第189話 さらばゴミ屋敷

 走りながら考えていた。


「あの部屋、全員入れるのか?」


 その心配は半分当たり半分外れていた。

 ドアから窓から、中の汚物が容赦なく外に捨てられている。同時に絨毯の様に玄関から広がっていく黒い虫。一体どれくらい飼っていたんだよ。


 取り敢えず緊急事態だ。虫を踏み潰し、登ってきた分は払いながら家へと入る。


「……全部大事な研究資料なのよ」


 中には毛のびっしり生えた白黒模様の四本脚に、不気味なほど長い6本腕。そして体は全身チューブで出来ている様な樋室ひむろさんが、椅子に座って泣いていた。

 いやこれは偽の体だけどな。と言うかあのゴミ、一応は意味があったのか。信じないけど。


「とにかく全員入れるようにしなきゃダメでしょ」


 アイテムテレポーターの剣崎けんざきさんが容赦なく荷物を捨てる。

 スキルを使っていない所を見ると、制限があるのか量が多すぎるのか……。

 まあ完全に地層になっていたしな。


「と言っても、柴村しばむらたち数名はまだ戻ってはおらんがな」


 うわっと! いつの間にかダークネスさんが後ろにいた。しかも相変わらず騎乗しているし。


敬一けいいち様も手伝って頂けませんか?」


「研究資料と言ってもただのゴミみたいなものだから、気にせず全部捨てちゃっていいよ」


「まあまあ、後で戻しますから……多分」


 テキパキと片付けるひたちさん。それを外へと豪快に投げ捨てる研究員の鷲津絵里梨わしおえりりさん。そして樋室ひむろさんを慰めている、同じ研究員の菱沼玲人ひしぬまれいとさん。


 ちなみにセポナと先輩は気圧されて外で見学。咲江さきえちゃんはと言うと――」


「虫が全部いなくなるまで絶対に入らないからね!」


 迷宮ダンジョンで虫型モンスターは結構倒していたし、エビみたいな味で定番の食料だったから平気だと思ったのだけど、やっぱり苦手意識を喚起するあの虫はダメな様だ。





 本気で片づけたら半年は掛かりそうだったけど、掃除のプロはゴミ屋敷を3日で空にするという。

 だが彼らは5時間ほどで完了してしまった。まあ一部屋だし、全部窓や玄関から捨てただけだしな。

 どちらかと言えば、外に散乱したゴミの山の方が問題だ。本当に後で元に戻すのだろうか?

 老婆心ながら言わせてもらうが、素直に捨てちゃった方が良いよ――と心の中で思う。


 だがこれで、中には人が入れるようになった。馬は当然外だけどな。

 中には樋室ひむろさんの代理人形に正臣まさおみ君。それにダークネスさんの村を代表する三人。

 それに一緒に研究を続けていた鷲津絵里梨わしずえりりさんと菱沼玲人ひしぬまれいとさん。

 更にひたちさんは当然として、咲江さきえちゃんに先輩、それに現地人であるセポナもいる。

 まあセポナは呼ばれたというよりもおまけで付いてきたのだろうけど。


「これで全員そろったね。それじゃあ早速始めよう。いいね、樋室ひむろさん」


「もう好きにして……」


 あの姿でねられても気持ち悪いだけだが、それ以前に大事おおごとなんだろ。しっかりして欲しい。


「では話を進めよう。以前にも話したけど、この世界には人類の天敵と呼ばれる怪物モンスターがいる」


 代表して雅臣まあおみ君が話を切り出したが、それは地下にも地上にも山ほどいるわけだが……と思うが、無粋なツッコミは止めておこう。

 ここで言っているモンスターとは多分――いや、確実にあの遺跡の国を滅ぼしたやつの話だろう。


「何千年も昔に現れたと言われているけど、さすがに僕にはその理由は分からない。だけど大昔にはラーセットにも現れたそうだ」


「……貴方がたに行ってもらった国も、滅ぼしたのはその怪物モンスターよ」


 あ、樋室ひむろさんが少し回復した。

 というよりやっぱりそうだよな。国を亡ぼすような怪物モンスターが、そう何匹もいてたまるか。


 しかし、破壊された都市の惨状は、それはもう酷いものだった。

 とても再建できないほどにまで徹底的に破壊されつくされ、利用できるのは召喚者くらいなものだ。

 ふと黒竜の話を思い出したが、なんとなく――いや、確実に繋がっている。

 俺の勘では、おそらく同一の個体だ。いや勘も何も無いな。それ以外の可能性は簡単にスキルで排除できた。

 それ程に、もうそれしかないというほどの強敵なのだろう。


「私はよくロンダピアザの図書館に行くけど、そいつの詳しい事は記録に無いのよね。ただラーセットに現れた時は、クロノスが追い返したらしいわ。でも倒せてはいないのは確実ね。今こうして南方国家のイェルクリオに向かっているのですからね」


 へー、鷲津わしずさんがたまにいなくなるのは知っていたけど、ロンダピアザに行っていたんだ。

 いやまあそれは置いておいて、


「向かっている? じゃあ到着した訳じゃないのか?」


「時間の問題ね。もうイェルクリオの衛星都市からは離脱者が続出中よ。でもあの大国の人口を受け入れられる国なんてないし、怪物モンスターが徘徊する世界を民間人が無事逃げ切れる保証も無いわね」


「そうか……」


 確かに都市の外は美しい大自然ではあったが、そんな事を考える余裕があったのは俺達が召喚者だったからだ。民間人が集団で動いても、怪物モンスターの餌となるだけだ。

 護るべき兵士は……いないな。兵士だけじゃない。戦える人間は、ほぼ全てその怪物モンスターと戦う為の準備をしているだろう。

 何せラーセットが撃退しているのだ。それより大きな国が抵抗しないなんて考えられないだろう。

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