第273話 あの資料はゴミだったか

 そんな訳で、地上で待機する事5か月。

 新たに3人の中学生を加え、8人になった長谷ながやチームは迷宮ダンジョン探索にも慣れ、既に2回帰還して3度目のチャレンジ中だ。

 今までラーセットが発見出来なかったセーフゾーンを40か所以上発見し、内6か所に居た強大な怪物モンスターも倒したという。

 正直、自分でも驚くほどの成果と成長だ。


 にもかかわらず、今のところ報酬や待遇に目立った不満はない。

 良いものを持ってくればちやほやされるし、たとえダメでもラーセットの人は落胆などしない。

 成果に関わらず歓迎パーティーを開き、労をねぎらう。

 宿舎も夢の世界らしくとても豪華な部屋を用意した。

 ちなみにベッドなどは普通だぞ。さすがに俺じゃないのだから、ピンクのハートが付いた丸いベッドとかは置いていない。品格を疑われるからな。

 そんな訳で、俺の私室に入って良いのはケーシュとロフレだけだ。


 余談だが、そこまでの事が出来るのもケーシュとロフレのおかげだ。

 彼女たちには、みっちりと日本語を教え込んだ。それこそスパルタで。

 ミーネルも話せるが、こちらは産休中。もう数日で生まれると言うから楽しみだ。

 現在代理で召喚しているシェマンも、もちろん日本語はバッチリだ。

 何せ召喚されてからマージサウルが宣戦布告するまでの約7か月、ずっと一緒に暮らしてきたわけだしな。

 あの時の少女たちは、大抵会話には支障ないんじゃないかな。


 それでも召喚庁の人間として、窓口になるのはケーシュとロフレだ。

 彼女たちが彼らとよく話し、待遇の改善など様々な要求を聞き、反映させる。

 こうして、今まで問題無くやって来れているんだ。





 そんな中、俺は内務庁を訪れ長官のゼルゼナ・アント・ラグに会っていた。

 今更ながら、マージサウルから入手した例の資料の件に関してだ。戦争になったら、あちらにつく裏切り者リストってやつだな。


「調査しましたが、結論から言えば全く意味がありません」


「その心は?」


「信憑性と状況の変化によるもの。それによる、民衆の反応を加味した結果です」


「いやもう少しわかりやすく頼む」


 威厳の為に知ったかぶりをするのはたやすいが、それは損でしかない。

 大体、俺は政治とか謀略とかは全くダメ。専門外。そんな事を学ぶ時間があるなら、電子顕微鏡を覗いていた人間だ。ここは素直に教えて頂こう。


「ではまず信憑性に関してです」


「入手した状況は説明しただろ? 疑うのか?」


「クロノス様が入手して経緯に関しては疑いなどありません。どこの商家とも、確執も無ければ特別に懇意な場所もありませんし」


 さらっと“調べましたよ”的な事を言ったな。

 これまでの期間、まさかそんな事を調べるために使っていたのか?


「ただ、開戦の後押しや、自分の人脈を誇示するために名前を使われた可能性は否定できません」


 確かに、出した場面に問題がなくとも、出したやつの問題がある可能性があるって事か。


「それに、協力に合意した商家があったとしても、そのほとんどは実際にラーセットがダメになった時の保険であるだけの可能性があります。自分たちは協力していた。だから敵ではない――とね」


 まあ商売人としてはそうなるよね。生きていくためにも、敵対はしたくない。というか、ある意味自分達の権利が保障されていれば、国の名前や旗なんて何処でも良いって人間は確かにいる。

 ましてや、自分や家族の生き死にまでかかってしまったら尚更か。


「そんな訳で、この資料を開示する事に意味はありません。ましてや処罰などしてしまったら、後は密告社会になるまでそう間もないでしょう。彼らマージサウルとしては、敗れながらもある意味勝利という訳です」


「なるほどね。ある意味、俺は知らぬ間に爆弾を掴まされていたという事か」


「ばく……? まあ毒の様なものです。ですので――」


「ああ、分かっている。俺も公表はしないし、中身に関してもこれ以上気にはしない」


 こうして、このあの資料は処分する事になった。もし何かあった時の証拠にとも思ったが、その先は結局ゼルゼナの言う通りだ。あれを証拠にしてしまった時点で、あそこに名を書かれた人間が全員裏切り者にされてしまう。

 俺に変な権力が無くて良かった。あったらヤバい恐怖政治への道を進んだだろうな。

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