第262話 こいつでは話にならないな

「俺がここに来たのは――」


 チリンチリンチリンチリン――。


「グラヌ、ゼー、フラオン、ヌー、ムー、ウー!」


 チリンチリンチリンチリン――。


「うるせえ!」


 金属の風鈴を外す。正確に言えば分解だな。


「う、うわぁ! か、神よ! 何と言う事をー! 貴様―!」


「うるさいから黙っていろ!」


 顎の骨と両肩を外す。


「うごあ! あっ、がっ!」


 これでしばらく大人しいだろう。

 今は助けてくれる人間もいないしな。

 それにしても――、


「さすがは軍務庁長官だな。随分と堂々としているものだ」


「名乗った覚えは無いがな」


「お前が内務庁や神殿庁の長官だったら逆に驚くよ」


「はっ! それもそうか。まあいい、さっさと殺せと言いたいが、噂の召喚者の力を知らずして死ぬのも面白くはない」


 そう言って立ち上がるが、こいつの武器もさっき分解済みだ。


「武器は良いのか?」


「素手の方が得意でね」


 そう言って両手の拳を合わせる。挨拶? 儀式? なんにせよ意味は分からん。分かるのは、勢い良く突進して来た事だけだ。

 スタイルはボクシングに近い。大振りのテレフォンパンチは無い。巨体に似合わぬステップを踏みながら、左右をジャブの速度で華麗に打ち分けてくる。

 両利きなのか、かなり変則的だ。それにジャブと言ってもこの巨漢。普通の人間の全力パンチよりも威力は上だろう。

 でもちゃんと知っているよな、相手が召喚者である事を。素手でどうにかなる相手ではない事も。

 だけど矜持か責任か、とにかく逃げる事は許されないんだ。それにはきちんと答えよう。


 相手の攻撃は全て外している。それに加えて、両肩、両膝も外す。

 突然芋虫の様にゴロンと転がったこの男は、自分が何をされたかも分かるまい。触れてもいないしな。


「ちっ、もう動けんか。これまでだな」


 冷静な口調だが、その瞳は憎悪に満ちている。

 分かっているさ。こういう男は助けてもダメだ。意味がない。

 不屈の闘志を持つ、決して折れない人間だ。これだけの大きな国の軍務を支えていると考えれば、怪物モンスター相手に……だけじゃないな、人間相手にも相当な艱難辛苦かんなんしんくを味わっているだろう。

 今更俺が一つ挫折を味合わせた所で、ラーセットへの攻撃はやめないだろう。


「覚悟は出来ている様だな。結構。最後に言い残すことはあるか?」


「余裕だな。その慢心が、いずれ貴様を殺す。我等マージサウルの民がな!」


「なら良い。お前の様に堂々としている男は嫌いではなかったよ」


 そういって、命を外す。もう今の俺には、人を殺すのに武器は必要ない。

 だけど殺したって何も解決しない。これは国家の問題だ。もう昔の様にただ戦えばいいって状態じゃない。

 むしろ殺せば殺すだけ、物事は複雑化し、解決する手段を失ってしまう。

 その程度の事は、分かってはいるんだけどさ……。





 さて、そんなことをしている内に神殿庁の長官は部屋から逃げ出していたが、俺が相手では意味が無いだろう。

 距離を外し、目の前に移動する。

 どうやらここは軍務庁だったらしい。部屋や廊下にいる全員が軍服を着ている。

 ただ武器はせいぜい短剣程度。それも帯剣していない人間の方が多い。

 そりゃそうだろうな、ここは最前線の基地じゃない。内務の事務所だ。


「ひ、ひいぃい! しょ、召喚者だ! この男は召喚者だ! こ、殺せ!」


 俺を見たとたんに腰を抜かしてへたり込んだ神殿庁の長官は大騒ぎだ。

 体を動かすエネルギーを全部声に費やしているんじゃないかって位にやかましい。

 というか外した顎が戻っている。治してもらったのだろうが、自分で治したのだとしたら大したものだ。


 そしてやかましさで言えば辺りも騒然としている。

 認識阻害はさっき完全に外したからな。召喚者の特徴くらいは知っているのだろう。

 しかし今更ながらアレだな。ここまでハッキリと姿をさらしていると、ラーセットで隠している意味がない。


 前回の件といい今回の事といい、いつか召喚者の誰かが映像を見るのではないだろうか?

 さすがに高校生の当時と比べれば印象も雰囲気も変わった。何より、奈々ななたちの死や世界の崩壊が、俺という人間を大きく変えた。

 だがまあ、普通に会話しちゃうとバレるだろうな。その点はあんま変わらないものだし。

 だからここで姿を見られたり記録を撮られるのは、まあ良しとしておこう。


 そんな事をしているうちに、彼らの心の導火線は大事なところに到達したのだろう。

 それは恐怖。ざわざわしていた周囲は一斉に悲鳴に変わり、我先へと逃げ惑う。

 何人も押され、倒れた人間は容赦なく踏み潰される。

 階段の方ではもっと派手に悲鳴が上がっていた。パニックになり、押され、転げ落ち、勝手に被害を増やしていく。あれが全部俺のせいになるのかと思うと気が重い。

 まあ俺のせいなんだけどね。


 そんな事より目の前のこの男。数本の毛がパイナップルの葉のように広がった髪型をした、小太りで醜悪な奴。


 また何か呪言のようなものを吐いているが、さっきの風鈴は無いぞ。それともあれはただの飾りか?

 まあこいつもダメだ。

 人間がどうのこうのではない。脅せば完全に屈しそうに見えるが、その実違う。

 追いつめられると、人は本性が出るという。こいつは召喚者を怪物モンスターと同様に扱い、決して互いに手を取る事は無い。ここまで追い詰められているのに、未だ無駄な呪文を唱えているのが良い証拠だ。


「その呪文が無駄だと、まだ気がつかないのか?」


「召喚者ごときが口を開くな、汚らわしい! 貴様も、貴様を召喚した恥知らずのラーセット人も、全員処刑して迷宮パオローゾに捧げてくれるわ!」


「分かり易い答えをありがとう」


 躊躇の必然性も感じない。

 俺は容赦なく、さほど心に響くなにかも無く、無造作にこいつの命も外した。

 後一人か……。

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