第397話 この理性の弱さも弊害に違いないという事にしてくれ

「その兄の事なんですが――」


 こちらの意向を無視して話が進んでしまった。


「クロノス様は、何かご存知ではないのですか?」


「いや、正直に言ってその点に関しては何も知らないんだ」


「では、どうしてわたしをフランソワと呼んだのですか?」


 どうしてもこうしても、前の時代でそう呼ばれていたからだよ。

 ただそれをどう説明する? 前世の記憶とでも言うか?

 ダメに決まっているよな。俺が以前――と言っても未来にここに呼び出されて、追放されて、戻って来て、また地球に戻ってなんて荒唐無稽な話、今この状況で打ち明けても絶対に信じられない。逆に信用を失いかねないわ。

 だけど何か言っておかないと納得しないだろう。そういう真剣な瞳でこちらを見ている。

 さて、嘘は下手をすると看破される恐れのある世界ではあるが――、


「何となくだよ。ふと自然にフランソワと呼んでしまったんだ」


「ふふ、ならもしかしたら、昔兄に会っていたのかもしれませんね。わたしとは全く似ていませんが、仕草の何処かに共通点があったのかもしれません」


 なんか納得してくれたようでセーフ。

 というか、本当に可愛らしく笑うんだな。

 野口のぐち君には厳しかったが……。

 それにしても――、


「君のお兄さんがフランソワって、なんか変わった感じだね」


 何処からどう見ても、彼女は日本人だ。

 こけしと言うか日本人形というか、とにかくそんな感じ。

 そういや千鳥ゆうちどりゆうもそんな感じだな。髪形や身長、体格も似ている。

 中身はまあ……だいぶ違うけどな。

 だけど話の流れからして、フランソワってのが兄の名前に間違いないだろう。

 ハーフ? 再婚? まあ家庭の事情に深入りする気は無かったのだが――、


「フランソワはあだ名です。何でそうなったかは知りませんが、本名はたなかフェニックスです」


「……えっと、どんな字を書くんだ?」


「苗字は同じ田中たなかで、名前は火鳥ひのとりとかいてフェニックスです」


 せめてそこは不死鳥にしてやれよ!

 というかフェニックスの妹が卵ってどんな親だよ!

 人の名前にケチをつけるほど狭量ではないと今の今まで思っていたが、さすがにこれは説教をかましたいところだ。


「それでそのお兄さんは?」


「一緒に暮らしていますよ。だからもしかしたら、わたしより以前に召喚されたのかもと思ったんです」


「いや、それは無かったな」


「はい、わたしも気になって、今までの召喚者リストには目を通しました。だから会っているとしても、向こうの世界でですね」


 日本でって言わない所からすると、もう相当に馴染んでいるな—。

 しかしそうか……予想でしかないが、多分以前の世界では兄も召喚された。だけど死んでしまった。

 経緯は分からないが、その時彼女は名を継ぐことにしたんだろう。そしてこっちでは間違えてその名で呼んでしまった。

 色々と歴史を変えてしまったわけだ。これで彼女の兄である本物のフランソワが来たらどうしよう。

 複雑な状態になってしまうな。


「どうかしましたか?」


 あっと、少し考え事をしてしまったか。


「君の機械いじりはお兄さんの影響なんだよね?」


「ええ、凄い人なんですよ。ちょっとやり過ぎるところもありましたが、わたしの憧れです。その影響でしょうか。子供の頃から、おままごと道具よりはんだごてを持っていましたし、人形遊びよりも自立移動できるロボットを作る方が好きでした」


 ある意味凄い経歴だな。だけど、何となく彼女の事が分かった気がするよ。

 これからの為に作ってもらいたいものは数多いが、さて何処まで要求していいか……。

 いや、そこを考えても仕方がないな。必要なものは全部作ってもらおう。当然、支援を惜しむわけにもいかなけどね。


一ツ橋ひとつばしにも頼むけど、欲しいものが色々とあってね。必要な素材があったらいつでも言ってくれ。可能な限り用意しよう」


「はい! ありがとうございます!」


 本当に嬉しそうに目をキラキラさせている。

 以前戦った時の無表情や殺意が嘘の様だ。うん、絶対に敵には回さないようにしよう。





 ――朝


「何処にもいないと報告があったからセンサーを辿って来てみたら……昨夜は随分とお楽しみだったみたいね」


 児玉こだまの声で飛び起きる。

 それこそベッドから飛び跳ねて一回転して着地するほどに。


「別にそこまで凄い反応しなくて良いって。性格はよく理解しているつもりだから。それに、私は絵里奈えりなよりも寛大だよ」


 でもジト目だ。理解しているけど呆れている感じか。まあ当たり前だが。

 つかそんな物、いつの間に取り付けられていたんだ!?

 でもこの様子なら風見かざみには秘密って事かな? セーフ。


 昨夜はフランソワの研究室で今まで作った物を見せてもらって、その後色々と今後必要になるものを相談したんだ。

 そこで材料とかの話をしながらプライベートな話になって……先にキスをしてきたのは彼女の方だった。

 まあ後は俺が手取り足取り今までに培ったテクニックを存分に披露したわけだ。

 いやいや、”わけだ”じゃねーよ俺の理性。何処まで節操が無いの。


「あ、あの、児玉こだま様。こ、こ、今回の事は――申し訳ございません!」


「ああ分かってるから大丈夫。でも簡単に隙を見せちゃだめだよ。これって、本質的には野獣だから」


 なんか酷い事を言われながら、俺は児玉こだまに連れていかれたのだった。

 でも確かに、最近スキルを使っていないのに体が勝手に求めてしまう。これが弊害って奴の一つなのだろうか。


「神妙な顔をしてもダメだからね。さて、さっさと風見かざみの所へ行こうか。あの子も心配していたからね。きっちり説明しておかないと」


「結局連れていくんじゃないかー! それはご勘弁をー!」


 その後は色々と容赦がなかった……。

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