすることが出来ました」


 俺が神殿でヨルエナと敵対した時、とても神官とは思えない言葉を口にした。


『そうですね。ハズレの貴方が戻って来るなど、神すらも予見しなかったでしょう』だったな。


 だけど、俺がクロノスとしてラーセットで出会った神殿関係者は、皆信心深かった。

 だからちょっと引っ掛かっていたけど、なんだ――ちゃんと彼女も神官長らしいじゃないか。


「なら、そっちは予定通り私がやるとしましょう。準備は任せていいわね?」


 疲れた感じのする声。口調も少し変わっているな。

 だけど彼女が誰かはもう分かった。

 あっちに居た時よりも固い感じもする。いったいどれほど苦労したんだろう。


「それなんだが、本当にやってしまって良いのか?」


 3人目の声――ヨルエナも入れれば4人だが、もう1人強い気配を感じる。

 おそらく最古の4人が全員そろっているな。

 しかしその一人がこいつかー……頑張ったんだなあ。


「今更それを言うの? まさか一発勝負をするわけにはいかないでしょ。弾は多い方が良いし」


「それは分かっている。それがその――あの人の計画でもあった。それは理解しているんだ。だけどあの人は最後まで迷っていた。もう少し考えるべきじゃないのか? 少なくとも、樋室ひむろさんとは協議すべきだ。それにあそこには……」


「それがどうだっていうのよ」


 意外な名前が出て、一瞬ドキッとした。

 気付かれていないといけど。

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