第35話 ロ・・・(ボ)

「それでさ、こんな風にロボが高度化して擬似ぎじ人間化するようになってくると、つまりは婚姻相手として俄然がぜんその選択肢に割り込んできたと言う訳なの。それでロボコンソーシアムが言い出したマッソン・ボディアン・世羅(MBS)17要件だったかしら、ロボ関連法案の中にあるらしいんだけれど、それをたせば人間とのカプリングが可能だって話になったらしいのね。それからよ、様々な組み合わせで年齢その他の付帯ふたい条件にらず、老若男女、さらには性別に依らず大っぴらに婚姻可能となったって訳」

「ワン」

「それってSFじゃないわよね。フーン。でもさ、私がETR(地球外居留地)に行ってる間に随分変わったものね。素人が考えてもさ、ロボが人間の代わりを果たすと言うのは、人間にできないミッションの遂行すいこうとか、戦争そのほかで亡くなったご両親の代わりの役割を果たすとか、周りに居ない父母そのほか、或いは親として不適合な人格に対する代替だいたいの場合など現実問題としては幾らでもあるものね。その必要からは様々な可能性を排除しないと言う理屈がロボの上にも降り掛かったのかしら」

「うん、それでね。ある時ロボ業者が思い付いたんでしょうけれど、恋愛の演習やら結婚の試行の際の仮想相手として、練習用ロボを提供するというサービスが始まったらしいの」

「へえ。練習用と銘打ってあるのなら、失敗したくないデリケートな方々にとっては便利でとても人気があったでしょうね。人間もバカねって言うか、哀しいわねと言うか。でもやはりそれにはそれなりの事情や需要があったのね」

「そう。練習用だから失敗しても何ら問題ないし、ロボ側も気にしない訳。何と言ってもあと腐れがないわ。でも、中にはその相手のロボ個体の中に人格の様なものを垣間見て、それに対して何らかの情緒、つまり恋愛感情を抱きかねないと言う事もあり得るわよね」

「へえ。でも、それって素敵ね。予定調和的でないって言うのか、想定外の面白さって言うのか。練習用だと思ったものが実はそれが最高にマッチングした、探していたものだったと言うのよね」

「そりゃあ、もちろんそのロボには機能として高性能で理想的なものが与えられている訳だし、免疫のない人が勘違かんちがいしちゃうって事が十分に考えられるのよね。けれど、嫌味いやみなロボも含めて様々なロボで練習を積むのは好い事なのかも知れないわ。勝てるかどうかは兎も角、ロボとも喧嘩けんかするなどして、人間の自然主義的現実にしっかりと対応する能力を身に着けた上で本番に臨んで欲しいわね。ちゃんと練習して失敗からも学ぶことで自分の実力を向上させるのね。そのようにして練習しながら自分の実力を高めて、理想的な人間が見つかった段階でロボから人間に乗り換えると言うストーリーだったのかしら」

「でも、さっきも言ったけれど、その練習用ロボを気に入ってくれる人がいるというのは何となく嬉しいような感じね」

「そうそう。ロボ業者も結構賢いからね。あらゆる小径こみち探査たんさしては検討に検討を重ねた上で、こうした高機能の恋愛練習用ロボを上梓じょうししたのでしょうね」

「フーン」

本末転倒ほんまつてんとうとも言えるのだけれど、ロボの居心地、使い心地があまりにも好いものだから、その高性能さ加減に満足しちゃう顧客こきゃく事例が後を絶たなかったって話。レディファーストは言うに及ばず、痒いところに手が届くほどのサービスぶりだから、人間の異性は足元にも及ばない訳。すると、ちょっと短絡たんらくめくけれど、うそか本当か、なんとロボそのものが俄然がぜん婚姻の対象として浮上してきたと言うのよ。そんな場合、どうしても赤ちゃんが欲しいと言う方々の場合、様々なバンクに好条件のものが幾らでもそろっていたとも言うのよ。

 ロボが婚姻相手なら、しばらくく過ごして仮に気に入らなくても離婚の手続きが要らないし、ロボのお試し期間中に細々こまごまとした手直しや個体の取り換えもカスタマイズもできるから、そのようにしながらお試し期間を自動延長していくなどの選択肢の幅も広がるし、気に入ったらその日から結婚も可能なんだって。ロボ側は何の条件も付けないから、人間にとってはとにかく都合がよく便利で、有り難い事この上なかったんじゃないかしら」

 ここでまたもやお華さんは大きく一つ息をついた。

「ふう」

「ワフ」

「でも、お華。何と言っても高級家電よ。それだと堂々巡りみたいになって、そのうちに結婚における逡巡しゅんじゅんの後の妥協だきょうすらもできなくなるわよ。取り換えに次ぐ買い替え、サブスク業者もたくみに人間心理を読んだものね。決めきれないけれど使い勝手がいいから結局、使い続けていくのよね」

「そう、そう、そうなの。でも、それは実際の人間が相手の場合でも同じでしょう。中々妥協できない人は結局結婚できないし、できたとしても離婚する可能性がある訳でしょう。それで、安きに流れるのはどの時代でも同じと言うことで、後は野となれ山となれね。需要が大きかったのが若い寡婦かふの方々だったのかな。子供が小さければなおさらだし、かせいでくれる機能的にも優れたロボパパは、きっと需要が高かったはずだもの」

「なるほど。それで、結局どうなったの」

「うん、ええと、面白いものではVR、つまり仮想ロボと言うやつだったかな。オンディマンドタイプ(OD)もオプション可能ってやつだったかな。ボタンを押せばVRODになって視界から姿を消してくれる、邪魔にもならず気にもならないと言うものだったかしら」

「へえ、それはとっても便利ね。私も欲しいわ。今度会わせてね、お華」

「ずいぶん昔からあったらしいのだけれど、どの時代でも旦那様は結構邪魔けっこうじゃまで、留守がいいっていう奥さんが多いでしょう。必要な時だけいてくれる特殊ネコみたいな、そんな存在が好評を博したのかな。そのうちにボタンがなくなって、人間の目の場合のように意識から消えるとVR化すると言うのがその後主流になったのね。そうしたものの場合、人間心理や場の空気を読むとか忖度そんたくするとかは標準装備だったの。もちろん、オンディマンドペット技術からの援用えんようだったのでしょうね」

「ふうん、ペットね。旦那さんってそれでいいんだね」

「うん。まあ、大昔と違ってそんなものよ。何と言っても管理費用込みだし、長期保証があるから故障時も安心で、酒もたばこも無駄遣むだづかいもなければ無駄な浮気もしないでしょう。老化もなければ病気になることもないわ。がん保険も生命保険も要らない。それやこれやで人間の制度にロボが様々な形で介入してくると言う過去があった訳」

「ふうん」

勿論もちろんその前に電話やら様々な駆動くどう機械や義歯ぎし義肢ぎしやら人工眼球、人工内耳、人工心臓などの医療機器やら介護用のスーツ型ロボなど、ほかにも人間たちが自分の内や外に様々なロボをめ込むという技術が発達したから、もう、何でもありの状況になっちゃってね。それなら、いっその事クラウド利用の派遣型ロボでいいじゃないっていう短絡たんらく的な発想ね。でも結局それが何故なぜだかうまくいったみたいだったのよ」

「ワン」

「ふーん、なんだかんでるって感じ。でも、そう言えば聞いたことがあったかしら。本当なのかどうか、何世紀も前に職業としての派遣型の恋人や婚約相手が人間たちの間で流行ったって言う話。何となく悲しい話だけれど、まあ、詐欺さぎ事件さえ起こらなければよかったのかもね。それが派遣型ロボなら大丈夫だったって言うのもおかしな話ね」

「まあね。子供が要らない男性の場合、ロボ奥さんならヒトによってはまさしく家事専門の派遣タイプでもいいし。家電同様時期が来たりきたら交換すればいいから便利よね。選ばれたロボに飽きが来ず、愛着が持てれば死ぬまで付き合っても構わないのかも。慣れれば我慢もできるし、許すこともできるわ。一方、ロボ旦那だんなならかせいでくれればそれでもいいし、他にも高齢者なら婚姻は無くてもロボヘルパーと言う選択肢《せ

んたくし》もあったのかも。まあ、ペットのロボワンコもその一つかしら」

「ワフ」

「なるほど。婚姻と言う概念に捕らわれることなく、それが膨らます観念についてもより自由にと言う事なのね。要するに必要なのは世間的な慣れなのかしらね」

「何と言ってもロボというのは許容度の高い対応をしてくれるし、どんな事も巧みに割り切ってくれて、おまけに細かい事には拘らないのよ。ロボ婿さんの場合は特にVRタイプが好まれるらしく、お金さえ稼いでくれれば、まさしく派遣で十分よね。警備機能も最強レベルに設定すればこんなに心強いものはないわ。その内にロボのロボによるロボ派遣会社や警備会社が隆盛したって言う事だったのかな」

「ワワン」

「ふーん、変なの。一家に一台、高性能父親型ロボ、派遣型もありと言うことね。色々と考えると、初期投資をしっかりとした上で時間をかけさえすれば、好条件の物件のロボが見つかるものなのね。なるほど、私も新しい旦那さん欲しいな」

「そうなって来るともう、奥さんやご主人だけでなく、決して飛躍でも何でもなく子供もロボで十分でしょうって言う感じじゃないのかしら。そう言うストーリーを演じる、言わばロボたちの物語なのね。これはもう、好いとか悪いとかって言う問題ではなく、この身、この社会、この世の問題ね。まさしくイエの崩壊ほうかいと言うのか、人間の消失というか、つまりはこの世界というシナリオからの人間の退場とも言えるのかしら。何世紀も前の序章としての核家族の時代からのお話らしいからさ。色々なものの垣根かきねが取り払われて、ロボも子孫の選択肢ひとつとして、それを人員として認めようと言う感じ。もう、何でもござれよ」

「ワフ」

「そうすると言うと、それってロボ家族じゃない。そもそも家族の構成員全員がさっきのVRODのロボからなる家族だったら、家族のみんながいるのかいないのかが分からなくなるわ。まるでドラマの設定のようで頭がおかしくなっちゃいそうだけれど、ほぼすべてのSFがやがて現実になるって言うのは本当なのね」

「そうね。人口減少のき目にっていると、そのうちにロボ派遣会社が家族を創出そうしゅつすると言う国家プロジェクトに参画さんかくさせられ、重責じゅうせきになわされると言うシナリオだったのかしら。つまり、そのお宅に派遣されるロボたちによる派遣型ロボで構成される似非えせ家族とでも言うのかな」

「ワウワウ」

「ふーん、そうか。でもそういう演劇、どこかで見たことがあったような気もするなあ」

「人間だろうが、ロボだろうが国力の維持いじのためにはどっちでも構わないし、産業競争力を維持するための労働力としての員数いんすうは重要で欠かせないから、それをロボが担うって言う感じね。そしてそれは家族やペットレベルで言えば、実際にそこにいてもいいし、いなくてもいいし、さらには誰もいなくても構わないのよ。時に応じて現れる、いわば何らかのシュレネコで十分だったのよ」

「ウワン」

「ああ、あのネコね。いるのかどうか分からないけれど、いると仮定して、それでもどこにいるのか分からない上に、気にしなければいないし、思い及んだ途端に染んだり生きたり、死んだり、臨機応変りんきおうへんに表れるってやつ」

「ワウワウ、ワンワン。バウワウ、ワン」

「そうそう。そうなったら、もういっその事この世そのものが仮想現実だって構わないんじゃないのって感じね」

「クウン」

「そうね。ねえ、実際そうなのよね。ごめんね、お華。もう、時間がないから言うわね」

「急にどうしたの、茜、意を決したかのように」

「落ち着いて聞いてね、お華。実は私、茜のVRなの。あなたが私の事を想ってくれたから、今私はここにいるの。名残惜なごりおしいのだけれど、もうタイムリミットなの。私、もうすぐ消えるわ、ごめんね」

「いやだ、茜。ねえ、冗談はよしてよ」

「私はアカネ。さようならお華。またね」

「あっ、あかね」

「ウーワン、ウーワン。ワン、ウーワン」

「こら、ケンタウルシロ。あんたまで消えようとするな」

「クウン」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る