第379話 奈々も奇妙な立場だったのか

「それで、会ってみてどうだったんだ」


「興味が無かったとはいえ瑞樹みずきの妹だ。色々話をしてみたさ。日本にいた頃と比べて少し雰囲気は変わっていたな。それと、いちいち栗森くりもりの野郎が口を挟むから面倒でやかましかったよ」


 栗森剛くりもりごう……将来を約束された野球部のスター。そして奈々ななの恋人……か。


「二人っきりで会っていたわけじゃないのか?」


「今の話の流れで、そんな事が許されると思うのか?」


「思わないな」


「一応、部屋にいたのは奈々なな栗森くりもり、それに護衛――の役にも立たないだろうが、武装した現地兵が四人だ」


 確かに戦力としては何の意味も無いな。

 だが暴れるなら倒さなければならない。良心の呵責用に置かれた羊って所か。


「あと、気配があったな。誰かがいた」


「認識疎外か。クロノスか?」


「今考えても、空気が違うな。別人だろう。だけどどうにも似た感じは今でもたびたび感じてはいるんだ」


 俺たちの記憶は風化しない。

 だけどそれはラーセットにいる間だけだ。地球ですごした時間の分、やがり記憶が薄れていく。

 それでも、クロノスかどうかを間違えない事はさっき知った。

 ならば今いる誰かだろうが、当時と今ではそれぞれの立場がまるで違う。

 認識疎外はクロノスがかけたのか? だとしたらその点に関しては向こうの方が上だな。俺には出来ない芸当だ。

 それにしても、密かに奈々ななの護衛を任されるほどの人間が今どんな地位にいるかなんて想像もつかないか。


 しかしこれで一つ分かる。

 やはり奈々ななは特別な地位にいる。俺が想像していたより、遥かに上に。

 そして最終的には、奈々ななの天罰で奴ごとハスマタンを消滅させるか……一体何処までが更に前の歴史を継承していたのやら。

 その後どうなったのかを知りたいが、こればっかりは不可能だ。諦めるしかないか。


「それで話を戻したいんだが」


「ああ、会った時の話しか」


「どんな小さな点でも良いんだ。何かないか?」


「無いな。当時の話なんかも色々としたが、特に不自然な点は無かった。知っているだろうことは知っていたし、知らない事は知らなかった。ちゃんと瑞樹みずきの事も気にしていたしな。お前の事をきれいさっぱり吹っ切っていたのは少しだけ違和感があったが、まあその程度の関係だったってだけの話だろうと思っただけだな。どうせ手も出してなかったんだろう?」


 酷い奴だなー。


「他には何か無かったのか?」


「何も無いな。さっきも言ったが、別段変わった所も無かった。あんな世界で瑞樹みずきと離れている割には明るくお気楽だと思ったが、元々あんな性格だしな。それに大事にされていた様だったし、何より新しい男が出来たならあんな物だろう」


 さっきから胸にぐさぐさと刺さる、言葉とか思い出とか色々な。

 だけどちょっと足りないぞ。いや、刺さった物じゃなく話の内容がね。


「その時、奈々ななは指輪を付けていなかったか?」


 龍平りゅうへいは目を閉じて考え込んでいる。当時の情景を、写真の様に正確に思い出しているんだ。


「気にもしていなかったが……確かに付けていたな。左手の小指だ……間違いない」


ごうの野郎も付けていたよな」


「あいつは左手の薬指に付けていたな。似合っていなかったのでそっちは覚えている」


 普通は逆だろう。今更言いたくはないが、もてないぞ、お前。

 さてそれはともかく――、


「左手の小指に指輪を付ける意味……龍平りゅうへいは知っているか?」


「知るわけがないだろう」


 こいつには、あの双子の爪のアカを煎じて飲ませてやりたい。


「指輪を付ける手と指にはそれぞれ意があってな。小指の場合、右手だったら永遠の愛への誓い。左手だったら、幸運を呼びよせる為と言われているんだよ。だから互いに愛し合っているというのなら、ごうは正しいんだろう。だけど奈々ななはおかしいんだ」


「そんな意味があったとは初耳だ。覚えておこう」


 全く――ダークネスさんはちゃんと知っていたのにな。

 ……って考えてみれば、やはり前の俺も気になっていて龍平りゅうへいに話したのではないだろうか?

 だとしたら納得……いや、やっぱりおかしいぞ。どうにも気にかかる。


「なあ、ちょっと話を飛ばすが、ダークネスさんとは戦ったんだよな?」


「そうだな。あの時の事は、うっすらと覚えている」


「何か気が付いた事は無いか?」


「ふむ……あいつは俺の事をよく分かっていたよ。内面まで完全に言い当てていた。まるで俺自身のようにな。今考えてみれば、それは当然だろう。今の俺が平八へいはちで、いずれはアレになったのだろうからな。まあ今回はあんな無様な姿になるつもりはないが」


「それなんだけどな。今まで召喚者を元の世界に戻す手段は無かった。それは、俺だからこそ言い切れる。当時の俺にはまだ不可能だった事だ」


「それはそうだろうな。こっちで死んだら、日本でもやはり本当の死だ。それは言われるまでもなく肌で感じていた。召喚者の多くも薄々は分かっていたよ。だから何度も反乱を起こされたんだろう。その辺りは当時色々と調べたさ」


「ならさ、あの平八へいはちさんは誰だよ。当時の俺は、お前を日本に帰す事なんて不可能だぞ。俺は時計の針を使ってでも帰さなければいけなかったが、次を選べるなら奈々なな、それに先輩。ついでひたちさんか咲江さきえちゃんか……余裕があるなら檜室ひむろさんなんかも候補に入るな」


「おい、俺はどうなった」


「最後の最後だよ。よくいうだろ、こういう時は身内を最後にするものだって」


「女どもは先に帰す気だったようだが?」


「大事な人たちなんだから当然だろ」


「やっぱお前、いっぺん殺すわ」


 じりじりと迫って来るが、今ここで龍平りゅうへいに殺されてやるわけにはいかないな。

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