第64話 そんな無駄な時間など費やしていられるか

 当面の目的地はセーフゾーン『レルメデス』。千人程度の規模だが、迷宮内では大型の町らしい。

 まあ一般人など殆どいないだろうから、住人は相当に濃いのだろう。


「以前の状態だと、ここからそこまでには何日くらいかかったんだ?」


「大体3か月ほどでございます。ここは道中のセーフゾーンが極端に少なく、かなりの最奥と呼ばれる場所ですので。ですがそこに到着さえすれば、そこからはセーフゾーンも増え、補給も楽になります。大変動に対する備えも容易になりますので、そこから更に3か月もすれば出られると思います」


「よし、今までの話はすべて却下だ」


 セポナがあからさまに嫌な顔をしたが、こればっかりは譲れない。


「合計6か月など絶対に却下。どれほどかかっても1か月までだ。もうそれ以上の時間は掛けられない」


 今までは、必須の時間だった。

 奈々ななたちを説得し、今後の事を考えるためにひたちさんたちと合流する。そのためにここまで時間を割いた。

 もちろん、何も言わずに手を掴み、『一緒に来い』といえば付いて来てくれただろう。

 だけどその逃避行に未来を感じられなかった。だからここまで我慢してきたんだ。

 その甲斐あって、今はこれまでの時間が無駄じゃなかったと言い切れる。

 それだけに、もうこれ以上の時間は掛けられないんだ。


「お気持ちは分かりますが、それは不可能でございます。今の迷宮ダンジョンがどんな構造かすらも分かりません。わたくしたちにある利点といえば、必要な資材なら送っていただける事。それに大変動が迫ってきたら伝えて頂ける事。ただそれだけなのです」


「仕方ないじゃん。素直にレルメデスに行きましょうよ」


 いや、セポナの本音はさっき分かったからもう却下だ。

 そしてひたちさんの言う事は真に正しい。我が儘を言えば状況が変わるとは思えない。

 だけどそれは、普通であればの話だろう。


 スキルを発動しろ。今出来る限界までだ。

 危険がなんだ。俺が消える? それは何も出来ずに終わってしまうのとどう違うんだ?

 グズグズし、グダグダし、半年間を黙々と歩く。その間にみんなが無事だと誰が言える。

 これはどちらが失われてもいけない事なんだ。


 ダメな可能性を外せ。どうせ今の俺のスキルは完璧じゃない。まだ大丈夫さ。

 見えろ! 見ろ! この先にある可能性を。遠い遠い、遥か先まで。たとえそれがか細い可能性であったとしても――!


「ダメです!」


「止まってください!」


 一瞬の光。蜘蛛の糸よりか細い糸、何かが見えたような気がする。そして俺は、滝のような汗を流しながら空中にある何かを掴むような姿勢で硬直していた。


 気が付くと、その俺を二人の女性が抱きしめている。

 止めようとしてくれたのだろう。落ち着かせようとしてくれたのだろう。

 でもひたちさんの凶悪な膨らみは逆効果だぞっと。

 セポナはまあ、うん、セポナだ。年上と分かってもなんか安心する。やはり刷り込みインプリンティングの効果だろう。


「大丈夫だ。もう落ち着いた。というか、それほどやばい状況だったのか?」


「もう消えそうでしたよ。本当にこの世から消えちゃって、どこかに飛んでいきそうに見えましたねー。花火って知っています? あんな感じです」


「俺たちの世界にも花火はあるよ」


 しかしそうか、そんなに危うかったのか。

 まあ、したことを考えればその可能性はあった。


「本当に、こういった無茶はしないでください。何度も言っていますよね?」


 ひたちさんはなんか怖い。いや、なんかじゃ無くマジで超怖い。

 しかしまあ、それでも無駄じゃなかったのが救いだ。


「道はあったよ。1か月もかからないし、特に危険も無いと思う」


「危険が無いと断定できるのですか?」


 ジーっとひたちさんが訝し気いぶかしげに見つめてくるが、これはちょっと説明が面倒くさい。というより説明するとまずい事になりそうだ……どうしよう。


「100パーセントと保証するのは迂闊だったな、うん。だけど6か月彷徨さまよう危険と比べれば遥かにましだ。時間が経てば経つほど、怪物モンスターが活発化するし、大変動の危険も増すんだろう?」


「それは……そうですが」


 どう見ても納得できていない様だが、否定する材料が無いのも事実だろう。

 これは実際にやった俺にしか分からない事だ。


「じゃあ出発しよう。時間が惜しい」


 こうして、俺達は――というより俺は、初めてこのセーフゾーンよりも先へと進めたんだ。

 ここまで……長かったな。

 だけど、もう少しだ。待っていてくれ、みんな。

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