第312話 これはまた懐かしいな

 4人が俺を囲み、残った6人は散り散りに逃げて行く。

 例の場所とか言っていたが、まあ誰も来なければそれぞれどこかの国へと落ち伸びる手はずなのだろう。

 だけど何処かに一度集合するのはありがたい。上手くすれば、そこで対処が出来るからな。

 それよりも、俺を囲んでいる4人が問題か。


 宮神明みやしんめいはもう説明不要だな。

 さっきは軽くあしらったが、それは一人で来たからだ。彼は俺が見込んだ教官組。侮って良い相手ではない。


 そして荒木幸次郎あらきこうじろう

 かつては教官組で、対峙した時は恐ろしい程のプレッシャーを感じた。あの時戦えば、間違いなく負けていただろう。

 だけど今は召喚されたばかり……なんだけど、相変わらずプレッシャーは凄いな。雰囲気が怖いからか? まあプロレスラーのようなマスクをしているから顔は分からんが。

 スキルは持久力。たいして育ってはいないが、今の段階でもスタミナは無尽蔵と言えるな。


 三人目は中条仁なかじょうひとし

 7期生、前田咲まえださきの右腕のような男だ。確か召喚された時は中学三年生だったな。

 175センチと恵まれた体格と筋肉。確かサッカー部で、結構な実力者だと聞いていた。

 美男と言う訳ではないが、内から湧き上がる自信がいわゆる良い男に見せている。結構モテるタイプだろう。

 ちなみにスキルは“肉膨張”。名前だけだとよく分からないスキルだが、触れた肉を膨張させ破裂させる嫌なスキルだ。

 スキルは召喚者には効きづらいが、精神系と違って接触系やエネルギー系は結構効く。

 彼もそれなりに戦って来た人間だ。侮れないな。


 新人の荒木あらきはともかく、他の連中はもうこの世界に来て長い。迷宮ダンジョンでの経験に関しては俺より上になった位だ。

 だけど、ここには彼らがかすむ存在がいる。彼女とこの3人が戦ったら、間違いなく彼女が勝つだろう。それも圧倒して。


「お前の男は、他の女と逃げてしまったようだぞ。それでもお前は戦うのか、児玉こだま


「惚れた弱みって奴かね。アンタだって、惚れた女は逃がすでしょ?」


 そう言われてしまうと、もう何も言えないな。


「それに、見逃す気があるの?」


 正直に言ってしまえば、児玉里莉こだまさとりは見逃したい。

 ここまで働いてくれた功績は桁違いだし、それ以上に召喚者の事で多くの気苦労を掛けた。

 確かに今回の事は大変な問題だが、それでも彼女のこれまでの働きから考えれば謹慎程度で済ませても文句は出ないと思われる。

 だけど、それは彼女を知る人間だけだ。新人連中にとっては、古参の馴れ合いにしか見えないだろうな。

 一体どうすればいのやら。

 もう何度そう思ったか分からないが、誰か俺に答えを教えてくれよ。


「いや……だめだな」


 望んだ所で誰も俺に答えはくれない。全部自分で考えて、その責任もまた全て自分で負うしかないんだ。


「今回の件に関わった人間は、全員この世界から消えてもらう。それ以外に、周りを納得させる手段はない」


 俺はあえて、消えてもらうと言った。彼女はもう知っているからな、これで通じるだろう。


 その言葉を合図とするかのように、一斉に攻撃が始まった。

 大量に転がっていた迷宮産の武具がふわりと浮き上がり、一斉に飛来する。児玉こだまのスキルか。

 というか多すぎる。何百だ!?

 召喚者が使っていた物だけじゃない。これはリカーン兵が持っていた武器がメインか。


 隙間が無い。避ける道が無い。これは参った。長く庁舎で待機していた俺に比べ、彼女の戦闘経験はもう俺より上だ。

 おそらくだが、リカーン兵が倒される事も最初から計算ずくだったのだろう。


 仕方あるまい、ここは受けるしかない。

 何本もの剣が、槍が、ナイフが、斧が、俺の胸や腹、背に突き刺さる。


《※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※》


 なんだ? 頭の中に何かを感じた。響いたような、奇妙な空気。懐かしい何かの感覚……そうだ、あれだ。


《避けられない死が確定しました。“ハズレ”ます》


 これだ!

 この頃には、まだ日本語じゃなかったのか。

 となると――じゃないな、間違いなくあのアナウンスは後で誰かの手によって作られたものだ。

 ああ、聞いておけばよかったな。

 スキルが強化された時、皆はどんな感じだったんだろう。


 いやまあそんな状況ではないけどね。

 というか、もう彼らにとっては俺は致命傷を負ったように見えたのだろう。勝ち誇った3人の顔。そして意外そうで……そしてどこか違和感を覚えている児玉こだまの表情。さすがに彼女は分かっているな。


「これで終わりだ! クロノス!」


 ふう……マジで懐かしいわ、この感じ。


 両手の剣で斬りかかって来た宮神明みやしんめいの目の前で、まるで脱皮するかのように古い体から新たな俺がすり抜ける。

 同時に地面に落ちていく武器。そして驚愕に見開かれる眼。だけど手遅れだ。

 剣が届くよりも先にみやの首を掴むと、俺はそのまま容赦なくへし折った。

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