【 急変 】

第188話 急に言われても意味が分からない

 焦っても仕方が無いとはいえ、やはりプレッシャーからピリピリしてくる。

 未だに帰る方法は分からず、召喚者の数も減り、新たな大神殿も出来てしまった。

 手段は二つだ。このままここで迎撃し、時計を死守する。

 はいダメ―。向こうが本気なら勝てるわけがない。


 ならここまでのポリシーを捨てて、時計を返す。

 ある意味現実的な選択だ。俺はまあお尋ね者だが、いつかアルバトロスさんが言ったように、いざとなったらどこまでも逃げる俺を追い続けるほど彼等も暇でもあるまい。

 ただ帰還への道は失われる……かと言えばそうでもない。実際に、あっちも研究はしていたというのだ。だけど百年も成果が出なかったというのだから、今後も出る保証は欠片も無い。

 やっぱりもう帰れなくなって、この世界で死ぬ日を迎えるまで何処かで暮らすしかないのだろうか。

 それに新たに召喚が始まれば、新たな犠牲者が出続ける事は間違いない。

 俺は詐欺と殺人の協力者になるわけだ。


 一応もう一個手段はあるぞ。俺が時計を持って、この世界をどこまでも逃げ回るという手がな。

 まあ、考えただけで却下だ。それでどうにかなる可能性がこれっぽっちもない。ただの嫌がらせだ。


「手詰まりだ—!」


 叫んでも意味はない。最初から研究をやり直したいが、当然時は戻らない。

 やっぱり覚悟を決めるしかないだろう。戦う覚悟ではなく、諦める覚悟だ。

 時計は返して、俺は暫く身を隠す。ただの意地で、皆を勝ち目のない戦いに巻き込むわけにはいかないのだ。


 ――皆に相談しよう。樋室ひむろさんや正臣まさおみ君、それにもちろんダークネスさんやひたちさん、それに他のみんなにもな。


「ちょっと出かけてくるよ」


 俺はとりあえず、最初の相談をすべくダークネスさんの家に向かった。

 やはりこの件に関して相談するのなら、あの人が最初だろう。


「やあ、お出かけかい?」


「ええ、ダークネスさんの家までちょっとね」


「今日は良い野菜が取れたよ。あとでひたちさんに渡しておくよ」


「ああ、ありがとうございます」


 すれ違う村の現地人の人たちとあいさつを交わす。

 さすがに2年も経てば、会話くらい出来るようになる。もちろん、セポナに習った点も大きいけどな。

 俺が元の世界に戻ったら、セポナはやっぱりここで暮らすのか……それとも再びロンダピアザで暮らせるようになるのかは分からないな。

 だけど、出来る限りの便宜は図らなきゃいけない。それがここまでの恩を返すという事だ。

 寂しい話だけど、やがて彼女も現地の人と恋をして、子供を産んで、そして子や孫に囲まれて幸せな生涯を終えるのだろう。

 だけど俺達召喚者は違う。帰れなければ、何も残せず、ただ死ぬまでこの世界のために働くんだ。


 ……どこか遠い国にでも行こうか。それもいいかもしれない――なんて思うけどそれはダメだな。皆をぞろぞろと連れて行ったら、それこそ残った人の負担が大きくなりすぎる。主にノルマ的に。

 結局は身を隠すにしても、一生働かなければいけなのだ。


 ただ実際、色々と考えてしまう。

 アルバトロスさんは、俺や少数の人数くらいなら何とか便宜を図ると言ってくれた。

 実際、ぼっちの咲江さきえちゃんはノルマも免除され、現地人の協力を行っていたようだ。

 でも召喚者を呼び寄せるための犠牲や負担を考えると、それが決して簡単な事ではない事が分かる。

 あの人――いや、教官組やその上の人間達も、実際には複雑な立場なのかもしれない。

 帰還の研究を続けていたって事は、俺達の命を使い捨てる事に抵抗を感じていなかったわけでは無いのだろうしな。





 そんな事を考えていたら、もう着いた。

 いや狭い村だしね、実際すぐなんだよ。

 ただ軽くノックをするが、返事がない。

 ノブを回してみるが、鍵もかかっている。どうやら出かけている様だ。

 というか、あの人が鍵を掛ける姿が想像できない。もっとこう、非常識な世界で生きているような人のような感じがしたからな。

 だけど留守なら仕方が無い。ここは出直すとしよう。

 そう考えて帰路についた途中だった。なにやらこちらに向かって、咲江さきえちゃんが全速力で駆けてくる。

 なんだか嫌な予感しかしない。


「やっぱりまだここに居たか。変な所をうろついていたらどうしようかと思ったよ」


「いや徘徊老人じゃないんだし、用が済んだらまっすぐ帰るよ。それよりそんなに慌ててどうしたんだ?」


「緊急事態だよ」


 その言葉を聞いた時、俺はもう手遅れだったのかと思った。

 だが、それは少し違ったらしい。


「南方国家のイェルクリオが滅ぶって。今ラーセットも大騒ぎだよ」


 意味が分からない。状況も分からない。だけど、俺は樋室ひむろさんの家に駆け出していた。多分みんな、そこに居るのであろうから。

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