第448話 この頃はまだ準備も不十分だな

 さて、本体戦で14期生の多くが亡くなったが、5人が生き残っている。

 カマキリの卵の様な膜に覆われてやりすごした4人と、フランソワこと田中玉子たなかたまこだ。

 とはいっても、まだ彼女フランソワは召喚されてから3年半ほど。まだ自分の工房を完成させるほどには至っていない。

 知識も少なく、塔を改良するという事すら考えていない頃だ。


 今教えても良い物だろうか?

 まあダメだな。もっとこの世界を自分で見て、感じて、理解しないと、幾ら天才とはいえ辿り着けない境地がある。

 それを完成品を見せて、“将来これを作るんだよ”なんて過程をすっ飛ばすと、逆にそこで成長が止まる可能性がある。

 前回教えても良いと思えたのは、既に一ツ橋ひとつばしと一緒に塔の改良を行った経験があったからだ。


 そんな訳で、召喚庁に保管されている材料から自分一人で新しい塔を制作した。

 いつかフランソワに、この件に関して話せる日が来るのだろうか?

 いや、来るさ。必ずな。

 そのためにも、ここでやられるわけにはいかない。

 とはいえ……いや、これは今後でいい。一応、彼女当てのメモを残しておこう。

 無駄になってくれれば良いんだけどな。





 ★     □     ★





 神官長のクーナル・ニー・アディンに新しい塔と交換する事を説明した後、召喚庁に戻って粗末ででかい箱を取り出す。

 ちょっと苦笑してしまう。この頃はこんなのだったんだよな。

 これは今一番性能の良い通信機だ。

 とはいってもこの頃はまだセーフゾーンの解放も進んではおらず、中継器もないため届く範囲は限定的だ。


 先ずは肝心の磯野いそのに連絡したが……出ない。

 今頃は例の3人を連れて迷宮ダンジョンの奥地を探っている事か。

 ただ単純に奥地と言っても、この時期だとまだ奴の本体に近い。

 椎名愛しいなあいが奴の移動経路の痕跡を過去へと辿っている時だな。

 そして間違いなく、既に本体は逃げ出している。

 下手をすると、また磯野いその達と鉢合わせだ。

 こんな時期に出会ったら、たとえ生き残っても今度こそ帰ると言い出しかねん。そもそも椎名しいなが倒されると、俺が失敗した時に色々と支障が出てしまう。あまり時間は無いな。


 幸い龍平りゅうへいの方はすぐに捕まった。丁度地上に来ていたんだ。ただし――、


「クロノス様ですか。何か緊急の事でも?」


 そうなんだよな。この時点では、記憶は戻っていない。平八へいはちのままだ。

 そして双子もいない。

 戦力として物凄く不安だが、やるしかない。


「もう一度、本体を倒しに行く。付いて来てくれるか?」


「場所は分かっているのですか?」


 かなり大きく時代をさかのぼってしまったからな。既にかなり居場所は変わっている。

 ただこちらの頭の中には、奴がこれまでに移動した経路が刻まれている。

 当然、今までいたであろう位置も覚えているわけだよ。もう逃げ始めているだろうけど。

 さて、あいつはどう動いたかだが……。


 これまでに、一度罠に引っかかって大損害を出している。

 しかもラーセット、更には14期生の時と、この段階でも2回戦っている時点だ。最初の時は会えなかったけどな。

 それでも、既に何らかの罠や戦闘準備が整えられている可能性を否定しきれまい。

 そして一番大きな問題は、あいつはこちらと双子が出会った時期を知らない事だ。

 ことごとくあいつを倒してきた殲滅者。この移動を機に、完全な状態で対策したいだろう。

 となれば、行くところは限られている。

 ただそれだけに、その前に倒したい。優先順位は磯野いその達の方が上だけどな。


「ああ、大体の予想はついている。ただ今はとにかく近辺にいる召喚者の避難が優先だ。特に磯野いそのたち一行の安全を確保しないと色々とマズいからな。だが可能であれば、ここで奴と決着を付けたい。準備不足は否めないが――」


「それでも俺が必要だと思ったから呼んだのでしょう? なら行きます。召喚庁でいいですか?」


「ああ。こちらに来てくれ」


 龍平りゅうへいが本気で移動すれば、1時間もしないうちに到達するだろう。

 こうして連絡を済ませ振り返ると、いつの間にか背後に風見かざみが立っていた。

 音も立てずにじーっと見ていたらしい。ちょっと怖い。


「や、やあ。どうしたんだ、風見かざみ


「昨日とは全く違う。もう完全に別人ね」


 さすがに鋭くていらっしゃる。


「また本体と戦ったの? それも、かなり未来かしらね」


 こりゃ誤魔化しは一切効かないな。

 なにせ39年経っているんだ。現地人にとってはひとくくりに強い召喚者の範疇でも、実際にこの間の成長は風見かざみにとっては大きな変化だろう。


「ああ、もう39年戻って来た」


「呆れた。迂闊には仕掛けないんじゃなかったの? まさか無策でここまで戦い続けたわけ?」


 ジト目……というよりかなりきつい目つきでこちらを睨みつけてくる。

 彼女が辛辣なのはいつもの事だが、いつもはもっと丸みがある。

 ただこの頃、児玉こだまを失った期間は特にきつかった。

 半年前から肌を合わせる関係ではあるが、互いに愛し合っていたかと言われると困る。そんな頃だ。


「ここまで戻るのも作戦の内なんだ。詳しい話は移動中にするよ。今は連絡が付く限りの召喚者に連絡をしてくれ」


「かなりの犠牲が出ると思うけど?」


「後で話すが、それはもう解決済みだ。それに全員を投入するわけじゃないし、本体とも戦わせる気はない。今は一刻も早く、奴の近くにいるであろう磯野いその達と連絡を取って逃がさなけりゃいけない。その探索が第一だ。ただ眷属との戦いには、やはりベテランがいる。その点でいえば総力戦にも違いがな」


「詳しい話は移動中にでも聞くわ。どうせ外から行くんでしょ?」


「話が早くて助かる」

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