第159話 相変わらず強情なやつだな

 奥に行くには金属の頑丈な扉があった。その辺りはしっかりしているな。

 だけど、こういったのはむしろ俺の得意分野だ。何の苦労も無く、ノブに触れただけで鍵を外して中に入る。


 その先にあったのはガラス張りの壁。横には金庫のような分厚い扉があるが、当然閉まっている。

 ガラスには丸く幾つもの穴があり、まるで刑務所の面会所だな。行った事は無いけれど。

 部屋の中はそこそこ整っており、普通の部屋のようにも見える。だがトイレなども全部丸見え。プライベートは欠片も無い。まあ囚人なのだからそうだろう。

 そんな部屋に、見知った顔があった。まあ当然か。いなかったら慌てて帰っているところだ。


 向こうもこちらに気が付いたのだろう。だがその時の表情を何と表現したらいいのだろう。嫌悪、怒り……だけど何処か憎めない空気を醸してる。

 だけど一番大きいのは不快だな。見るからに嫌そうな顔をすると――、


「何しに来たのですか。文句ですか? それとも拷問でもしますか? 残念ながら、何をされてもスキルの制御アイテムは渡しませんけどね」


 吐き捨てるようにそう言った。まあそうだろうな。


「それとも復讐? 殺しに来たの? 凌辱したいの? まあ貴方なら入るのも容易でしょう。何でもお好きに」


 言われてみれば、彼女は少し厚めのガウンの様な衣装だけ。バスローブに近いが紐などの類は無い。当然下着も無いだろう。自殺に使えそうなものは無いって訳だ。

 確かにやろうと思えばそんな事も出来るだろう。一発ぶん殴ってやりたいと思っていたのも事実だ。

 だけど気になったのはそこじゃない。


「その様子だと、俺がスキルでこの扉の鍵を外せるって知っているって訳だ。スキルなしのハズレとはよくもぬけぬけと言い切ったものだ。最初から分かっていたな」


「さあどうでしょうね」


 いかにもなすっとぼけ。本気で殴ってやりたい。

 だけどここは心を落ち着けよう。

 というより、この時点で予定と違う。本当はもっと厳重で、彼女も大騒ぎをして、その上で俺が逃げる。迷宮ダンジョンに向かってな。

 その間にひたちさんが瑞樹みずき先輩を何とか誘い出す計画だった。彼女の顔を咲江さきえちゃんは知らなかった。そうなれば、龍平りゅへいの仲間にも知られていないだろう。


 そして外に出て、素直に付いて来てくれるならそれも良し。ダメなら咲江さきえちゃんが気絶させて攫う。

 我ながら乱暴な手段だが、それが一番確実だろう。

 まあ龍平りゅうへいがいたら計画は頓挫だが、俺が騒ぎを起こしても来ないとは思わない。

 なのに、何でこいつはこんなに落ち着いているのやら……。


「まあ少し話せるのならそれもいいさ。なぜ俺にスキルを制御するアイテムを渡さなかったんだ?」


「スキルなしのハズレだからですよ」


 ……やはり拷問するか。


 俺が召喚された日を覚えていたから渡さなかった――その可能性は無い。

 あの日、一緒に穴に落ちたサッカー部の先輩にはスキルがあり、当然制御するアイテムも貰っていた。

 あの時、俺だけが例外としてもらえなかったんだ。そして誰もが俺がスキルなしだと思い込んだ。おかげで変な意味で有名人だ。


「正直言って、俺のスキルは結構便利だと思うんだよ。それにそちらが変な工作さえしなければ、ここまで問題がこじれる事も、あんな惨劇を引き起こす事もなかった。責任転嫁とは言わないが、お前がきちんとスキルを説明して制御アイテムさえ渡していれば、ここまで問題は大きくならなかったんだ。分かっているのか? 元をただせば、あの殺戮さつりくはお前のつまらない意地悪が原因なんだぞ」


「何と言われようが、貴方に制御アイテムを渡さなかった事に後悔はありません。復讐をしたいのならお好きに。どうせ死刑になる身ですしね」


 完全に開き直りやがったなー。


「ならこういうのはどうだ? お前をここから逃がしてやる。もちろん大神官様とやらの贅沢な暮らしは出来ないが、まあ生きていれば色々出来るさ。そこまで自暴自棄になっているのなら、試してみるのも良いんじゃないか? 当然、タダじゃないがな。最低限、アイテムを渡さなかった理由だけ話してもらうぞ」


 悪くはない提案だと思う。彼女だって死にたくは無いだろう。それに手元に置いてしまえばこっちのものだ。聞き出す手段は色々とあるだろう。

 だが――、


「ふふふ、面白い事を言いますね。わたしくは死刑になる事など恐れてはいませんわ。ここで惨めに逃げて晩節を汚すより、素直に、堂々と死を選びます。貴方の様に何の誇りもない人間とは違うのですよ」


 俺の提案は、あっさりと却下された。

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