第102話 最強の敵はそいつらと考えていいのか

 話を聞くほどに、怒りと口惜しさがこみあげてくる。


「そこまで分かっていながらなぜ従っているんだ! 平然と人の心を操ろうとする連中だぞ! それに裏の面も知っているんだろう? 俺達が騙されている事を知りながら、新たな召喚者を死地へと送っていたのだろう? なぜそこまで出来るんだ!」


「逆に聞こう。なぜ従わない? いや、君はどうにもならない失敗作だ。従わない以外の選択は無いだろう。しかし他の者はどうかね? この話は戦闘中にもしたが、今改めてしよう。確かに問題は多い。命も賭かっている。だがそれがどうした。こちらでは我々は特別な存在だ。他人に出来ない事が出来、成功すれば優雅な生活が約束される。生まれも育ちも関係なし。ゼロから……いや、かなり恵まれた位置からの再スタートだ。現実ではどうかね? 君の現実は楽しかったかい? 夢や希望はあったのかな? ならば幸せだったのだろう。だが世間にはそんな人間ばかりでは無いのさ」


「死ぬという肝心な事を教えていないだろう。それはどうなんだよ」


「知ると状況が変わるのかね? それに実際には、本当に死ぬと断言も出来ない。案外本人は帰っているのかもしれないのだよ。観測できないだけでね。それはそちらも分かっているのだろう? 大体、知った結果がどうなったか聞いていないのかね? それこそ余計な事だ」


 そう言われると、言葉に詰まる。結局、知った結果は反乱と粛清だ。一番近いので4年前。だけどその前にもあったはずだ。知る事が正しいと、本当に言えるのだろうか? その先の答えも無いのに。


 それに改めて向こうの事を聞かれると考えてしまう。俺はあっちの世界で幸せだったのだろうか?

 確かに貧しかった。片親だった。友人は少なかった。だけどそれがなんだ。

 そんな不幸を上回るほどの濃い出会いがあった。愛があり、友情があった。

 輝ける未来を想像し、毎日汗をかき学問に励んだ。あの日々は充実していた。


 だけど同時に、そうでないものがいる事も知っている。

 俺と似たような待遇のまま、蜘蛛の糸を掴めず落ちていった者の方が遥かに多いだろう。

 そしてたまに耳にする自殺者のニュース。

 いや、確かにたまにだが、それは報道されたかどうかだけ。実際にはものすごい数の人間が未来への希望を失い死んでいる。

 こちらの世界の方が良いって人間が一人もいないなんて、断言できるのか?

 俺に決める権利なんてあるのか?


「さて、聞きたい事は終わりかな? そして状況を理解したかな? これ以上悪役になりたくなければ、さっさと秘宝を置いて地下へと消える事だ。そうでなければ、地上のお仲間の立場は今以上に悪くなるだろう。賭けはそちらの勝ちだ。こちらも追うような真似はせぬよ」


 それにしても性格なのだろうが、こいつ負けたって認識が薄いなー。

 だけど言っている事ももっともでもある。

 実際には何も変わっていなくても、地上の彼らにとっての死は本当の死になってしまった。当然、その憤りは俺だけではなく皆に向かう。だけど――、


「提案はありがたいがな。俺にもやる事がある。ここまでやっておきながら、中途半端に放り投げてはい終わりとはいかないんだよ」


「人生の選択は自由だ。好きにすればいい」


「最後に一つ教えてくれ。それで解放する」


「よろしいのですか?」


 うん、声と表情が硬い。絶対にひたちさんはまだ根に持っている。

 とはいっても、この状況で殺せるほど俺も胆が据わっちゃいない。


「地上の10人に関してだ。教官組と、お前が言う化け物。そこにどんな差がある?」


「それはまた、あまりにもつまらない質問だ。そちらのひたちにでも聞けばよかろう」


「何か知らない情報が出てくるかも知れないだろう」


「無いね。何一つ無い。まあ単純に言えば、教官組とは新人の教育係だ。召喚者が大きく数を減らした時、大規模な再召喚が行われる。その新人たちに教育を施すのが我々教官組だ」


「普段は迷宮ダンジョンに潜ったりはしないのか?」


「滅多に無いな。ただ新人が多い内は、そいつらを引き連れて迷宮ダンジョンにも入るって程度だ。場合によっては長くもなるが、基本は地上待機となっている。召喚者同士や現地人とのトラブルを収めたりする役割もあるのでな。まあ今回は特例だ。さすがに召喚アイテムを奪われたとあってはのんびりもしていられないからな」


「一応はこの世界で最初に色々教えてくれる方々ではあるので、人望があるのです。見た目や性格とは関わりなく」


 本当に根にもっているなー。

 だけど考えてみればそうか。地上の10人。教官……入れ替わる事もあるんだったか。理由はまぁ……亡くなった以外に考えられないか。

 だけど百年もこの世界にいる様な連中が、そんなに甘いわけもないな。


「それで、その洗脳とかまで出来る連中は何人いるんだ? それに名前とスキルは?」


「4人だ。これは地上で講習を受けた人間は誰でも知っている。名前も秘匿はされていない。本名かどうかは知らないけどな。詳しい事は、そこのひたちに寝物語ででも教えてもらうがいいさ。だがスキルまでは分からない。知っている人間はいないだろう」


 偽名の可能性もあるのか……。

 まあおかしくはない。状況は今と全く違っただろうし、俺達の世界にも言霊や真名を気にする人間もいる。特に初期の頃など、それこそなんの信用も無い状態だ。それにスキルなんていう魔法のような存在まである。右も左も分からない状況で、素直に本名を明かす人間ばかりでもないか。

 そして生き残るのは、大概そういった用心深い人間だ。

 というか、本名なんて知った所で意味は無いか。

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