第101話 可能とも不可能とも言い難いか

 俺が召喚された日。そして帰ろうとした日。

 帰るように促されたのは事実だ。だけどそれ以上に、あの日も俺は確かに自分の意志で帰ろうと思った。皆の足手まといになってはいけないと。

 だから猶予期間も断って、すぐに帰る事にしたんだ。


「それはおかしくありませんか?」


 だが、ひたちさんは納得いかない様だ。


「今まで様々なスキルがありました。その中には、確かに人の心に作用するスキルもあります。ですが我々召喚者の心を操作し、思った通りに動かすなど不可能です」


 確かにそうだ。それは前々から思っている。

 もし催眠術の様なもので俺達を操れるのならそうしているはずだ。

 永続的な洗脳は不可能。これは俺やひたちさんの存在が証明している。


 いや、だがもう一度考えろ。

 彼の言う事が確かなら、俺達召喚者はいつからか、召喚された日を考えられないようになっている。それは永続って事じゃないか?


「不可能はいつまでも不可能ではない。それが人間の進歩というものだろう?」


「そんな事は有り得ません! ならばなぜわたくしたちは、あの日の事を覚えているのですか!」


 俺の迷いを、ひたちさんが一蹴する。

 あの日というのは言うまでもない。召喚された日の事だろう。


「確かに召喚者の心を操るスキルは存在しない。催眠系のスキルを持つ物もいるが、召喚者には効果が無いのは事実だ。精々現地人相手が限界だろう」


 思い返せば、俺も上では俺自身の存在感を外して認識されない様にしていた。

 それでもあまり効いていない様だったし、俺がアクションを起こせばもう効果なし。

 更には召喚者には全くダメだった。

 精神に関するスキルには限界がある。それもかなり低い所に。


「だが特殊なアイテムならどうだ? 知っているはずだ、そういった物の中には、心を縛るものがあると言う事がな」


 そ、そうだ! 奈々ななの付けていた指輪!

 確か隷属のなんたらとか。そうだ、やっぱり奈々ななの心は奴に支配されて――、


「どんなに強力な道具でも、ほんの微かな影響しか与えられません。洗脳の様に、本質を変えるなど不可能です」


 僅かの希望がぽっきり折れた。俺は隅で泣いていますので、あとはひたちさんお願いします。

 という訳にもいかず、結局話を聞くことになった。


「当然、永続的な意識の拘束など不可能な話だ。現実的に可能なら、今私はこうして話などしていないだろう」


 ですよねー、そんな事はわかっているんだよ。

 問題はそのアイテムの話だ。


「詳しい事を教えてくれ」


「実際の所、こちらは詳細など何も知らされてはいない。私は教官組といってね、地上待機の10人には数えられても、中枢の人間ではないのだよ。新人に迷宮ダンジョン探索のノウハウを教えるのが仕事だ。だが何時からか、その新参者たちに奇妙な現象が見られた。召喚された日を口にしない。一切気にしていないと言っても良かっただろうな。そして聞くとなぜか不機嫌になる。あまりにもしつこく聞いた奴は、なぜか殺し合いにまで発展した。そこで大体の事情は察したわけだ」


「ひたちさんはこの辺りの事は?」


「わたくしはもう地下に籠り気味になっていましたので、地上の事は……」


「そして此処から先は噂になる。我ら召喚者に、刷り込みが出来るアイテムが発掘されたとね」


「刷り込み?」


「そう。ただ万能ではない。我々やこの世界に何年も滞在している者には影響がないのだからな。それが出来るのは召喚されてから目覚めるまでの僅かな期間。召喚者として成長する前だ。その時だけは、普通の人間とさほど変わらない。つまりその間に、色々と心の中に都合のいい内容を吹き込むわけさ。だがどれも些細なものだ。本質的に、命令に対して絶対服従する人形のような存在にはできない」


「そうしてやった事が、”召喚された日に対する拒否反応”と”覚えている人間は帰りたくなる”って事か」


「その通り。実際、その辺りが限度だろう。召喚者はスキルの使用や経験で覚醒していく。あまりにも本人の意思を無視した呪縛などいつか破られ、逆に敵愾心てきがいしんを植え付けるだけだ。だから気にしない程度のレベルで、気が付いても自分が忘れていただけ――そう考える程度の内容だ。だがこれらの話は憶測の域を出ない。関わっていないのだからな。実際にやっているのは10人の一人だろう。当然だが、我々の様な教官組ではない。本当に本物の怪物たちさ」


 なんだかものすごく悔しくなってきた。

 そしてどうしようもない憤りが沸き起こる。

 どうして……どうしてなんだ……。

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