【 奈々の元へ 】

第82話 賭けの行方 3

 崩れていく超巨大建造物の衝撃は、周辺に立っている同様の建造物はもちろん、焼き鳥を奢って貰った辺りなど、普通の地域も巻き込んで次々と崩壊していった。

 その音と衝撃は、まるで巨大な爆弾が炸裂したかのようだ。



 その様子を、同じような建築物の屋上から眺めている3人の姿があった。

 相当の距離があるが、それでも破壊の規模は分かる。死傷者はおそらく数万――いや、数十万にもなるかもしれない。


「おいおい、これはもうシャレにならねえぞ」


 ローブを着た短い金髪の男は、道を突き進む爆炎のような土煙。そして巻き込まれて連鎖的に崩壊する他のビル。吹き飛ぶ普通の店、人。それらを鷹の視野のようにハッキリと捉えていた。


「これがあいつの仕業だってのか? 正気の沙汰じゃねえ! これが人間のやる事か!」


 爆音とサイレン、それに反響で聞き取りづらいが、非常事態を知らせる放送も流れている。

 だがそれとは別に、3人には特別な指示が来ていた。


「直ちに成瀬敬一なるせけいいちを始末しろとの事だ。どうやら召喚の秘宝を強奪したらしい」


「あの部屋に立ち入ることは不可能。それは召喚者が持つこの世界の法則。制約と言って良い」


「確かにな。だからこそ、この世界の秩序は保たれていた。良いか悪いかは別としてな。だが例外もある」


「その例外が奴に適用された? 冗談じゃねぇ、ありえねーんだよ」


 最初から感情的だった陣内じんないはともかく、緑のサングラスに縞スーツの男――木谷敬きたにけいと、盾のように巨大な剣を両手に持った田中玉子たなかたまこは、それぞれ冷静に下界の惨状を見ていた。

 だがあくまで見た目の問題だ。全員この世界に来て長い。この街にも、それなりに愛着も有れば思い出も多い。

 それが一角とはいえ、こうも見事に破壊され多数の死者が出ているのだ。完全に冷静ではいられない。


「俺は行くぞ。理由は知らねえ。だから他の連中がやるならそれでいいと思った。だがこれを見たらもう放置は出来ねえ。成瀬敬一なるせけいいちとかいう男は俺がる」


「それは賭けの結果を反故にするというのかね?」


 3人の背後からそう声を掛けたのは、黒い鎧の男だった。

 その名をブラッディ・オブ・ザ・ダークネス。


「大神殿を出るまでに彼を仕留められなければ、迷宮に帰るまでは手を出さない。それが我らの賭けであろう」


「クソが」


 ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスの全身は切り刻まれ、左腕も首も無い。

 全身には赤と銀の斑模様をした手槍ジャベリンが幾本も刺さっており、何処から見ても普通なら死んでいる。


「こんな人形ごときで我らを翻弄するとはな」


「最初から知っていれば、10秒で始末は付いた」


「そこは我が演出の成果というものだな。どちらにせよ、賭けは我の勝ちである」


「良かろう」


 サングラスの男が、指でサングラスを少し上げる。

 ごく普通の仕草だが、180の長身と端正な顔立ち。そしてスーツでも隠せない程に鍛えられた肉体が、それを格好の良いものとして演出していた。

 それを見る3人には、何の感慨も無かったが。


「だが大変動から間もない今は帰還者が多い。当然、我々教官組も多くが地上に戻っている。逃げ切るなど有り得ない。それにこの騒ぎだ――もう動いているのではないのか? あの方々がな」


「どれほどのスキルを持とうとも、決して勝てない絶対の守護者。同じ10人と言われても、私たちとは何もかもが違う」


「素直に木谷きたにに倒されとけばよかったんだよ。そうすれば、まだ人間として始末してもらえたろうに」


「お前達の死に様はそれで満足か? 人として殺される事に何の意味がある?」


「確かに同じ。死に方に意味も価値もない。今回の賭けはブラッディ・オブ・ザ・ダークネスの勝ちで良い。だけど――」


「あれは死なぬよ。いや、死ねぬのだよ。まあ見ておくがいい。さらばだ、陣内じんない木谷きたに、田中――」


「フ・ラ・ン・ソ・ワ」


「……さらばだフランソワ。いずれ迷宮で会うだろうな……ククク」


 その言葉を残し、ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスは霞のように消え去った。

 いや、彼らの言葉通りならただの人形が。


「あの状況から逃げ延びる? はっ! なら次の賭けだ。もし奴が無事に迷宮ダンジョンに逃げ込むようなことがあったら、出会っても1回だけは殺さずにいてやるぜ」


「それは戦った時の負けフラグだな」


陣内じんないの死亡決定」


「うるせーわ!」

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