第138話 その名を聞いただけで俺の中で複雑な感情が渦巻いた

咲江さきえちゃんの体調を考えたらしばらく休憩だな。あのゼリーはどの位で定着するんだ?」


「事前の処置がとても良かったので、2日もあれば大丈夫です。後遺症や異常増殖の兆候もありません」


「それは一安心だ。では少し休むとしよう」


「わ、私は大丈夫です。ちゃんとついていけます」


 無理矢理起きようとする咲江さきえちゃんだったが、ひたちさんが優しく抑えた。


「数日くらい大丈夫でございますよ。それに今までずっと外の見回りをしていたのでしょう? 少しは休息しないと、後々響いてしまいますよ」


 さすがはひたちさん。メイドっぽく優しく諭すと、咲江さきえちゃんもそれに従った。

 あれで本当にメイド服だったら凄く絵になるのだろうなー。

 実際にはエロエロな真っ黒ボンテージに棘だらけの鞭を腰に下げているのだが。


 それにしても、これから彼女はどうするのだろうか?

 一応は咲江さきえちゃんを襲った連中は全員倒したけど、この世界にはどんなアイテムがあるかわからない。

 もう俺達と行動をした事がばれている可能性はある。

 だけどそれは召喚者という貴重な存在から考えれば些細な事だ。


『連れ去られて治療を受けましたが、無事逃げ帰りました』……とでも言っておけば、また元の位置ポジションに戻る事は容易だろう。

 だけど――、


「なあ、咲江さきえちゃん。これからは俺達と一緒に行動しないか? もちろん厳しい道にはなるし待遇の保証も出来ない、けれど――」


「あ、あの! す、捨てないで下さい」


 いきなりガシッとしがみ付かれて混乱する。この子の反応はどうにも慣れない。

 というか、初めて会った時や戦闘中の凛々しさとのギャップが凄すぎる。


「何を今更な事を言っているのです? もう彼女はそのつもりですよ」


 え、そうなの?

 いや俺だって一夜の過ちで済ませる気はなかったけど、そんなすんなりいって良いのだろうか?


「改めて言うけど、俺はお尋ね者だ。昔はノルマさえ提出すれば一緒に行動しなくても許されたそうだけど、今は違う。俺に近いというだけで襲われる危険がある。それでも良いのか?」


「今まで殺してしまったみんなへの贖罪になるかは分からないけど、この世界から本当に召喚者を帰す手段があるのなら、それを探したいの。それに――」


「それに?」


 聞いては見たものの、真っ赤になってうつむいて何も言ってはくれなかった。

 というか、女性陣の目が冷たい。あれ? 何かデリカシーの無い事を言ってしましたか?


「ただ当分雨も上がりそうにありませんし、もう少し大きなベッドを用意してもらった方が良さそうですね。ここで4人は手狭ですし」


 本当にさらりと凄い事を言うなー。

 まあ実際雨は強くなる一方だし、ひたちさんはベテランだ。ここは素直に任せるべきだろう。

 ここはそう簡単には見つからないだろうし、見つかったらその時は対処すればいい。

 今は怪我人を無理に動かす事の方が危険だ。

 ただ一応――、


「なあ、咲江さきえちゃん。俺達を襲った連中の他にも粛清部隊は来ているのか?」


「あたしはソロだけど、一応本部があって、何かあったらそこに報告するって形になっているよ」


 あ、なんか口調が少し戻った。この口調は、一人で生きていくために彼女が作ったポーズなのだろうか……そんな気がした。

 今のは事務的な報告だからそれが表に出てきたのだろう。


「ただ粛清部隊は別組織だから、直接の交流はないよ。本部から枝分かれしている組織の一つって所かな。確か人数は50人位だったと思う。ああ、本部っていうのは都市周辺の探索と警戒をしている軍隊の中核だよ。ラーセットの近くに設営されていて、大体5千人位の兵士が周囲の捜査をしているんだ」


 俺が10数人倒したが、まだまだいるのか。個人は弱いといっても武器は強力。それに数も多い。あまり戦いたくは無いな。

 というか、それ以外にも5千人の兵士って多くね? なんて思ったが、この大自然に開いた可能性のある迷宮ダンジョンの出口を探すには少なすぎる位か。


「ただ今回は、粛清部隊に召喚者が加わっているって話だよ」


「それは珍しいのか?」


「お互い仲は良くないからね。というよりも、粛清部隊の方が一方的に嫌っている感じかな。召喚者の方は、仲間チームに何かあって全員が動けない時に、こういったあまり危険のない任務を請け負う事はよくある事だよ」


 あーなるほど。

 確かにチームの何人かが病気や怪我で動けないと、残りは暇だからな。

 だけどその状態で危険のある迷宮ダンジョン探索はしたくない。でも手は空いている。そこでバイト感覚でのお手伝いか……分からなくも無いな。


「一応、どんな奴が何人くらい来ているかわかるか?」


「確か西山にしやまのチームだね。リーダーは西山龍平にしやまりゅうへい。他に二人連れて来ていたと思うよ」


 その名を聞いた時、どこかで雷鳴が響いた。

 同時に心の中で、言葉にはできない感情が沸き上がって来るのを感じていた。

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