第143話 こんな所で射的の的になっても仕方がない

 少し切り立った崖の上から、西山龍平にしやまりゅうへいは自分を見上げる男の姿を捕らえていた。

 まだ200メートルはあるが、こちらをクッキリと認識しているのは明らかだ。

 肉体強化のスキルを持つ自分にとってはごく当たり前の事だが、敬一けいいちの能力は未知数。だがスキルを使い続け、相当に強化された召喚者であれば、その位は出来てもおかしくはない。それほどまでに鍛えられたのだろうか。

 情報は戦力に直結する。ましてや召喚者同士の戦いとなれば、即死級のスキルが飛び交う世界だ。知るか知らないかでは大きく状況が変わる。

 しかし以前の神官長はハズレだ、スキルは無いと言い張っている。話にならない。現実に奴はスキルを使っているのに。


「リーダー、どうします」


「やる事は変わらない。それより、隣にいる女は見覚えがあるが……なぜ一緒にいると思う?」


「さすがになんとも……どうしましょうか」


 どうするどうする……こいつは結局それだ。あの時も、その後もそうだった。きっと最後はどうしてとでも言うのだろう――が、


「先行している懲罰部隊に降伏勧告をさせろ。その過程であの女の探りも入れさせろ。連行しているようには見えんし、何も知らずに行動している馬鹿とも思えない。何か意味があるのかもしれないからな」


「了解です。そろそろ金城かねしろも呼んできますね」





 草を掻き分け、2人の男が正面から出てくる。周囲を囲んでいた連中の一部か。

 俺と同じような軽装の革鎧に近接用のロングソード。二人とも同じような格好だが、片方は円形盾ラウンドシールドも持っている。

 着ている服のボロさに対し、剣も盾も美しい装飾が成され、未知の金属を思わせる輝きがある。

 だけど間違いなく現地人。粛清部隊か。


「※▼◆□ ▽○○□」


 何か言ってくるが、俺にはさっぱりわからない。

 いきなり攻撃してこなかったって事は、多分降伏勧告辺りだろうか。まさかランチのお誘いでもあるまい。


「彼らが何を言っているか分かるか?」


「降伏しろってニュアンスかな。あんまり彼らの言葉はわからなくって」


 ソロで活動していたのにいい加減だなー。これじゃあ日常生活にも支障をきたしただろう。貧乏くじを引かされるのも分かる。

 だけどまあこれだけ強い召喚者だしな。必要になった時だけセポナの様な通訳を雇えば良いだけか。


『確かに間違いありません。武器を捨てて投稿しろと言っています』


 そういやひたちさんも現地語は分かるんだったな。それに違っていればセポナが何か言うだろう。

 ……ってそうだ、彼等も通信機を持っている可能性がある。

 俺らが持っているのは一方通行。こちらの音は全部拾って伝えるが、向こうからの言葉は装着者にしか聞こえない。形は違えど、殆どの通信アイテムがこれだそうだ。

 となると、条件は同じか。ならば当人同士が会話できる必然性は無い。

 だからこう返してやったんだ。


「御託は無用だ。降伏などしない。面倒だからさっさとかかってこい――龍平りゅうへい!」


 すぐさま雨の様に飛来する銀色の矢。やっぱり通じたか。単に俺の様子から状況を読み取っただけかもしれないが。

 というかちょっとまずい。咲江さきえちゃんって、飛び道具に対する防御はからっきしダメだった。

 しかも飛んできたのは普通の矢じゃない。こいつも間違いなく迷宮産だ。なかなか大盤振る舞いじゃないか。


「茂みに入る。ここじゃただの的だ!」


「わかった!」


 俺への矢を外すと同時に、咲江さきえちゃんに飛来する矢も外す。しかしそれだけでも意識に負担を感じる。それだけあの武器が強力だって事なのだろう。絶対に当たるわけにはいかないな。





 まるで重力の膜を纏っているかのように矢が逸れていく。しかも一緒にいる女の方もだ。

 アイテムによるものだろうか? 確かに飛び道具を逸らすアイテムは多数存在する。迷宮産の矢といっても、それ以上に強い迷宮産のアイテムには無力だ。


「弓は中止だ。近接戦に切り替えろ。だがボウガンを持つ物は接近して茂みから撃ち込め。それと……安藤あんどう金城かねしろ、行ってくれるか?」


「殺さない様に捕まえればいいですよね? スキル無しなんぞ簡単ですよ」


 安藤と呼ばれた男は余裕綽々よゆうしゃくしゃくだ。

 背は高いが、決して精悍とは言えない。どちらかといえば童顔だ。歳は敬一けいいち龍平りゅうへいより1つ上。同じ杉駒東高校の2年で、二人と共にあの日に召喚された。

 純白に輝く半身鎧ハーフプレイトには黄金の装飾が施され、手足もしっかりと鎧を付けている。

 豪勢な見た目に反して緊張感のない童顔は、ともすれば貴族のボンボンにも見える。

 だが実力は本物で、今まで多くのモンスターを倒してきた。


「女は当然、俺達が貰うぜ。いいよな、リーダー」


「当然の権利だ。他にも女がいるという情報もある。見つけたら自由だ」


「さすがはリーダだぜ。ちゃんとわかっているな。じゃあ、行ってくるぜ」


 そういった男は金城かねしろと呼ばれた方だ。元は大学生で、この世界に召喚されたのも皆よりも早い。ベテランというほどでも無いが、経験者には違いない。

 面長で細目。少し口を開くだけで覗かせる出っ歯が特徴で、とてもハンサムとは言い難い。猫背で姿勢も良くないし、その好色そうな目つきは見る人間を自然と不快にさせる。

 ただこちらも実力は他者にひけは取らない。条件次第だが、彼の術中にはまれば勝てる者などそうはいないだろう。


「頼んだぞ。だがくれぐれも油断するなよ」


 特に返事をすることなく、何人かの粛清部隊を連れて二人は出発した。


 さて、手足の一本でも切り落としてくれれば少しは楽になるのだがな。

 もっともバラバラになっても生きていた奴の事だ。そう簡単にはいかないだろうが……。

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